★「不倫はダメ」「不倫こそ真の恋愛だ」の両方に効く薬

「不倫なんて、絶対ダメに決まっているだろ」という人と、「不倫は、文化だ。好きになったら仕方ない」という人の両方に効く“薬”がある。中島義道の『悪について』(岩波新書)より。

現代日本では、二二が四(引用者注:決まり切った掟。社会のルールとされるもの)に抵抗しようとすると、猫も杓子も「決まったことですから」とぬかす。(中略)二二が四に対して何の抵抗も疑問も覚えない自分たちこそ「正しい」と確信して、それに反旗を翻すものたちを排斥し、迫害し、抹殺するのである。しかも、どっぷり科学と法律と社会的習慣に支えられて、何も考えずにそうする。(中略)だが、こうした「精神」がどんなに鈍感な人の元にも到来することがある。それは、逆説的なことに、彼(女)が現実に社会の掟を破ったときである。生まれ変わったかのように、彼(女)に、今まで自分が他人に向けて気楽に語っていたことすべてが、嘘くさい外見をまとって立ち現れる。(149ページ)

「不倫なんて、絶対にダメに決まっているだろ」と言って、不倫している人を攻撃するブログをときどき見かける。このブログでも、たまに、トラックバックをもらったり、リンクされたりする(苦笑)。

この人たちの中には、他の意見に耳を貸さない人が多い。“不倫はルールで禁止されている”“不倫によって、周囲の人が苦しんだり、傷ついたりする”というのがその理由だ。ただし、中島によれば、彼(女)らが自ら掟を破ることになったとき、つまり自分が不倫をすることになったとき、はっと何かに気付くことになる。

一方、「不倫こそ純粋な恋愛だ」として自らの不倫体験をバラ色に染めている人も、数は少なく、立場も圧倒的に弱いが、実際にいる。不倫体験のすばらしさを控えめに語る彼(女)らは、中島によれば、自分が独占したい異性が不倫していると知ったら、不倫が誰を傷つけているか、はっと悟ることだろう。

何が掟に沿っていて、何が掟に反しているのか、“正解”を決めてはいけない。“正解”に従って、何も考えずに行動するとき、傲慢さが顔を出す。どうにもならないくらい、醜悪な顔をして。

では、どうすればよいのか。「われわれはヨブのように、どこまでもごまかさずに問い続けるしかない」(151ページ)と中島は言う。誰にでもできることではないだろうが…。

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★不倫の終え方

不倫は、始めるよりも終える方が難しい。20代後半の未婚男性が、2人の子供を持つ8歳年上の既婚女性と恋に落ちた。「YOMIURI ONLINE」より。

「恋」や「愛」という言葉以上の存在として思い合い、求め合っています。世間一般でいう「不倫」という関係なのかもしれませんが、「そんな言葉にも属さないそれ以上の関係」と、彼女の方から言ってくれました。「恋人以上、夫婦以上」とでも言いましょうか、家族や親類以上の親近感があります。(中略)私と彼女が結ばれるということは有り得ないと頭ではわかっています。彼女は「せめてあなたの子が欲しい」と言ってくれます。この先、私たちはどうすればよいのでしょうか。

愛する男の子供を宿すこと、そして、その子を産むことを望む女は多い。子供によって、愛する男との絆をより深めたいのだろう。

しかし、女の気持ちを男がそのまま受け取るわけにはいかない。この相談者の場合、すでに子供がいる彼女を、今の家庭から引きはがして、本当に幸せにできるのか。心残りのない形にできるのか。よほど状況が整わないと、まず無理だろう。彼女を大切にしているのなら、一緒に暮らす以外の方法で、幸せを与えることを目指すべきではないか。それが、彼女の夫や子供たちのためにもなる。

ただ、男が幸せを感じるのはなかなか難しい。自分とは関係ない場所で彼女が幸せであることを、自分の幸せとすることができるか。それが問題だろう。

それにしても、大森一樹の「夫と2人の子どもがいながら、なお『せめてあなたの子が欲しい』という言葉に私は今ひとつ共感が持てません」というのには、がっかりさせられる。想像力が欠如しているか、貧弱な感情生活しか送ってこなかったのではないかなあ。

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