2008年1月12日 (土)

★仏門に入りたい既婚女性はセックスを拒否できる?

ゴリラブーツ」さんで見つけたYahoo!知恵袋の質問から。女性の質問だ。

妻に「風俗にでも行って欲しい」と言われたら嫌ですか?セックスを完全に卒業したいと思っています。

1年ほど夫から誘ってくる事もなく、大丈夫なのかなと私のほうから声をかけてするということばかりでした。その時、夫はそんなに性欲が無いのに、私の性欲に合わせようとしてくれているのではないかと漠然と思っていました。結果、私から誘う事も一切辞めました。

その後、私自身が妊娠しても100%流産する体質とわかり、セックスで生まれる奇跡のないことを知り、新しい趣味を見つけて没頭するようになり、セックスへの比重はゼロになりました。夫自身もセックスはしたくないんだろうと思っていたのですが、1ヶ月ほど、まったく誘わなくなったら夫のほうから、毎週誘ってくるようになりました。

正直言って、もうしたくないので、超冷凍マグロ状態です。無理にする事でもないと思っています。敢えてしなくてもいいように、夫と私のベッドの間を開けました。夫が眠ってから、寝室に行くようにしました。夫が起きる前に起きるようにしました。

きちんと話し合いを持つことも大事だと思うのですが、私自身が生涯もうセックスをしたくないということとその条件に「風俗や浮気はしてもいい」と出せばいいのかなと、思うのですが、やっぱり簡単ではないですよね。

補足 したくない理由と聞かれると、セックス自体に夢中になれるというか、一般的に言われているような快感を感じた事が無いので、したいと思う気持ちが良く理解できないというのもありますが、大きいのは信仰心といえば大げさなのですが、将来的に仏門に入りたいという希望があり、煩悩を消す事ができたという状態に近いです。

2つの見方ができる。1つは、夫婦としての生活を営むことを前提としての見方。この見方では、この女性はひどく自分勝手だ。何より、セックスを快楽を得るものとしてしか考えていない。あまりにも浅はかだと思う。セックスの目的は、生殖と快楽だけではない。コミュニケーションという意味合いもあるのだ。

行為の中では、「ボクを認めてくれる?」「私はあなたにとって大切な存在なの?」という問いかけと、それに対する答えが錯綜していく。この女性の夫が、この女性と同じように、セックスを快楽だけのためのものだと考えていればいい。しかし、夫がセックスによるコミュニケーションを求めていたら、問題は深刻になる。私がこの女性の夫の立場だったら、子供もいないことだし、「今すぐ出て行け」と追い出すかもしれない。

もう1つの見方は、「仏門に入りたい」という希望を尊重する見方。釈迦は妻子を捨てた。本当に出家するつもりなら、離婚を覚悟して夫とのセックスを拒否しても仕方ないだろう。私がこの女性の夫なら、この場合は、諦めるな。もちろん、離婚するけど、友人でいられるかもしれない。

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★幸せな結婚生活のために

どうすれば幸せな結婚生活を送れるのか。アルファルファモザイク経由、2ちゃんねるの既婚男性板より男性向けのアドバイスを適宜抽出して並べてみる。

  • 些細なことでも誉める
  • 他の女の話をしない
  • セックスをする。ただし、やり過ぎない
  • スキンシップを大切にする
  • お互いをいたわり、尊重する
  • 気持ちを通い合わせるために、ちゃんと会話する。挨拶や「ごめんなさい」など
  • 感謝の気持ちは、言葉や態度できちんと表す
  • 誕生日や結婚記念日などの記念日を忘れない
  • 体型をあまり崩しすぎない
  • 同じ趣味を持つ

うっとなったのは、これ。

  • 適度に受け流す

言うことを聞かないと嫁さんは怒るし、全部聞いていたら身が持たない。気持ちはわかる。パートナーがお喋り好きで、聞いているこちらが疲れていることに気づかないか、気づいていても喋るのが止められないタイプだと、結構辛い。でも、好きな相手のためなら、頑張らないとね。女を愛するには、本当に一生が必要だから。

あと、これも。

  • 期待しない

「妻が家事をやらなくても、自分と子供だけで生活していると思って、自分で家事をやる」「適当に話を聞いているふりをする」「女に理屈は通じない」「適当にご機嫌を取って、妻が主導権を取っているように思わせる」…わかるけど。わかるけど、嫌だ。そんな家庭は、嫌だ。妻を追い出して、子供の養育費を妻からももらって(現実的ではないけど)、新しい嫁を探せばいいんじゃないかと言いたくなる。

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2008年1月 7日 (月)

★旦那の扱い方

男は単純だ。落ち込んだ男を励ますには、美味しいものをそっと出しておけばいい。鷲田小弥太『あの哲学者にでも聞いてみるか (祥伝社新書 97)』より。

男は時に落ち込みます。あなたの夫のようにアグレッシブな面が強いと、摩擦も多く、それがたまるとエネルギーがグンと落ちます。そんなときがやっかいですが、私(福沢)の解決法は、単純です。一品か二品、美味いもの=珍しい高価なものをそっと出してくれる妻の心配りです。肴には大好きな酒です。1人で夜半まで、ぼそぼそと愚痴を言いながら酒を飲むのがいいですね。/こんな時、言葉や態度で、「頑張って」とやられると、逆に落ち込みがきつくなります。妻の愚痴は最低です。ただし、落ち込んだときの反応や対処は、男女、子供に本質的な違いはありません。「心づくし」です。(pp.139)

落ち込んで仕事から帰ってきたと、好物の美味しい肴と酒が出てきたら、確かにちょっと気が紛れるだろうなあ。「オレってダメだよなあ」と言って、妻に「そんなことないわよ」と言ってもらうのもいいけどね。自分の悪いところを自分で挙げていき、妻がいちいちそれを否定した上で、自分のいいところを挙げてくれて、さらにそれが妻の本心だとわかったら、もっとうれしい。我ながら、バカだと思う。

まあ藻男の戯れ言だけどね。

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2008年1月 6日 (日)

★30年後も夫婦でセックスを楽しむために必要なこと

All Aboutの記事から。主に30代、40代の夫婦に向けた内容だが、30年後も夫婦でセックスを楽しむためには、次のようなことに注意する必要があるらしい。

  1. 子供抜き、夫婦水入らずの時間を意識して作って、子供を媒介にしない会話が成立するようにしておく。
  2. スキンシップを増やす。手をつなぐ、肩を揉むなど、肌が直接触れあう機会を持つ。
  3. 加齢と体の変化について正しい知識を持っておく。女性は更年期障害・閉経、男性はED・前立腺肥大などの問題を抱えることが多くなるため。
  4. セックスについて話し合う機会を作ること。「こうして欲しい」を伝えないと手遅れになりがち。

未婚の私には、あまりぴんと来ないなあ。むしろ、「いくつになっても恥じらいを忘れないで欲しい」とか、「自分の気持ちを素直に表現して欲しい」とか、そっちの方が重要な気がするけれど。

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2007年12月30日 (日)

