2006年5月13日 (土)

★女性の方、結婚を焦ってください

人生を計画的に過ごそうと考える男性は、30代前半までに結婚するのが普通だろう。しかし、「なるようになるさ」とか「生きていくだけで精一杯」という男性の一部は、40代になってから初めて結婚を焦り始める。しかし、男性が40代になると、結婚が難しくなるというのは、すでに★40歳を過ぎた男が結婚するのは難しいに書いたとおり。焦り始めたときには、手遅れなのである(それでも何もしないよりはいいが)。

これに対して、女性は、早い人で20代後半から、遅い人でも30代前半で焦り始める。30代後半になって収入が安定してくれば、女性は「無理に結婚しなくてもいいや」と思うようになる。もちろん、自分が子どもを産むことも諦める。出産という大事業は、30代のうちに終えておくのが理想的だから、大変理にかなっていると言えよう。

だから、30代の女性が「結婚したい」と焦っているなら、「是非、すぐにでも結婚しなさい」と言いたい。YOMIURI ONLINEの「大手小町」のページから。

昔から結婚願望が強かったけれど、ずっと縁が無くて結婚できないと思って生きてきました。見合いしてまでなぁ…と思っていたのもあって、特に気にしてなかったのですが。彼が出来たら、結婚したくてたまらなくなって。正直な所としては、

・彼とずっと一緒に過ごしたい 
・歳的に(30代前半です)焦りがある 
・出来れば子供が早く欲しい 
・周りの友達がほとんど結婚してしまっている 

なところで焦ってしまいます。皆さんは結婚に焦ったりしませんか?焦ってるけど結婚できない時どうやって気持ちの整理をつけてますか?教えてください。

30代前半の女性が、「ずっと一緒に過ごしたい」と思えるような彼氏と出会えたなら、問題はない。「すぐにでも結婚しなさい」と私は強く勧めたい。もちろん、彼氏の人格だけでなく、将来性や親戚関係などにも注意する必要はあるが、将来性という点は、いくら考えても「絶対に生活に困らない」という未来に対する保証は得られるはずもないし、親戚関係はよほど変な人間がいない限り、最終的には切り捨てられるものだ。自分が許容できる範囲内であれば、自分の「ずっと一緒に過ごしたい」と思えるような気持ちを大切にして、結婚生活に飛び込んでみるしかない。

「結婚生活になぜ憧れるかわからない。大変なことの方が多いよ」などというコメントもついていたが、これはそのコメントを書いた人に「あなたは貧しい結婚生活を送っていらっしゃるのですね。大変お気の毒です」と言わざるを得ない。大変なことが多いのは、ちょっと考えればわかること。結婚生活には、独身生活よりもリスクが増える分、リターンも期待できるとは言えないか。

この相談に対するコメントは、おおむね結婚への焦りに対して好意的だ。ただ、コメントの中にもあるが、結婚願望が強すぎる女性に対しては、多くの男性は警戒してしまう傾向がある。どうしても意中の男性と結婚したいと思うなら、そして、その男性に結婚願望があまりないのなら、結婚するための戦略を練って、自分からアプローチするしかない。

戦略の一例をコメントの中から拾ってみよう。びえ3さんのコメントから。

1.結婚を話題にし、反応を見る。
2.言葉を選んで、あくまでも楽しそうに、折りを見て友人夫婦や家族の話を振る。
3.友人、家族を巻き込んで外堀を埋める。
4.逆プロポーズ?

よほど鈍い男性か、結婚が嫌な男性でない限り、2.あたりで「じゃ、結婚する?」と言うだろう。これでもダメなら、

5.できちゃった婚を目指す。

しかないか。これはまあ半分は冗談だけど、本気で実行している女性もいるに違いない。

…しかし、よく考えてみたら、結婚に本気で焦っている女性って、毒男のアドバイスなんて聞かないんじゃないか??? そうだよなあ。_| ̄|○

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2006年5月 6日 (土)

★どんな女と結婚してはいけないか

離婚・カップルカウンセラーの岡野あつこ氏は、男性が結婚後に「しまった。こんな女と結婚するんじゃなかった」と思わないために、女性のどこをチェックすればよいのか、そしてチェック方法を挙げている。All Aboutから抜粋。

  • 物欲おねだり女
  • ブランド命見栄女
  • ヒジョーシキ女
  • かたづけられない女
  • メイク仮面女
  • ブチギレヒステリー女
  • 妄想ジェラシー女
  • フェロモン浮気女
  • グータラ怠慢女
  • わがままタカビー女

説明は不要だろう。結婚後の生活に支障を来すような言動をする女、結婚前に男に与える情報を偽る女と結婚してしまうと、後悔するのはむしろ当たり前だろう。

ただ、実際には、こんなにわかりやすくダメな女を避けるだけでいいのだろうか、という疑問がわいてくる。実際はどうなのだろうか?

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2006年4月23日 (日)

★「モテる」の意味は?