★加藤鷹のドキュメンタリーがGyaOで放送中

「6000人を抱いた男~AV男優・加藤鷹~」が1/18までGyaOで放送中だ。100%自分を相手にぶつけることが重要だと説く加藤鷹の、仕事と女に対する真摯で陽気な姿勢は、非常に興味深く、また勇気を与えてくれるものだと思う。視聴できる環境がある人は、是非ともご覧あれ。

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2007年11月 4日 (日)

★男が女を妊娠させるとは

昔、アダルト向けのアニメを見ていたら、膣内に射精した男が「妊娠させてやる!」とか「はらめ!」とか叫んでいるシーンがあって、馬鹿馬鹿しいなりに何か納得するようなところがあった。

その後、実際のセックスでは「妊娠させたい」と思ったことは記憶にない(未婚だし、相手とは将来結婚できない状況だったし)が、しかし「妊娠させてやる!」という気分は自慰の時に役立つ(つまり興奮する)ことを最近発見した。

今はもし女を妊娠させたとしても、特に問題なく家庭を営める状況である。「妊娠させてやる!」という気持ちは、実際に子供ができて、その女と結婚することになったとしても、子供と妻のいる日常生活への入り口における1つのエピソードにしか過ぎない。だから、特に取り上げて云々する価値がないのかもしれないが、しかしそれでもなお「妊娠させてやる!」という言葉や気持ちは、私にとっては扇情的である。「G★RDIAS」によれば、同じことをパスカルも書いているらしい

おそらくパスカルは、妻の妊娠を知らされて、ほとんど性的な興奮を覚えたのだろう。それは雄叫びにも似た、男という性を持つものが究極の目的を達成した瞬間の、ほとんど肉体的な反応だったようだ。これに似た証言は、パスカル以外の男性からも幾度か耳にした。

雑な書き方だけど、今日はこんな感じで。あと、機を改めて書きたいが、「男とは…」「女とは…」という語り口と、「私は…」「彼は…」という語り口の整合性はどうとればいいのか、コメント欄を見ていると、考えさせられた(議論の成立要件が重要な気もするけれど)。

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2007年5月10日 (木)

★結婚するなら必ず結納をせよ

株式会社武蔵野の小山昇社長は、「結婚するなら必ず結納をすること」とアドバイスする。SAFETY JAPANから。

わたしが仲人をした夫婦が別れないのは理由があります。仲人を引き受ける条件が「きちんと結納をすること」だからです。/結納は面倒くさいものです。両家の両親同士を引き合わせ、仲人のわたしにもあいさつに来る。いろいろと大変なことが山積みです。別れるにしても、また、あいさつに来なければならない。別れた2組も例外なくあいさつに来た。/面倒なことを体験しているからこそ離婚しなくなる。「あんな面倒な思いをして結婚したのに、こんな小さなけんかで離婚したら何を言われるか」と考えるからです。簡単にくっついたカップルは、別れるのも簡単です。

「25組の仲人をして2組しか離婚していない」と小山社長が誇っていいものかどうかは、今はさておく。人間は、困難を経て得たものに価値を見いだす傾向にある。たとえば、不倫相手は、そうではない相手よりも魅力的に見えるし、恋敵を打ち負かして手に入れた相手ほど素晴らしく思える。ちょっと変わった例では、大学のサークルで入会前の女子学生に、ポルノ小説を他のメンバーの前で読ませると、入会後の活動が有意義だと思う比率が高まるらしい。また、このブログで「★結婚披露宴は絶対やるべきらしい」ですでに書いたとおり、結納を儀式だととらえれば、儀式を経て結ばれた夫婦はそうでない夫婦よりも離婚率が低いようだ。

とはいえ、我慢することが幸せにつながるとは必ずしも言えない。「あんな面倒な思いをして結婚したのに、こんな小さなけんかで離婚したら何を言われるか」と思って我慢したばっかりに、不幸な一生を送ることになった人もまた少なくないのではないか。

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2007年3月18日 (日)

★彼女に悩みを相談されたら、どうすればいい?

「はてな」に、こんなQがあった。

彼女からよく家庭の悩みの相談をされます。自分の仕事が忙しい時などは話を聞くのが億劫なときもあり、あいまいな対応になってしまうのですが彼女にひどく非難されます。「あたしのことをわかってくれない!」「こんなことはあなたにしか話せないのに!」「疲れてるときはあまり話したくない」と答えても、「恋人同士でまともに話できないなんておかしい!」最後には泣かれてしまいました。(中略)「疲れてるときは遠慮してほしい」というのはそんなに間違っているのでしょうか。

相手のことが好きなら、あるいはそれほど好きでなくても、彼女と良好な関係を保ちたいなら、女性の話は必ず聞くのを基本方針としたい。女性が悩みを抱えていて、「誰かにわかって欲しい」と思っているときはもちろんのこと、特に悩みがなく、日常生活で体験するちょっと嫌なことくらいしか話すことがなければ、それを話してもらって聞く。つまり、男性が心がけるべきは、


       聞いて聞いて聞きまくれ!


である。アドバイスは必須ではない。むしろ、共感が必須である。

どういうことかと言うと、「これこれのことで困っている。どうしようか迷っていて、AにするかBにするか決められない」という話を聞いたとき、男性がすべきことは「ボクはAがいいと思うよ。Aにしなよ」という返事ではない(もちろん、女性がそれを聞きたいときもあるのだが)。「うーん、AもBもいいね(orよくないね)。ボクだったらAにするけど、Bの方がためになるって意見もあるし…難しいなあ」でいい。優柔不断な男性が嫌いな女性や、意見を聞きたい女性は怒り出すかもしれないが、そういうのは付き合っていればわかる。「ボクだったらAにするよ」で止めておいて、「そう、じゃあAにするわ」とか「Aはダメよ。やっぱりBにするわ」とか言わせればいい。

悩みが込み入っていればいるほど、アドバイスは難しくなり、頑張って考えてあげても、なかなかそのまま受け入れてもらえることは少なくなる。そんなときは、とにかく女性の立場に立って、彼女の気持ちを理解しようとすること。たとえば…

大学を中退した妹が留学したいと言い出した。「学歴ロンダリング」にしかならないし、特に外国語が堪能でもない妹が、一人で外国の大学に行っても、語学研修くらいにしかならないのはわかりきっている。止めたいのだが、どうも姉である自分に対してコンプレックスを持っていて、自分の言うことは聞かない。親は、大学中退という傷が消えるから、二つ返事で行かせるつもりだ。

…という相談を受けたとする。家族の問題だから、男性が介入することはできないが、女性にとっては大問題である。何とかしてあげたい。

まず、よく肝に銘じておきたいのは、こんな相談に正解などないことだ。闘病中の河合隼雄がいろんなところで似たようなことを書いているが、込み入った問題ほど、一カ所集中の「強い」解決法は失敗する可能性が高い。たとえば、このケースの場合、「語学ができないのに、海外の大学に行っても大変なだけよ」と姉が説得し、両親に根回しして留学費用を出さない方向に持って行ったとしよう。留学問題は解決するかもしれないが、根本的な問題はほとんど何も解決しない(解決しないままでいい、という考え方もあるのだが、それは今回はふれない)。姉が両親に根回ししたことを、妹が知れば、新たな火種が生ずる。事態はさらに難解になってしまうわけだ。

さて、正解がないのであれば、今の関係では、男性の方はこの問題に対して強く関わることは難しいと判断せざるを得なくなる。女性が男性に介入を望んでいるのでない限り、アドバイスは抽象的なもの(「妹さんの気持ちも大切にしたいね」とか)、あるいは表面的なもの(「語学ができないなら、留学前に国内で勉強させたら?」とか)にせざるを得ない。むしろ、当事者である女性を励ます(「頑張れ!」とかではない)方向に動くしかない。そして、女性を励ます一番の方法は、一生懸命、話を聞くことなのである。

しかし、この質問者の男性はわかっているように、話を聞くのは辛いときもある。自分が愚痴を言いたいくらいなのに、人の愚痴を聞かされるのは大変だ。疲れているときに、一生懸命、話を聞くなんて無理。それはまったく当たり前だと思う。

どうしても話を聞けないときは、話を聞けるときに聞くしかない。至極当たり前で、月並みだが、これしかないと思う。「今は忙しいから、週末に聞くよ」とか「明日、こちらから電話するよ」とかしか言いようがない。これを拒否して、「今、聞いて欲しいの」と言われたらどうするか。二者択一である。腹をくくって聞くか、別れても仕方ないつもりで聞くのを止めるか。

私自身は常に前者の選択をしたいが、この場合、間違いなく仕事が犠牲になる(程度の問題はあるが)。「ここでキミの話を聞いていると、重要な仕事が遅れてしまって、そのうちクビになるかもしれない。キミはそれでいいのかい?」と聞いてみるのもいい。責任のある仕事を任されている女性であれば、そのあたりは必ず納得してくれると思うが、そうでない女性の場合は、わかってもらえないこともあるだろう。どうするかは、自分で判断するしかない。体調が悪くないときに一生懸命聞いておくと、だいたいの女性は、こちらが体調が悪いときや愚痴を言いたいときに聞いてくれるので、「貯金」をしておいて「利子」でしのぐ手もあるが、いつでも誰にでも使えるわけではない。

女性の話を一生懸命聞くことは、その女性を大切にすることの重要な構成要素だと思う。おそらく、その女性を愛することの第一歩だろう。しかし、もしかすると、男性にとってはもっとも難しいことなのかもしれない。女性を愛するには一生が必要だ。そして、そのうちの半分は女性の話を聞くことだけに費やす必要がある。そう思う。

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2006年12月24日 (日)

★結婚前に互いに確認しておくべき15の質問

pop*pop」さんなどで取り上げられていたNew York Timesの記事が興味深い。すでに何人かの人が訳しているが、私も訳しておく。意訳だが、できるだけ中身をくみ取ることを心がけた。

1)子供を産むかどうかを話し合いましたか?もし子供を産むことにしたなら、どちらが責任を持って世話をするのですか?

2)互いの収入の最低ラインと目標について、明確な金額を出してみましたか?

3)家庭生活をどのように営んでいくのかについて話し合いましたか?どちらが雑用をするのか決まっていますか?

4)過去の病歴について、肉体面・精神面ともに完全にオープンにしていますか?

5)パートナーが自分に対して実際に抱いている愛情の大きさと、パートナーが自分に対して抱いているに違いないと思っている愛情の大きさの間に違いはありませんか?

6)性的欲求や性的嗜好について、気軽に、そしてオープンに話せますか?

7)ダイニングにテレビを置きますか?

8)互いの話に真摯に耳を傾けて、相手の考えや、相手が嫌だと思っていることにちゃんと向き合うことができそうですか?

9)互いの宗教上の信仰や義務について正しく理解していますか?そして、子供にいつ頃どのようにして宗教教育・道徳教育を施すか話し合いましたか?

10)互いの友人を嫌わず、尊重できますか?

11)相手の両親を尊重できますか?また、自分たち夫婦に親が干渉してくるかどうかが心配だったりしますか?

12)自分の家族がしていることで、何か相手が嫌がることはありますか?(あなたが嫌がることで、私の家族がしていることはありますか?)

13)相手との結婚を諦めない理由がありますよね?

14)どちらかが離れた場所に転勤することになったとき、一緒に引っ越しできますか?

15)お互いに相手が結婚に前向きであることを疑わず、どんな問題が起ころうとも、二人の間の絆が保たれるだろうと確信できますか?

コメントは次回に。原文は下に。



Relationship experts report that too many couples fail to ask each other critical questions before marrying. Here are a few key ones that couples should consider asking:

1) Have we discussed whether or not to have children, and if the answer is yes, who is going to be the primary care giver?

2) Do we have a clear idea of each other’s financial obligations and goals, and do our ideas about spending and saving mesh?

3) Have we discussed our expectations for how the household will be maintained, and are we in agreement on who will manage the chores?

4) Have we fully disclosed our health histories, both physical and mental?

5) Is my partner affectionate to the degree that I expect?

6) Can we comfortably and openly discuss our sexual needs, preferences and fears?

7) Will there be a television in the bedroom?

8) Do we truly listen to each other and fairly consider one another’s ideas and complaints?

9) Have we reached a clear understanding of each other’s spiritual beliefs and needs, and have we discussed when and how our children will be exposed to religious/moral education?

10) Do we like and respect each other’s friends?

11) Do we value and respect each other’s parents, and is either of us concerned about whether the parents will interfere with the relationship?

12) What does my family do that annoys you?

13) Are there some things that you and I are NOT prepared to give up in the marriage?

14) If one of us were to be offered a career opportunity in a location far from the other’s family, are we prepared to move?

15) Does each of us feel fully confident in the other’s commitment to the marriage and believe that the bond can survive whatever challenges we may face?

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2006年12月10日 (日)

★セックスは時間が長ければいい?

日本人のセックスにかける時間は平均20分らしい。内訳は前戯に15分、挿入してから5分だそうだ。これが実際に即した数字なのか、私にはよくわからない。普通のAVは、男優と女優の演技、そして監督などの演出の賜物であるから、参考にならない。演出のなさそうな素人のセックスをビデオにしたものでは、どうやらこのくらいのようだが…。

そういう流れに対して、「セックスにかける時間が短すぎる」という意見もある。「スローセックス実践入門」(アダム徳永)より。

アベレージ20分というのは、生殖行為と言うより、単に男性の射精行動なのです。男性の射精行動に女性が付き合う(付き合わされている)行為を、一般の人々は、セックスと呼んでいるのです。(中略)男性は、セックスの話になると“テクニック”に関心を示します。一方で女性は、“愛”が最大の関心事になりがちです。両者とも時間のことを見落としているのです。(p.14)

長ければいい、というものでもあるまい。たとえば挿入してから射精までの時間があまりに長いと、膣の中を傷めることもありそうだ。しかし、20分というのは、あんまりだと思う。ホテルに入っても、20分で済むなら、ずいぶん時間が余りそうである。