モテと非モテに関する議論が、ネットの一部で盛り上がりを見せ始めてから、もうずいぶん経つ。その多くは、大変興味深いが、実りある議論になっているかと言えば、必ずしもそうは言えない。

なぜかと考えていたのだが、その答えらしきものをたまたま見つけた。noon75さんの「セックスなんてくそくらえ」から。

あらためて読んでみて思うのは、「モテ」を「彼氏/彼女を作れる」こととして定義しているブロガーと、「不特定多数の異性とセックスができる」と定義しているブロガーの、少なくとも二種類がいる、ということだ。つまりモテという言葉の定義に混乱があり、多くのブロガーが、あいまいな定義のままモテについて語り、あるいは非モテについて語っている。

つまり、自分がどんな状態にあるとき、「モテている」と感じるのか、ということだ。これをはっきりさせておかないと、モテと非モテに関する議論はおそらく最初から最後までかみ合わないままだろう。

noon75さんは、モテを(1)不特定多数の女性とセックスが目的のモテ、(2)彼女が欲しいモテ、(3)伴侶との愛を深める目的のモテの3つに分ける(ここでは男性にとってのモテを考えているが、女性にとってのモテは男女をひっくり返せばいいので、省略する)。(1)では不特定多数の女性とセックスができれば「モテている」、(2)では彼女がいれば「モテている」、(3)では特定のパートナーと愛し合うことができれば「モテている」と言える。

さて、ここまではいいとして、問題はどこにあるのか。問題は、「自分がどれを望んでいるのか」だと思う。それがはっきりすれば、非モテからの脱却方法ははっきりする。不特定の異性と簡単に深い関係になれることを望んでいるのであれば、多くの異性に好かれるような外見や行動パターンを身につけて、不特定の異性と出会えそうな場所に行けばいい。相手の心を深く理解する能力なんて必要ないだろう。

もし、(誰でもいいから)特定の異性と付き合いたいということであれば、男性の場合、ある程度方針を決めたら、とにかく数を打ってみればいい。この場合、相手の気持ちを慮る能力は多少必要になるが、それほど重要ではない。通り一遍で十分だ。ただし、付き合う相手に条件があるなら、その条件に合うような異性がいる場所に向けて、そういう異性が気付いてくれるような方法で、アプローチをする必要がある。たとえば、音楽の趣味があう異性と付き合いたいのであれば、好きな音楽のコンサート会場でナンパするなり、その音楽が好きな人が集まる掲示板で、適当に見つくろってメールを書いてみるのがいいだろう。

特定のパートナーと愛し合っている状態を、30年40年という単位で続けていきたいのであれば、パートナーを手に入れるまでの方法とは、まったく異なる方法を身につける必要がある。一人の異性と、数十年にわたって一緒に暮らすわけである。不特定の異性を引きつけるためのテクニックなんて、何の役にも立たないことも多いだろう。

このように、モテと非モテの問題は、どのレベルでの「モテ」を求めているのかによって、答えがまったく異なってくる。この問題を有効な方法で論じたいなら、そこを明らかにした方がいい。

ちなみに、noon75さんは(3)については「ネットでほとんど読めない」としているが、このブログでは半分以上が(3)について述べている。「モテ」という言葉は使っていないけれど。

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2006年2月25日 (土)

★言葉の通りに理解しすぎる?

どこかのブログに書いてあったが、ある女性が、つきあっていた男性のことを「あなたは、話を額面通りに受け取りすぎる」と非難した。男性の方は、誠実なタイプだったらしく、「そのような非難は心外だ」と気分を害していたようだ。

これだけでは詳しいことはわからないが、言葉を、語られているように受け取ることが「悪い」とか「あまり意味がない」などと非難する人がいたとしたら、私はその人と長く付き合うことはできそうにない。もちろん、単なる冗談も理解しないような堅物であれば、少し話は違うが、ここはそういう話ではない。

「同僚の○○さんのことが嫌なの」とか「留学した方がいいと思う?」とか、そういう話を聞いたとして、真剣に相談に乗ってあげないといけないと感じるかどうかは、そのシチュエーションによる。アドバイスが必要なことも、必要でないこともあるだろう。しかし、その言葉に言葉通りの意味がない、という事態は私にはあまり想像できない。つまり、「同僚の○○さんが嫌なの」という言葉によって、「今、お腹が空いているの」という意味を指し示したり、「留学した方がいいと思う?」という言葉によって、「今の仕事を続けた方がいいって言って欲しい」という願望を表したりする状況は、少なくとも私にとっては、あまり愉快な状況ではない。

言葉に対する信頼を共通の認識として持てないのであれば、いかに魅力的な女性であろうと、私とは縁がないようだ。逆に、そもそも言葉を重視する人であれば、とても心地よい関係を築ける可能性がある。非常に重要なことを改めて認識したわけだが、これを条件として誰かに提示することは、果たして可能なのか???