セックスにかける時間を長くして、いったい何をするのか。アダム徳永は、こう言う。

20分が30分に、30分が1時間にと、セックスの所要時間が延長されれば、ただそれだけでも、今起きている、そしてあなたが抱えているさまざまな問題のいくつかは解消されるでしょう。大胆に言えば、ちゃんと時間をかけて女性の体を愛撫する気持ちがあれば、テクニックなどなくても女性を悦ばすことが可能であると言うことです。キーワードは“時間”です。(p.15)

どうやら「時間」というキーワードの方がわかりやすいから、「セックスにかける時間を長くしろ」と言っているが、実際は「時間をかけて女性の体を愛撫する」が勘所のようだ。

男性から見ると、「挿入前にする愛撫なんて、性器や敏感な場所に触れたり、舐めたりするだけでいいんじゃないか」と思いがちである。男性の体は(残念ながら)あまり感度がよくないので、性器以外の部分への愛撫はほとんど必要ない。しかし、女性の体は、個人差はあるだろうが、男性よりは大変敏感である。愛撫と言っても、別に性器に触れるだけが愛撫ではないのだ。

…ということが、この本の後半には書いてあるはずだ。

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2006年11月26日 (日)

★セックスはどうあるべきか

日本では、セックスのパターンについてはきわめて保守的な考え方が支配的なようだ。「ローションの使用・目隠しセックス・車中やカメラの前でのセックスなどには極めて消極的であり、世界平均と大きく隔たっている」とのこと。毎日インタラクティブの北村医師のページより。

性行動に対して消極的になっている御仁たちは、「相手が替わればねえ……」と冗談ともつかない言い方をしますが、考えてみれば相手も同じ思いでいるのかもしれません。しかし、ちょっと待ってください。相手を替えてみたくなるほどに今のパートナーとの性を楽しんだ経験があるのでしょうか。日常のセック ス・ライフで、あなたが使ったセックス・グッズの数はいくつ?あなたが試みた体位はいくつ?

ここだけ読むと、セックスグッズや試してみた体位の数が問題であるかのように思えてしまうが、問題はそこにはない。

相手を傷つけない、相手の嫌がることは絶対にしないという条件が満たされるならば、万国共通でセックスなんてなんでもアリなのです。

ポイントはココだ。既存の価値観はすなわち他人の価値観である。他人の価値観を共有して自分のものとすること(権力の内面化?)が社会生活を営む上では重要だが、セックスはそうではない。パートナー以外の他人とは共有できない価値観を持ち、それに従って行動することが許される。

セックスのあり方に悩む人は、このことをもう一度思い出してみてもよいだろう。

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2006年11月 9日 (木)

★夫婦のコミュニケーションでは双方が話すのが重要

夫婦の間のコミュニケーションは、片方が話していれば成立する訳ではないらしい。All About 結婚生活のページから。

夫婦間のトラブルや揉め事の多くはコミュニケーション不足から起こっています。「そんなことないわ。ウチは夫婦の会話の時間が多い」という方も、「夫婦の会話」の中身は、妻が一方的にしゃべってだんな様が聞き役、というものではありませんか?本当の「夫婦の会話」とは、夫婦両方がしゃべることです。そう、だんな様にもしゃべらせて、妻が上手な聞き役になることが特に重要です。

当たり前と言えば、当たり前の話だ。「妻が一方的にしゃべってだんな様が聞き役」になってしまうのは、実はちゃんと理由がある。

女性の方が言葉によるコミュニケーションへの欲求が高く、またそれによって満たされることも多い。ストレスがかかると、女性は話したくなる。一方で、男性の方は言葉によるコミュニケーションへの欲求は女性ほどではなく、またストレスがかかると、しゃべりたくなくなってしまうことが多い。

こんな事情で、妻の方がよくしゃべる夫婦は少なくないだろうが、それ自体が悪いわけではないと思う。女性の心の安定は男性にもいい影響を与えてくれる。からだ。ただ、夫の方に話したいこと、話さないといけないこともあるだろう。男女の別に関係なく、問題を抱えているときには、理解してくれる人に話を聞いてもらうのはいいことだ。ましてや夫婦という運命共同体を形成し、共同生活をしている者であれば、意志疎通がなくていいはずはない。

…独身男には、あまり役に立たぬ知識だが。

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2006年5月29日 (月)

★[ネタバレ注意]「チョコレート」“Monstar's Ball”雑感

男は与えたいものを与え、女は受け取りたいものを受け取る。本当は、女が受け取りたいものを男が与えることができれば、それが一番いいのだが、実際には難しい。映画「チョコレート」(原題“Monstar's Ball”)を見て、そう思った。あらすじはgoo映画あたりを見ていただきたい。

刑務所看守であるハンク(白人)は、行きつけのレストランで働くレティシア(黒人)の夫の処刑に立ち会う。その後、レティシアが息子を事故で失ったときに、たまたま通りかかったのが縁でレティシアに急接近する。レティシアの仕事が終わってから、自宅に送っていき、そのまま二人は男女の仲になるのだが、そこではかなり長く、そして具体的に二人のセックスが“いいものとして”描かれる。冒頭で、ハンクの息子ソニーが娼婦を買うシーンがあるが、そのときのセックスが非常に即物的で味気ないものとは好対照だ。ここで、ハンクは息子を失うことによって、何かを得たのかもしれないと予感させる。

ただ、その予感は今ひとつすっきりと満足させられない。レティシアが父親に侮辱されたため、父親を老人施設に放り込み、自分が買ったガソリンスタンドを「レティシアの店」(Leticia's)と改名し、自分で看板を塗り替える。また、レティシアが家賃滞納で追い出された後、ハンクは自宅にレティシアを迎え入れるが、その前に部屋の壁を塗り替える。これらの行為は、ハンクがレティシアのためを思ってやったことだが、レティシアの希望を叶えたものだとは言えない。印象的なのが、最後のあたりでハンクがチョコレート・アイスクリームを買いに行った帰り、自分のガソリンスタンドを見上げて、帰宅した後に自分のガソリンスタンドは看板がとてもいいと言うが、ハンクの本意はレティシアに伝わったかどうか怪しい。むしろ、レティシアには何のことかわからなかったのではないか。ハンクがいろいろ“やってあげた”ことは、ハンクが“してあげたい”から、しただけのこと。決して、レティシアが希望したことではない。

レティシアが希望したことは、ただ一つ、「私は大切にされたい」ということだ。ハンクは「君を大切にしたい」と言う。両者の願望はぴったり合致しているのだから、本当ならうまくいくはずなのだが、実際には難しい。それは、上で見たように、男の「してあげたい」と女の「してほしい」が一致しないからだ。

最後のシーンでは、家の前の階段に座って、ハンクとレティシアがチョコレート・アイスクリームを食べている。レティシアは、その直前に、夫の処刑に立ち会ったのがハンクであることを知って、茫然自失の様子だが、ハンクにはレティシアの様子を意に介さない。また、ここでハンクの家の敷地にある3つの墓(ハンクの母、妻、息子の3人のものらしい)が映し出されることもあり、この後、レティシアがハンクを殺してしまうという解釈が出てくるようだ。しかし、私は、レティシアがハンクを殺してしまうという解釈ではなく、二人は一緒に(少なくとも表面的には穏やかに)暮らしていくという解釈を採りたい。なぜなら、この直前のシーンで、ハンクとソニーの似顔絵を夫が描いたのを発見し、レティシアは大粒の涙を流す(ここのシーンは必見。ハル・ベリーの演技は大変素晴らしい)が、それは夫が処刑される前、ハンクとソニーに対して好意を持っていたに違いないことを読み取ったのではないか。もしそうなら、レティシアはいろいろなことを乗り越えて、ハンクと一緒に暮らすと考えるのが自然だ。

なお、かなり大胆(かつ重要)なセックスシーンのところで、かごの中の鳥を捕まえる映像が挿入される。これは何かを象徴しているのだろうが、1回見ただけではよくわからなかった。たぶん、二人の気持ちがぴったりと合っていく過程を表現したのだろうが…。

ともあれ、恋人と見て、その後に自分たちの関係について、いろいろ語り合うことができる映画だは言える。もちろん、語り合った後は、じっくり愛し合うといいと思う。

見たくなった方はShowTimeでどうぞ。月会費294円+367円でいつでも視聴できます。また、興味深いレビューはAYASEGAWAさんのページあたりかな。

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2006年5月13日 (土)

★コミュニケーションとしてのセックス、してますか?

齋藤孝は、セックスをしたいという欲望の原動力は生殖本能と性的快感の追求であることを認めつつも、「濃密なコミュニケーションをしたいがためにセックスをするのではないか」と言う。しかし、セックスには、コミュニケーションを求めるセックスと求めないセックスがある。自分のセックスがどちらなのかを知るには、どうすればいいか。「コミュニケーション力」(岩波書店)より。

セックスがコミュニケーションになっているかどうかは、同じ相手と何度もセックスをして徐々に飽きていくか、それとも質がよくなっていくかでわかる。対話的な関係ができていないセックスにおいては、徐々に飽きが来る。(中略)対話的なセックスのスタイルの場合は、お互いにツボを分かり合い、回数を重ねるほどに質が高くなる。(70ページ)

まったくその通りだと思う。コミュニケーションとしてのセックスなら、同じ相手とのセックスに飽きることがない。上質な楽器のことを官能的だと表現することがあるが、逆に、高度なコミュニケーションをとれる相手とのセックスは、上質な楽器を操るような快感を与えてくれるものだ。

パートナーのいる方は、自分のセックスがどういうものなのか、一度考えてみてはどうだろうか。

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2006年4月29日 (土)

★今夜はどこでしたい?

イギリスでは、ベッド以外でセックスに適した場所には、リビングを挙げる人がもっとも多かったとか。その他の場所としては、浴室、書斎、庭、温室、隣人の家(!)があがっていたらしい。では、日本人は? livedoorニュースから。

屋内では1位ベッド、2位布団、3位風呂場、4位畳の上、5位床の間、以下台所、トイレ、ベランダ(!)の順番。そして屋外では1位車の中、2位公園、3位オフィス、4位公衆トイレ、5位映画館、以下路上(!)、カラオケボックス、お墓(!!)、教会、神社と続く。

ベランダは、開放的でいいのではないかな?経験がないのでわからないが…。映画館や路上というのは、ちょっと難しそうだけど。お墓は人気が少ないし、静かだけど、気持ち悪くないのだろうか?

ビタミン三浦氏はこう語る。

日本人に人気がある場所といえば、やっぱり学校や病院、オフィス。これが三種の神器じゃないの? 前も言ったけど(関連リンク参照)、人はタブーを犯すことに興奮を覚える生き物だからね。

ビタミン三浦氏によらなくても、人はタブーを犯すことに興奮を覚える。やりすぎると、変な習慣が付いてしまったり、強い刺激でないと興奮しなくなったりするため、注意する必要があるが。

西洋と日本というより、狩猟民族と農耕民族の違いがあるね。海の向こうからきた人は、もともと狩猟民族だからキスとかなめあうとか、直接的な刺激がある。体力があるからね。一方、農耕民族は体力がないから物を使ったり、場所で興奮したり、妄想を深めたプレイが人気なんだ。日本人は、大脳が発達しているから、場所やシチュエーションで興奮するんだよ。外国じゃ、そうはいかない。ヌードをちゃんとみないと興奮しないんだ。

妄想を使ったプレイといえばコスプレ風俗を思い浮かべるが、日本以外ではあまり聞かない。たとえば、アメリカにはなさそうな気がするが、実際にはどうなのだろう。

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★亡くなった恋人のことを想う

このような体験をした人の心は、時間しか癒すことができないのだろう。とても月並みなのだけど。

彼の死」(途中から音楽が流れます)

彼を見送った彼女のブログはこちら、彼女の思いはこちらで。

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2006年4月20日 (木)

★結婚は生活であると同時に生活ではない

再び日経BP社の「日経ビジネスアソシエ」2003年10月21日号のページから。

流通関係の企業に総合職として入社し、9年目になる西洋子さん(仮名・31歳)は、最近、結婚したら自分の生活がどうなるのかシミュレーションする回数が増えた。入社した当時は結婚生活に思いを馳せた。だが、いわゆる適齢期の終わりに差しかかった今は、結婚後の年収や生活費などを細かく具体的に試算するようになったのだ。

シミュレーションは西さんを結婚に踏み切らせてくれない。それどころか試算すればするほど「結婚したい」という思いが遠のき、声をかけてくれた男性とのおつき合いを踏みとどまってしまう。西さんは言う。「生活の水準を落としてまで結婚しなければならない理由がどうしても見つからないんです」。

結婚は、「結婚生活」と言うくらいだから、生活である。生活には、夢ばかりではなく、雑用や試練や挫折がある。「どうやって二人の生活を成り立たせていくのか」も結婚(生活)である。

しかし、結婚には、一人では得られない体験がある。家族ではない他人と暮らす生活の中で、さまざまなことを体験し、成長していく体験がある。「生活の水準」などという言葉では計り知れない“何か”がある。

…と未婚の私が言っても説得力はないけれど(苦笑)。

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2006年4月10日 (月)

★ポリネシアン・セックスのキモは

ポリネシアン・セックスでは、実際に性器を結合させるセックスは5日に1回でいいとする。残りの4日は肌を合わせて眠るだけだ。ソースはMSN毎日インタラクティブから。

ポリネシアン・セックスでは、実際に結合するセックスは5日に1度程度。中の4日はしっかり抱き合って、肌を密着させて眠り、性器の接触はしません。セックスをするときは、前戯や抱擁や接吻、愛撫に最低1時間をかけます。お互いの心と体が緩んで、なじんだときに、女性の中に挿入していきます。挿入した後、最低30分は動かずに、じっと抱き合っています。ただし、5日間というのはあくまで目安で、最初は3日間や4日間にしてもかまいません。

オーガズムを必要としないセックスのかたち。現代のほとんどの日本人にとっては、難しいことだろう。アメリカナイズされたポルノに洗脳された男たちにとっては、自分の行為で女を感じさせ、激しいピストン運動の後に射精することが目的であって、その目的に不要な手順を踏まないのが「上手なセックス」だとされるきらいがある。