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2005年2月26日 (土)

★未婚女性の大多数は「結婚しなくても幸せ」

読売新聞によると、「結婚しなくても1人で幸福な人生を送れる」とする未婚女性は、全体の7割に達したらしい。ソースはこちら

結婚しなくても、女性は1人で十分に幸福な人生を送れると思うかどうかに対し、未婚者では「そう思う」は69%で、既婚者の50%より多かった。特に、未婚女性では73%に上り、「そうは思わない」は24%にすぎなかった。未婚男性は「そう思う」は67%で、未婚女性の方が“独身願望”がやや強い。

まあ、このあたりの調査結果に目新しいものはないが、未婚女性と既婚女性の意識の差には有意なものがあるのではないかと思った。いろいろな条件があるだろうから、一概に言い切れないだろうけれど、結婚して男女が一緒に生活をともにするメリット(およびデメリット)は、実際にやってみないとわからないのだろう。そして、やってみると、「生きていく上でプラスになるものもあるんじゃないかな」と気づくこともあるのではないか・・・という分析は、ほとんど統計に基づいていないが(苦笑)。

ちなみに、結婚相手の条件はというと、

結婚相手の条件を男女別にみると、男性では「容姿や外見」59%、女性では「収入や資産」78%、「職業や勤め先」77%がそれぞれ目立っている。トップは、男女ともに「人柄」の98%だった。

この資料を見て、「人柄さえよければ、結婚相手として考えてもらえるのではないか」というのは早計である。98%の人が人柄を挙げているということは、「人柄がよい」ということは前提条件と化していると考えられる。まずは、「人柄」がよいこと。そして、次に「収入や資産」、あるいは「職業や勤め先」。結婚は、生活を営むことであるから、そういう選び方は悪くないと思う。結婚生活を普通に営みたい人に、売れない芸術家や芸人志望、職を転々とするフリーターと結婚するのは、決して勧められることではない。

ただ、これらの条件をクリアしたからといって、即結婚につながるわけではない。プラスアルファがどこにあるのか、それを探り当てることが重要だろう。そして、そのプラスアルファは、人によって、そして組み合わせによって異なるのだろう。

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2005年2月18日 (金)

★どこまで近づけば好きになれますか

人を好きになるとき、その人との精神的な距離が縮まらないと好きになれない人と、そうでない人がいるらしい。吉本隆明「超恋愛論」から。

 ぼくなどは、精神の距離感が相当近いところでないと、恋愛というのは始まらないと思っています。まず精神の距離が縮まって、そこから日常の距離がだんだん縮まっていく。だから、ぼくはその後結婚した相手の人の手を握るまでに、半年とか一年かかったりしました。(中略)今の若い人たちは、これは間違えたと思ったら、「はい、さようなら」といえば、それで済んでしまう。相手とそのくらいの距離を置いているわけです、精神的に。(27ページ)

私も、吉本と同じだ。精神的な距離が遠い間は、いくら物理的な距離が縮まったとしても「好きだ」という感情は持てない。自分の生活や考え方の中に、その女性のことが深く入り込んでこないと好きにはなれないようだ。もちろん、見つめ合えばにっこりしたくなるし、体をくっつけられれば肉体的な興奮はするだろうから、キスやセックスも可能ではあるだろう。もしかしたら、結婚も可能かもしれない。

しかし、「好きだ」という感情を持つには、時間と手間がかかる。数え切れないくらいの情報を交換して、その女性のことなら、親兄弟よりもずっとよく知っていることになって初めて、「好きだ」と臆面もなく言える。それ以前の状態であれば、知り合って何ヶ月経っていようと、密室に二人きりになろうと、手さえ握りたくはならないだろう。

実は、昔から惚れっぽいタイプで、「自分のことを気にかけてくれているなあ」と思った女性のことは、すぐに好きになってしまっていたのだが、もう今はそんなこともない。精確に言うと、ふっと気持ちがその女性に向いたとしても、すぐに元に戻ってしまう。だが、精神的な距離が縮まってしまった女性のことは、連絡が取れなくなっても、忘れることはない。

精神的な距離と「その人のことを好きになるかどうか」に関連性の高い人は、どのくらいいるのだろうか。

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2004年10月17日 (日)

★言葉で暴力をふるう人はどんな人?

言葉による暴力をふるう人と、言葉で暴力をふるわれる人は別々の世界に住んでいることになるらしい。暴力をふるう人は「支配とコントロールによってパワーを感じる」世界に、暴力をふるわれる人は「相互性・共創造性・和によってパワーを感じる」世界に住んでいる。パトリシア・エバンス「夫の言葉にグサリときたら読む本」から。

ディーン(引用者注:夫)が仕事で出かけ、子どもと家にいたとき、私(引用者注:妻)はずっとお預けになっていたバスルームのペンキ塗りをしました。(中略)きっと喜んでくれると思っていたのです。ディーンが帰ってきたとき、すぐにそのことを言うつもりでしたが、夕食が済むまで待ちました。そして、「ほら、見て! 私、ペンキ塗り替えたのよ。素敵でしょう?」と見せると、ディーンは突然怒り出しました。「キミが全部仕事をしたってわけかい? 僕だって働いてるんだぜ!」と声を荒げました。(44ページ)