それに対して、「本当にそれでいいのだろうか」と疑問を投げかけるのがポリネシアン・セックスである。セックスに幻滅している人には、是非試してみるといい。ただ、カップルの片方だけがポリネシアン・セックスを目指したとしても、うまくいかないだろう。2人の協力が必要だ。

ところで、ポリネシアン・セックスの基本は以下のようにまとめられる。

(1)男女が互いの存在を存分に意識していること。

(2)キスや愛撫で刺激された流れは、2人の間を行きかいながら唇、乳首、胸、腕、脚を流れ、完全なくつろぎと充実の状態をもたらす。その際、挿入や通常の意味でのオーガズムは必要ではない。
(3)通常の、動きをともなった挿入でも、たとえ男性が早漏気味の射精をしても、ペニスを少なくとも27分間、腟から抜かずにおくと、2人は融合して、男女とも完全なくつろぎを得ることができる。

少し私なりの解釈を加えさせてもらうなら、ここで一番重要なのは(1)ではないかと思う。自分の欲望を相手にぶつけたり、相手から自分の欲望にあったものを奪い取ろうとしたりするのではなく、まずは相手を意識すること。そして、相手の欲望を感じ取り、自分の欲望を静かに、そしてすべて残らず相手に対して開くこと。2人ともそれができたなら、きっと2人の欲望は、高まったり静まったりを繰り返しながら、両方が快感と幸福感を感じ取るだろう。

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2006年3月10日 (金)

★加藤鷹がクラシックとのコンピレーションCD発売

異色の組み合わせだが、どのくらい注目を集めるのだろうか。livedoorニュースより。

 「もっと恋人のことを見つめましょうよ。言いたい事を伝えるだけじゃなく、相手の言いたい事も同時に受け止めてみましょうよ。(中略)恋愛は未完成な二人の関係を、一緒になって完成形にしていこうとする作業なんですから。恋愛とはコミュニケーションです」(加藤鷹氏 書き下ろしライナーノーツより)

確かに。言いたいことを相手に伝えれば、それでコミュニケーションが成立したと誤解する人が(特にビジネスシーンでは)多いが、コミュニケーションはむしろ相手の言葉に耳を傾けることから始まる。互いに聞き合うこと、「キミ(アナタ)は、こう思っているのじゃない?」「うん(いいえ)」というところから、言葉のキャッチボールが始まる。

恋愛では、いや、夫婦間の愛情の中でも、重要なことではないかなあ。

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2006年3月 3日 (金)

★言葉の通じない人とは結婚しない方がいいと思う

まだ多くの人の記憶に新しいだろうが、滋賀県長浜市で起きた殺人事件は、大変悲しいものであった。ある幼稚園児の母親が、自分の子どもの同級生である園児2人を殺害した事件である。ゴシップにはあまり興味がないのだが、精神科医の斉藤学氏による記事で少し詳しいことを知った。

私より詳しい人もたくさんいるだろうが、事件の要点をメモしておくと、殺人事件を起こした女性は、中国人女性。日本人男性と結婚するために来日したという。以前から、周囲との適応状況に問題があり、結婚後、いったんは姑などと同居したが、嫁姑問題が生じて別居。子どもを出産後、精神的に不安定になり、通院歴もあったようだ。

こういうことを知ると、夫や担当医がこの女性の孤独にどこまで寄り添えたのかを問いたくなる。夫は優しい人のようだが、妻の感じていた悩みや不信感に寄り添ったようには見えない。妻をかばおうとしたのかも知れないし、それなりに妻の願いを満たそうとしたのかも知れないが、「波風立てず」の先送りをしながら、夫婦関係の破綻(たん)を糊塗していた疑いもある。担当医はこの外国人女性の地域への適応にどのような配慮をしていたのか、夫たちにはどんな助言ないし警告を与えていたのか。

言葉が通じず、文化が異なる社会で一人生きていくのは、非常に大変なことだ。この中国人女性は、大学教育を受けたエリートだったようだが、日本語や日本社会への適応状況に問題はなかったのだろうか。

特に地方では、中国人女性などとお見合いをして、国際結婚する人が多いようだが、個人的には知らない外国人とお見合いして結婚するのは止めた方がいいと思う。もちろん、うまくいく結婚もあるだろうが、リスクが大きすぎる。もし言葉が通じなければ、相手のストレスを発散してあげたり、問題の原因を突き止め、それを解決したりするのは、大変難しくなってしまうからだ。

斉藤氏は、「支えとなるのは何よりも夫だ。不信や疑惑の繰り言を聞き続けるのは苦しいことだが、それでも聞き続けるほかない」と夫の役割を重要視する。確かに、夫の役割は重要だし、結婚している夫婦にとっては、そういう方法で問題を解決していくしかない。しかし、夫が中国語がペラペラでもなければ、外国人妻のストレスをうまく解消してあげることは難しい。外国人女性が日本語や日本社会に非常に馴染んでいる場合を除き、国際お見合いによる結婚は止めた方がいいと思う。

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2006年2月27日 (月)

★食事のマナーが悪い女性とは結婚するな

家族と仲が悪く、食事のマナーが悪い彼女と結婚すべきかどうか。サンマリエ提供の恋愛相談から。35歳男性からの相談。8歳年下の彼女と1年ほど付き合ってきて、お互いに結婚を意識しているとのこと。

彼女の家族は、父、母、妹の4人で家族です。彼女の話を聞く限り、彼女とお母さんとはとても仲がいいのですが、彼女とお父さん、そして彼女と妹の間がとても仲が悪いのです。 彼女からお父さんと妹の話を聞く時は悪口ばかりです。家で本当に全然口をきいていないようです。(中略)私の両親は食事マナーに非常に厳しく、私も当然そのように育てられてきたので、一緒に食事する人のマナーの悪さはとても気になります。彼女はものすごくひどいわけではないのですが、それでも直した方がいいと思う仕草が結構あります。その度に注意をしているのですが、”みんながいるときはやらないので大丈夫。”と言って、これまたすぐに直そうとしません。将来、いろんな人と食事する機会があると思うので、その時に恥ずかしい思いをしたくないというのが、私の正直なところです。

家族の仲が良くないことに対して、回答者は「家族と同居するわけではないので、あまり気にしない方がいいのではないか」と答えている。私も、基本的には同じ意見だが、なぜ彼女が父や妹と仲が良くないのか、その理由は知っておいた方がいいと思う。過去にひどいけんかをしたとか、どうしても許せない出来事があったとか、周囲にとってはたいしたことがない理由であっても、本人にとっては非常に重要なことがあるのかもしれない。知っておいて損はないので、きちんと聞いてみるべき。

もう1つの食事のマナーだが、回答者は「みんながいるときはやらないと言っているので、大目に見てあげては?」と答えている。これについては、私の意見は回答者と異なる。食事のマナーは、社会階層や受けてきた教育レベルと関連がある(金持ちや東大卒の食事マナーは良い、というほど、単純な問題でないことに注意)。細かく注意しているにも関わらず、「みんながいるときはやらない」と、注意を軽んじていることが気になる。経験から言えば、普段できないことは、人前でもできない。彼氏と一緒に食事しているときのマナーが悪ければ、ほかの人たちと一緒に食事するときもマナーが悪いのが普通だ。

ということで、私のアドバイスは、「他の女性を探しなさい」である。ただし、この男性はもう30代半ばだとのことなので、もっといい女性と出会うとは限らない。諦めて、今の彼女にする方が結局はいいかもしれない。

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2006年2月25日 (土)

★言葉の通りに理解しすぎる?

どこかのブログに書いてあったが、ある女性が、つきあっていた男性のことを「あなたは、話を額面通りに受け取りすぎる」と非難した。男性の方は、誠実なタイプだったらしく、「そのような非難は心外だ」と気分を害していたようだ。

これだけでは詳しいことはわからないが、言葉を、語られているように受け取ることが「悪い」とか「あまり意味がない」などと非難する人がいたとしたら、私はその人と長く付き合うことはできそうにない。もちろん、単なる冗談も理解しないような堅物であれば、少し話は違うが、ここはそういう話ではない。

「同僚の○○さんのことが嫌なの」とか「留学した方がいいと思う?」とか、そういう話を聞いたとして、真剣に相談に乗ってあげないといけないと感じるかどうかは、そのシチュエーションによる。アドバイスが必要なことも、必要でないこともあるだろう。しかし、その言葉に言葉通りの意味がない、という事態は私にはあまり想像できない。つまり、「同僚の○○さんが嫌なの」という言葉によって、「今、お腹が空いているの」という意味を指し示したり、「留学した方がいいと思う?」という言葉によって、「今の仕事を続けた方がいいって言って欲しい」という願望を表したりする状況は、少なくとも私にとっては、あまり愉快な状況ではない。

言葉に対する信頼を共通の認識として持てないのであれば、いかに魅力的な女性であろうと、私とは縁がないようだ。逆に、そもそも言葉を重視する人であれば、とても心地よい関係を築ける可能性がある。非常に重要なことを改めて認識したわけだが、これを条件として誰かに提示することは、果たして可能なのか???

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2006年1月 7日 (土)

★パートナーを不倫相手から取り戻すには

GoogleのAdsenseに「別れさせたいのですが」という文言があったので、思わずクリック。リンク先は、恋人や配偶者を不倫相手と別れさせるための「別れさせ屋」。

こんなのがあるのかとサイトの中身を見てみたら、工作員(探偵事務所が雇ったスタッフ)をターゲットに接近させて、恋愛関係に発展させ、不倫相手と別れさせる。その後で、当然、工作員もターゲットから去る…という手順らしい。

料金の方は、完全成功報酬だと315万円から、着手金を先に払うコースだと着手金42万円+成功報酬10~42万円(1ヶ月の場合)から、となっているらしい。これを高いと見るか、安いと見るかは、人によるだろう。ほとんどが人件費と考えれば、まあ、仕方ないか。

ちなみに、工作員の中には現役キャバ嬢もいるらしい。(別のソースによる)

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2005年11月21日 (月)

★「熟年離婚」ブームになるか?

フジテレビのドラマ「熟年離婚」の反響がいいらしい。渡哲也と松坂慶子が演じる夫婦の展開に、同世代の男女が共感を覚えているらしい。特に、50代の女性がよく見ているらしい。ソースはこちら

仕事一筋に生きてきた幸太郎(渡)が60歳の定年退職を迎えた日、35年間連れ添った妻・洋子(松坂慶子)に「自立して第2の人生を歩みたい」と離婚を宣言されて物語はスタート。平均視聴率は第1話から18・7%と、同時間帯の他番組を圧倒。第5話までほぼ右肩上がりで、50歳以上の女性の平均視聴率は常に20%を超えている。

それにしても、この世代の夫婦の離婚率が高くなったとすると、夫婦間の介護があてにできなくなって、10年、20年後に介護の問題は今よりもずっと大きな問題になってくるだろう。

「離婚するな」とは言えないから、そういう社会に向けて私もまた準備しなければならない、ということか。

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2005年11月14日 (月)

★できちゃった婚はやはり望ましくない?

先日、「できちゃった婚」に関するアンケートを締め切らせていただきました。1ヶ月弱の間に、私の予想をはるかに超える113票もの投票をいただき、ありがとうございました。結果は、こちらから見ることができます。

さて、結果を見ればお分かりの通り、できちゃった婚に対して、半数近くの人が「望ましくない」と考えているようだ。自由記入していただいた理由には、納得できる意見が多い。ちょっと抜き出してみると、結婚と妊娠の間にはちゃんと因果関係を付けた方がいいという意見が大勢を占めている。

  • 婚姻と避妊の因果が無いから
  • 問題は、子供や配偶者の将来への覚悟ができているか否かだ。「できちゃった」の無計画性からはそのあたりへの心許なさが感じられる。
  • 結婚の後にある家庭は経営だけれど、できちゃったというセックスの結果は愛の証明(生でする・させる)という勢いの結果でしかないから
  • その結婚がうまくいかなかった時に『子供が出来なかったら結婚しなかったのに』なんて思って欲しくないから。
  • 新婚二人だけの生活という時期は、恋人同士のときと違ってまた楽しい一面があるから、子供育てる前に経験しなければもったいない。

どれもこれも、「確かにそうだなあ」と思う結果だ。交際→結婚→妊娠という順番を我々に強いている社会の窮屈さを感じることもあるが、しかし、理由はそれなりに納得のいくものである。その方が、普通に考えれば、自分にも子どもにも「よい」のであろう。

他の選択肢はというと、「まあいいんじゃない」が1/4程度、「絶対ダメ」と「これからは全然OKっすよ」がともに1割程度と少数派になっている。いただいたコメントの長さ(数ではなく)から考えても、現在のところ、「できちゃった婚は望ましくない」という考え方に分がありそうだ。もちろん、世の中にはさまざまな夫婦がいるわけで、結婚と妊娠の順番が普通と違ったために生じてくる結果もまたさまざまなはずだけどね。

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2005年10月30日 (日)

★男性に話を理解してもらうには

言語を操ることについては、一般的に言って、女性の方が男性よりも優れているらしい。女性のお喋りを男性が理解できない(話しについていけない)ことがあるのは、そのせいなのかもしれない。「おやじ心と男性心理がわかる」さんから。

「昨日ね、会社の先輩と夜お茶しようと、六本木でお店を探してたんだ。その時偶然見つけたお店が超キレイなの♪ 店内すごくオシャレで最高なの!家にいるようにくつろげて、かなり長居しちゃいましたわ。おかげで、今日は寝不足気味なの・・・・」

女性の話がこのような感じだったとすると、男性にはこのように聞こえる(ことがある)。

「昨日ね、会社の先輩と○○○○、六本木で○○○○・・・・。○○○○なその時偶然見つけた○○○○なの♪ 店内○○○○。おかげで、今日は寝不足気味なの・・・・」

まあ、いつでも誰にでも当てはまる話ではないかもしれないが、男女とも“こういうことが起こることもある”と知っていれば、無用なトラブルを避けることができるかもね。

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2005年10月29日 (土)