日本には、ディーンのようなタイプはそれほど多くはないかもしれない。でも、もしアナタのパートナーがディーンのような口の利き方をしているとしたら、彼との関係を考え直した方がいいだろう。ディーンのように、支配とコントロールによってパワーを感じる世界に住んでいるタイプは、「パートナーが達成するものは、加害者にとってはすべて脅威」だと考えてしまう。決して、一緒にいて愉快なタイプではない。

また、「相互性・共創造性・和によってパワーを感じる」世界に住んでいる人間は、次のような関係を築くらしい。(32ページ)

  • 自分の考えを示し、相手の考えに耳を傾ける。
  • 自分の熱意を語り、相手の話もわくわくして聞くこと。
  • 本当の自分をさらけ出し、相手の人間性も尊重すること。
  • 自分を認め、相手にも敬意を表すること。
  • 自分の創造を楽しみ、相手の創造性を大切にすること。
  • 自分の成長を楽しみ、相手の成長も促すこと。
  • 自分の孤独を楽しみ、相手の孤独も大切にすること。
  • 自分のペースで行動し、相手のペースも受け入れること。
  • 自分を喜ばせ、相手にも喜びを与えること。
  • 自分を保護し、相手を慰めること。
  • 自分を見つめ、相手を見つめること。
  • そして自分を愛し、相手を愛すること。

難しいなあ、と思う。まったく無理ということはなく、十分できていることもある。しかし、根本的なところで、私にはある重要な部分が欠けているため、全部の条件を満たすことは無理かもしれない。

ただ、努力目標としてなら、悪くない。こういう目標に向かって努力し続ける二人なら、きっとうまくやっていけると思う。


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2004年9月10日 (金)

★「理想の相手」を見つけるには

「ewoman」の松本侑子(作家)へのインタビュー記事から。「自立した恋愛は理想的ではあるが、実際、そのような完成された恋愛というものがこの世の中に存在するのだろうか?」という問いに答えて。

出会った時には、その相手が理想の人かどうかわからないんです。理想の相手は、最初からあるのではなくて、けんかしたり仲直りしたりして時間をかけて作っていくものだと思うんです。出会った時は、まだ理想の相手はいないんです。

理想の相手を“探す”ことに躍起になる男女は多いけれど、もともとそういう人がいるわけじゃない、というあたり、これからパートナーを探す人たちにはよく肝に銘じておいて欲しいなあ。最初、会ったときにビビビッとくる場合もあるけれど、「何、この人??」と思ったのに、しばらく付き合っていくうちに、「この人、サイコー」と思うようになることもあるからね。もちろん、「付き合ってみたけれど、やっぱりダメだった」ってことも少なくないだろうけれど。

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2004年5月25日 (火)

★夫婦円満の秘訣

久しぶりに「嘘つき男と泣き虫女」から。「口うるさく言ったり言われたりする関係を変えるには、言われる方も責任を引き受けなくてはならない」と著者は言う。まず、口うるさく言われている方(多くは男性だろう)が努力するべきこととして、次のことを挙げる。

  • 相手の話にちゃんと耳を傾けているか?
  • 相手の不満を理解しているか?
  • 自分の方が偉いという態度を見せて、相手をおとしめていないか?
  • 相手のやり遂げたことを評価しているか?
  • 自分は金を稼いでいるから、家では楽にさせてくれといって、家事の分担を拒絶していないか?
  • 怠惰で無神経になっていないか?
  • 相手の気持ちを理解する心の余裕に欠けるのではないか?
  • 幸福に暮らしたいと思っているか?
  • 幸福に暮らすために、相手と向き合って、きちんと話をするつもりはあるか?(以上、45ページ)

「ああ、これは拙いな」と自分の行動を修正しようとする男性には、あまり問題はないのだろう。問題は、「これのどこが悪いの?」とか、「ふーん。それで?」という男性だろうなあ。

だが、もっと問題になりそうなのは、男性側がこれらの点を反省して、相手の話にちゃんと話を傾けようとしているのに、態度が変わらないとき。そういうときは、明示的に相手の欠点を指摘するしかないだろうなあ。

一方、口うるさく言う方(多くは女性だろう)が努力するべき点としては、次のことが挙げられている。

  • 何に不満なのかを相手に言う。
  • 相手にして欲しいことについて、時間を設定する。
  • 同じ言葉を繰り返すのを慎む。
  • 自分の要求を伝えたら、今度は口をつぐんで相手のことばに耳を傾ける。
  • 相手の考えを聞く。いいアイディアが出てくるかも。
  • 「あなたは~」という言い方をしない。それでは相手の抵抗が強くなるだけ。
  • 相手が配慮のない態度を改めるつもりがない場合、どんな形で解決する?
  • 自分の存在価値を高めるよう努力する。
  • 目標を達成したとき、ちょっとしたご褒美を自分に用意している?
  • 幸福に暮らしたいと思っている?(以上、46ページ)

とにかく、最初の項目がポイントだと思う。「何が不満なのか」を精確に相手に伝えること。感情を伝えるのではなく、何に引っかかっているのか、何が嫌なのか、何に傷ついているのか、相手にできるだけ精確に伝える。大半の男性はここで気づいてくれると思うが、もしパートナーがきちんと説明しても気づかないほど鈍いタイプなら、“別れる”とか“諦める”という選択肢も考えた方がいいと思うなあ。

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2004年5月19日 (水)

★“付き合っている”ってどういうこと?

再び山本文緒「結婚願望」より。いろいろな原因で女性と親密になることが少なかった私には、“付き合っている”というのはどういう状態のことを言うのかが、実はよくわからない。ただ、たくさんの異性と付き合ってきた(?)著者にしても、“付き合っている”と言うべきかどうかが迷われるような関係はたくさんあるとか。

つきあってるんだかいないんだか、という男女関係は世の中に非常に多く、恋愛関係というものはかくも曖昧なものだ。ある特定の相手とその親密な交際を、これからも続けていこうとお互い意思が一致したときに「付き合っている」という関係が発生するのだとしたら、どちらか一方がその意思にぐらつきを覚えただけで、二人の関係は壊れてしまうことになる。(36ページ)

山本が挙げる“曖昧な恋愛関係”の例としては、たとえば…
まだ若い二人のうち、男の方が遠隔地に転勤になってしまい、月に一度くらいしか会えなくなって、メールも頻度が下がり、半年前に会ったきり。なのに、どちらも「別れよう」と言い出さないのは“付き合っている”と言えるかどうか。

あるいは…
居酒屋で知り合った独身の男女。なぜか勢いでベッドインしたが、どちらも特定の相手がいなかったこともあり、頻繁に会っている。最初はいろいろ話をしようとしてみたが、共通の話題があまり多くないので、最近は会えば10分以内に素っ裸になってしまう。

また、あるいは…
妻子ある上司と、独身の部下の不倫関係。上司の方は家庭を捨てる気はないし、部下の女性は、上司と結婚できないことはよくわかっているが、結構楽しい時間を過ごせている。とはいえ、ボーイフレンドができれば、上司とは別れるつもりで、恋人募集中である。

個人的には、“恋愛関係”は、お互いに相手のことを“好き”と思える感情を持つことから始まるような気がして、比較的はっきりしている。しかし、“付き合っている”は曖昧だ。結婚相談所で会った異性に、「とりあえず、もう少し会ってみますか。一応、他の人とは会わないようにしましょうね」という合意を取り付けたら、それは“付き合っている”には入らないのか。もちろん、“付き合っている”という関係がまったく想像できないわけではない(また、体験がないわけでもない)が、“付き合っている”と“付き合っていない”の境界線がどうもはっきりしないのだ。

…どうもよくわからないなあ。

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2004年5月18日 (火)

★浮気を防ぐ最良の方法

ゆうきゆう「相手の心を絶対にその気にさせる心理術」から。美人を口説くときには相手の美しさ以外のことをほめたり、ほかの人が取り上げないように場所をほめるとよい、と言う。それが、“自己拡大”につながるからだとか。

できる限り一緒に新たなことにチャレンジして、可能な限り相手を自己拡大させてあげること。(中略)すなわち、相手に対していろんな意味で「初体験」の殻を破る一撃。それは口説く相手には刺激剤に。すでに恋愛関係の相手には、浮気を防ぐ免疫剤になるのです。(66ページ)

確かに、そうだろう。ただ、そのためには、自分も常に努力して“自己拡大”していないと難しいと思う。ゆうきゆう氏は「いつもバーで飲んでいたら、一度は二人で夜のクラブに遊びに行」くことを例として挙げているが、これだって自分がクラブに行ったことがなければ、なかなか難しい。とにかく“引き出し”は多いに越したことはない。まあ、夜遊びの幅ばかり広げても仕方ないと思うけどね。

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2004年4月 2日 (金)

愛情は育てるもの

彼(女)が自分のことを愛してくれているかどうか、試したい人に。内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」から。

相手が自分のことをどれほど愛しているのか知ろうとして、愛情を「試す」人がいます。無理難題を吹きかけたり、傷つけたり、裏切ったり…さまざまな「試練」を愛情に与えて、それを生き延びたら、それが「ほんとうの愛情だ」というようなことを考える。でも、これは間違ってますよ。愛情は「試す」ものではありません。「育てる」ものです。(13ページ)

愛情を“試す”とは、愛情に試練を与えてみて、生き延びるかどうかを調べ、そして判断すること。もし生き延びなかったら=愛情が枯れてしまったら、それは本当ではなかった、と“断罪”する。

愛情を“育てる”とは、愛情の成長具合を調べながらも、決して無理をさせないこと。生き延びられないような試練は与えないこと。“生かす”こと。

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2004年2月23日 (月)

ガンにかかったことをいつ言うか

「AERA」'04.2.16 No.7「シングルががんにかかったら」から。独身者がガンにかかったとき、恋人になりそうな人と出会ったら、いつそのことを話すか。アメリカがん協会は、次のようにアドバイスしているらしい。

出会って数分では速すぎるし、これからベッドインというときまで待つと大変な事態を招く。正解はないが、「相手に対して、信頼感と友情を感じられるときまで待つのがいいでしょう。それは、相手があなたという人全体を好きになってくれている、と感じられるときです」(16ページ)

「あなたという人全体を好きになってくれている」というのこそ、本当の「好かれている」「愛されている」だと思うから、結局のところ、“相手が自分のことを好きになってくれてから言うべきだ”という、至極当たり前の結論にしか過ぎない。でも、それがきっと正しくて、もっとも多くの人に受け入れやすいのかもしれない。

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2004年2月 4日 (水)

★恋愛を長継ぎさせるには(続)

もう一度、「理系のための恋愛論」の第121回「片想いっていいよねえ」と語れますか?から。

相手に自分の気持ちを告げず、片想いのまま、しばらく過ごしてみるのは苦しさも伴いますが、なまじかうまくいっちゃうより、なかなか楽しいものです。

昔、通っていた大学の先生に、なぜか既婚女性ばかりにちょっかいをかける人がいた。「既婚女性というのは、どこかイイところがあるからな」とか、訳のわからない理由を付けていたが、もしかすると、別の理由だったかもしれない。

既婚女性は、当然のことながら、言い寄られて「はいはい」と二つ返事で心や体を許すことは少ない(最近は、多いのかもしれないが)。相思相愛の間柄になっても、双方からブレーキがかかるのが普通だ。もしかすると、それがいわゆる不倫関係を甘美なものにするのかもしれない。

たとえば、既婚女性と二人で飲みに行って、いろんな話をしている間に二人ともアルコールが回ってきて、じっと見つめ合う時間が続く。手に触れたいという気持ちを押しとどめる。瞳をのぞき込む。のぞき込まれて、目をそらす。でも、また目を合わせてしまう。とめどない会話に、そういう“味付け”を織り込むのは悪くないものだ。

外に出て、人気の少ない路地を歩いているときに、腰に手を回したらどういう反応をするだろうか。そこまでいかなくても、そっと手を滑り込ませたら、手を引くだろうか。しっかりと握ったら、どうするだろうか。もしかして、もっと先までした方がいいのだろうか。

…などなど、こういうことを考えるのが、恋のイイところ、悪いところを経験した後での“片思いの楽しみ方”なのだろう。

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2004年2月 3日 (火)

★恋愛を長続きさせるには

「理系のための恋愛論」の第121回「片想いっていいよねえ」と語れますか?から。

恋愛関係を長続きさせるコツってなんでしょう? と考えると、ズバリ、 (プラトニックな関係をできうる限り長引かせ、そのじれったい気持ちを楽しむこと) と私は答えるでしょう。彼女の一挙手一投足に自分勝手な意味付けをして、苦しんだり喜んだりする。そういう時間が恋する気持ちを育て、彼女への思いを熟成させていくのではなかろうかと考えるわけです。

確かに、好きなときに会えて、好きなときにセックスできるような関係になると、トキメキのある恋愛関係がただのマンネリ関係になってしまいやすい、とは言える。不倫関係のように、ただ会うだけのことが難しいとき、人はその思いを時間によって試される。そのことで、思いは研ぎ澄まされることもあるだろう。

世の中、セックスすれば、女の子のことはすべてわかったように考える男ばかりではないが、そういう男が多いのはわかる。また、たとえば自分が仕事関係の女性と寝たとすると、それまでのように普通に接するには、ある種の努力が必要だろうということは(何となく)わかる。

そういうこともあって、簡単にセックスする=それぞれのステップをきちんと味わわずにセックスまで来るのは、今ひとつ“おもしろみ”がないことだと思う。

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2004年1月10日 (土)

★自分の“好き”、相手の“好き”

し~やもんさんのし~やもんやもんから

自分としては、相手に好意をもっていて、 ほかの人よりもオープンに接しているつもりでも、 相手からは、特別に思われないことって、多々あって、 そういうのって、相手が異性(恋人)じゃなくて友達でも知人でも、 すっごく辛いって思う。

いろんな場面で、そういうことがあると思う。友人や恋人や家族の関係だけでなく、仕事仲間や取引先の人でも、そういうことはあるだろう(私はある。もちろん、いつもではない)。

ここのテーマである恋愛に引きつけて考えれば、「自分が相手のことを好きなのだから、相手も自分を好きであって欲しい」と思うのは、恋愛ではごく普通のこと。むしろ、この気持ちが全く沸いてこなければ、それは恋ではない。そして、相手を独占できない辛さを、独占したい気持ちと同時に味わうしかない。

この気持ちに、すぐにケリを付けたくなってしまう人が最近は多いようだが、もう少し耐えてみてはどうかと思う。

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2004年1月 2日 (金)

★本当のコミュニケーション(その2)

コミュニケーションを2つに分けてみよう。1つは仕事などで重要だとされるもの。これを「コミュニケーション」としよう。スケジュールや段取り、そして相手に協力させるための情報交換だ。もう1つは、情報交換そのものが目的ではなく、言葉の奥にある相手と自分の感情や考え方を近づけるためのもの。これを仮に“コミュニケーション”とする。

明日までに仕上げなければならない仕事を、部下に命じるとしよう。ちょっと大変だが、頑張れば何とかなりそうだ。「コミュニケーション」の考え方では、「明日の午前中に、これこれのものが欲しい。ついて、今日は残業して仕上げてくれないか。大変だと思うけれど、君なら大丈夫だと信じて頼みたい」とおだてたりして、部下に指示すればいい。あとは、指示内容を理解しているかどうか、大切な約束があったりしないか、そのあたりを気にしていればいい。

しかし、“コミュニケーション”の考え方では、「はい、わかりました」と部下が答えるまでの時間、目をそらしたときの表情、席に着いてからの仕草、電話に出るときの声の高さまでを全部考え合わせて、言葉にならない部分をできるだけ汲み取らないといけない。部下の心を読むのが目的ではないが、できるだけ心の動きに意識的になること。

言い換えれば、言葉のイントネーションや、言葉と言葉の間の時間に意味を読みとるような態度でないと、“コミュニケーション”は成立しない。「言わないから、気がつかなかったよ」というのは「コミュニケーション」の場では許されても、“コミュニケーション”の場では許されないのだ。

仕事関係では「コミュニケーション」だけでもやっていける。しかし、夫婦や恋人同士などエロス的関係を結ぶべき異性との間で、“コミュニケーション”なしでやっていくのは辛い。特に、多くの女性は“コミュニケーション”ができない男性と一緒にいると辛く感じるようだ。


その1はこちら

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2003年12月27日 (土)

夫婦の適切な距離は?(その2)

夫婦の間の距離は近ければ近いほどいい、という前提で話を始めよう。

し~やもんやもんさんのココログからトラックバックをもらって、さらに考えたのだが、夫が定年を迎えて、「待ってました!」とばかり夫婦で旅行に出かけたり、一緒に何かして楽しく過ごす…というのは、なかなか難しいのではないか。

というのは、まず定年になって初めて旅行に出かけたり、一緒に何かをするのでは遅いということ。女性ならわかると思うが、結婚して子どもができて、20年以上仕事にばかり熱中して、完全に放っておかれたのに、「定年になった」という理由だけで急に「一緒に行動したい」と言われて、二つ返事で一緒に行動できる女性はそれほど多くないと思う。

定年前から、理想的には結婚してすぐの時点から、「一緒に何かすること」あるいは「一緒にいること」を通じて、距離を縮める努力をし続けなければいけない。

ただ、私はまだ独身なので、このあたりは想像と理屈の域を超えていない。感想があれば、是非お聞かせいただきたい。

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夫婦の適切な距離は?(その1)

以前、結婚相談所で出会った人で、「自分の両親は何かを一緒にするということはあまりなくて、それぞれ好きなことをしているが、そういう関係がいい」と言っていた女性がいた。

確かに、何かを一緒にするということ、たとえば共通の趣味を持つことが、よい夫婦関係を築くために絶対必要だというわけではない。むしろ、よい夫婦関係のためには、何かを一緒にすることができないといけない=趣味が共通でなければならない、という思いこみはマイナスだろう。

たとえば、結婚相談所の紹介状で、ダイビングやダンス、演劇鑑賞といった趣味を掲げて、「これを一緒にできればいいと思います」と書く人が多いが、もしそういった趣味を共有できたとき、それ以外の重要な要素を見落としてしまうのではないかと思う。

とはいえ、「それぞれ好きなことをしている」ことをイイことだとする、その考え方にも同意できない。仕事や趣味で、本当に何も重なることがない人たちは、いくつか重なるものがある人たちよりも夫婦の間の距離ができやすいのではないか。

…っと、ここまでは当たり前の結論になってしまった。「その2」に続きを書こう。


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2003年12月20日 (土)

本当のコミュニケーション(その1)

昔、「もっとコミュニケーションを大切にしなさい」と上司に言われたことがある。その頃の私はまだ駆け出しで、自分のデスクで世界が完結していた。「あー、これAさんに頼まなきゃ。でもまいっか、Aさんが気づいてやってくれるかも~」という感じだった。

当然ながら、それでうまくいくほど仕事は甘くない。スケジュールや作業の段取りなど、自分が考えていたのとはまったく違う方向に動いていき、「あらあらあら…」ということもよくあった。その点では、昔の上司が言っていたことは正しい。仕事の重要なポイントで、同僚や得意先、下請けと共通理解を作り上げておくことは絶対に必要だ。

夫婦や付き合っている男女の間でも、どこかに泊まりがけで旅行に行くとき、結婚式など大きなイベントを主催するとき、夫婦が家を建てるとき、子どもの進学先を考えるときなど、さまざまな「コミュニケーション」が必要になるだろう。

しかし、そういった場面でスケジュールや段取りが決まれば、「コミュニケーションがうまくとれている」ということになるのだろうか。「次の交差点を右に曲がって、100m先の信号の手前で降ろしてくれ」とタクシーの運転手に言うように相手に伝えられたら、それでコミュニケーションは完結しているのだろうか。

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2003年12月18日 (木)

妻を映画に誘って「キモチ悪い」と言われた

私の話ではない(私は未婚だし(^^;;;)。どこかのWebサイトで読んだ話だとしておこう。

家族でテレビを見ていた、ある男性が隣にいた妻に「久しぶりに、今度映画でも見に行こうか」と言ったところ、「何よ、キモチ悪い」と言われたらしい。その男性は、とてもがっかりしてしまったとか。

映画に誘ったら「キモチ悪い」と言われた男性の気持ちは、察するにあまりある。確かに、ひどくがっかりするだろう。自分がなぜ妻にそんなにまで嫌われないといけないのか、わからないだろう。ただ、注目すべきは、妻にとってそれが当然だったりすることだ。

きっと、その男性は妻の心の動きに対して、非常に鈍感なのだろう。あるいは、気づいていても黙っているのかもしれない。妻から見ると、それが夫婦を遠ざける決定的な原因となっているのだ。そして、それに気づかない夫は、もはや他人と同じだ。それなのに「久しぶりに映画に行こう」などと、なれなれしく言われるものだから、「キモチ悪い」と思ってしまう。

妻に「キモチ悪い」と言われる男性は、それほど多くはないだろうが、似たようなことは結構ありそうだ。

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2003年12月15日 (月)

女性が自分の気持ちを判断するには

「この男性のこと、本当に好きなのかしら」と女性が自分の気持ちを計りかねるとき、有効な方法に「牛乳プリン法」というのがあるらしい。

少し上等なプリンを買ってきて、まず独りで食べてみる。そして、次に彼に手を握ってもらって、できれば抱きしめてもらいながら、彼に食べさせてもらう。このとき、独りで食べたときよりも、コクが感じられれば、彼を好きな自分を信じていい。逆に、あまり変わらないか、逆においしくなくなったら、彼とは別れた方がいい。簡単に言えば、こういうものだ。

これは、好きな人と一緒にいると、そのときに食べたものもおいしく感じられることを利用した方法だ。「こんなものでわかるのか」と言いたくなるが、女性の感覚は基本的に男性よりもずっと鋭いものなので、案外このような簡単な方法でよくわかるようだ。

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2003年12月14日 (日)

男女の違い

ほとんどの女性は、自分の話を聞いてもらうのが好きだ。共感してもらうことが女性の精神の安定には絶対に必要なのだ。だから、男性がいくら疲れていても、パートナーが何か話したいことがあるときは、できるだけ共感を持って聞くようにした方がいい。そして、そのときに「こうした方がいいんじゃない?」という提案は、基本的にいらない。聞いてもらっている間に答えの出てくることも少なくないし、だいたい答えのいらない問いであることもあるからだ。

ところが、男性は困ったことがあると話したくなくなる人が多い。男性も相手に受け入れてもらうことは快感につながるのだが、男性にとってそれはあまり大きな快感ではなく、「聞いてもらうだけでは問題の解決につながらない」と考える人も少なくない。また、男性の話を聞くときに、共感はあまり必要ない。むしろ、ただ励ましてもらえればいいときが多い。

女性が男性を励ます方法はいくつかあるが、もっとも直接的なのがセックスだ。女性は自分の体を開くことによって、男性の力を認め、「あなたは魅力があるのだ」と言っていることになる。これが男性には励ましになるのだ。もちろん、セックスでなければならないのではなく、その男性の力をよく見極めた上で、「あなたには、こんな力があるのだ」と言えれば、それは大きな励ましになる。

こう書くのは簡単だが、実行するのは大変難しい。男性は女性の話に提案を差し挟まず、共感を持ってただ聞くのは慣れていないことが多いし、女性はただ共感するのではなく、男性の魅力を「ほら、ここに」と差し出すことに慣れていないことが多い。

相手が欲しているところと自分の欠けているところの両方を知って、うまくカバーできれば、カップルの多くはうまくいくのではなかろうか。

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2003年12月 9日 (火)

「コクる」

最近、10代後半から20代前半の女性の恋愛相談を見て思ったのだが、「告白する」=「コクる」という行為が、「彼のことが好き」という気持ちとは独立してしまっているようだ。

「あなたのことが好き」という気持ちを「告白する」のでなくて、何を「コクる」のか、大変不思議な気持ちがするのだが、どうもそんなに大層なことではないらしい。「あなたともっと近づきたい」という気持ちを相手に伝えることを、「コクる」と言うようだ。

私がまだ10代の頃は、「コクる」とは「あなたのことが好きです」と直接言うことだったが、今は「好きです」というのではなく、「付き合って欲しい」とかそういうのが「コクる」の内容になるようだ。

「好き」と「付き合う」の間の距離が、昔と変わってきたのかなと思う。

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