★結婚に消極的な彼氏と結婚するには

結婚を考えている30代の女性が、付き合っている彼氏と結婚したいとき、「結婚して」と迫るのはいい方法ではないらしい。All Aboutのサイトから。

彼を変えようとするのではなく、彼の周囲を落としたほうがいい。彼の両親や友人から結婚の賛成をもらっていくという方法が一番だと思います。

経済的な基盤がない、というのは結婚しない言い訳にはならないんです。夢だけを語る人、仕事が忙しいという男はダメですね。貯金がなくても、仕事が忙しくても情熱があれば結婚はできます。結婚できない言い訳をする、ということは情熱がないってことなんです。

たまに「なぜ結婚しないの?」と聞かれたとき、「仕事が忙しいので」と答えることがある。実は、忙しい仕事の間を縫って、やるべきことはやっていたりするのだが、周囲からは“結婚に対する情熱のない男”と見られていたのかもしれない。ちょっと反省。

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2005年10月24日 (月)

★仕事がデキる男に浮気をさせないためには

仕事が好きで、手がけた仕事がどんどん成功している男は、頭の中は仕事のことばかりだ。こうなると、男は、“好きなものはすべて手に入れて、それによる快感を味わいたい”と(無意識のうちに)思ってしまう。

こんな男と(幸か不幸か)付き合うことになってしまった女は、男がいつ別の女に手を出すか、気が気ではないだろう。なぜなら、成功している男は、ある種の女を吸い寄せるオーラを出しているもので、男が何かの拍子に妻や恋人以外の女を“欲しい”と思ってしまったら、もう止める術はないからだ。

いや、1つだけある。潮凪洋介はこのように言う。

仕事ができる男に浮気させない方法があります。携帯を奪いとったり、尾行したりしないでも済む方法です。

女性が、世界一の恋愛相手であり、理解者であり、友人であり、家族である必要があります。「彼に養ってもらうの~。守ってほしいの~。」とだけいっていてはダメなのです。

自分の魅力を常に磨きながら、外見からの魅力だけでなく、家庭的なやさしさと、彼のすべてを受け止める心を持ち、そして、燃えるような恋心をもっていることが必要です。(中略)自分に恋をさせる。楽しくて幸せな家庭を共に造れる力を養うこと。ユートピアのような「家庭=巣」がつくれる「巣づくり力」が必要なのです。

「おいしい食事を作って、毎日待っていれば、浮気した男も自分のところに戻ってくる」という“迷信”と相通ずるところがあるが、あながち嘘でもないだろう。

しかし、ふと思ったのだが、“仕事ができる男”と“巣作りする女”のカップルはとてもいい組み合わせではある。ただ、それだけでは、いかにも底が浅いような気がして仕方がない。この感覚は、平均からはかなり外れているに違いないが、みなさんはどうお考えだろうか。

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2005年10月21日 (金)

★「ボクが楽しければ、いいんだ」で本当にいいの?

映画は見ない。本も読まない。どこに遊びに行くでもない。休みの日はカウチでごろごろ寝ている。仕事以外には、まったく楽しみがなさそうな夫に、「何もしなくて、何が楽しいの?」と聞いた37歳の女性には、こんな返事が返ってきた。毎日新聞のサイトから。

「ねえ、行きたいとことか、やりたいこととかないの?」

「別にないなぁ」

「平日は仕事して、休みの日は寝てばかりいて、楽しい?」

「うん、まぁ」

ふう、と思って「つまらない人生ね」とこぼした。すると夫が言った。

「勝手に人の人生をつまらなくするなよ。おれは十分楽しいんだ。家があるし、おまえがいるし、じょりい(愛犬)がいて、健康だし」

はっとした。確かに、人の価値観を自分のものさしなんかでは測れない。人に自分の幸せ度を評されるなんて、よけいなお世話というものだ。他人がどう思おうと、本人が幸せと思えばそれでいい。

家があって、妻がいて、愛犬がいて、健康なら楽しい。それ自体では、批判されるべきものではない。本人が幸せを感じる方法は、まさに人それぞれであり、他人が干渉すべきではない。

しかし、だ。自分が幸せであれば、他の人はどうでもいいのか。仕事しているか、寝ているか、そのどちらかの自分が、妻にどういう影響を与えているかを考えないでよいのか。

家があって、妻がいて、愛犬がいて、健康なら、身近な人に“与える喜び”も味わって欲しいものだ。

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2005年10月19日 (水)

★一枚の膜を隔てて愛しあう君の理性をときに寂しむ

俵万智の「チョコレート革命」に収録された和歌である。「一枚の膜」というのは、もちろんコンドームのこと。“できちゃった婚”を望まない男がコンドームを付けて、自分とセックスをする。その「コンドームを付ける」という行為に男の理性を見て、少し寂しく思う、という歌だ。解釈については、こちらも参考になる。

この歌をどう読むか、それは読んだ人の考えることだが、私は、女性の持つ「好きな男の何もかも包み込んでしまいたい」という欲求の表れに、ただ感心するしかない。

そう言えば、昔どこかで「女性の膣は大変鈍感なのだから、コンドームを付けているかどうかなんてわかりゃしない。だから、オトコが(コンドームを付けないでセックスをする快感を)我慢すればいいのよ」などという女性の発言を聞いたことがある。男性にコンドームを付けたセックスを勧めたいという意図はわかるが、「女性は、男性がコンドームを付けているかどうかはわからない」というのは、どうやら嘘のようだ。だいたい、自分の排卵日を数えなくてもわかる女性がいるくらいだから。

蛇足だけど、“いいセックス”をするための条件って、回数でも経験人数でもないんだよなあ。

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2005年10月17日 (月)

★“できちゃった婚”はなぜNG?(その3)

では、次に、「“できちゃった婚”は、離婚する確率が高い」あるいは「“できちゃった婚”は、子供が不幸になる確率が高い」について考えたい。

これについては、miyashuさんのできちゃった婚について考えるのエントリで、以下の部分から考え始める。

「できちゃった婚」では突発的に起こるためにお互いの出産・育児に対する心構えや共通認識などが欠けている可能性が高いので、2人が子供の存在を心から喜ぶという状況に至る可能性が通常の結婚よりも低いのではと推察します。

ちょっと考えると、まったくその通りだと思う。ここで述べられていることは、以下のようにまとめられる。

▼推論4
4-1.“できちゃった婚”は、妊娠・出産を計画的に考えていない男女の間に起こる
4-2.妊娠・出産を考えていない男女が、“できちゃった”という事実をまともに受けとめられる可能性は低い
4-3.“できちゃった婚”は、“できちゃった”という事実がまともに受けとめられず、さまざまなトラブルの原因となる可能性が高い

つまり、“できちゃった婚”をしたカップルが、もし離婚する確率が高い(あるいは、家庭内不和に陥る確率が高い)としたら、それは結婚前に準備が不十分なことだろう。

ただ、もう少し前提を見直してみよう。もし4-2が真でなければ、この推論は成立しない。たとえば、妊娠・出産について、未婚であっても真剣に考えていれば、“できちゃった”という事実もしっかり受けとめられるはずだ。そんなことが可能かどうかは、別の問題として考える必要があるにしても。あるいは、そんな男女であれば、妊娠が判明してから結婚することを“できちゃった婚”と呼ぶのは、適当でないのかもしれない。

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なお、妥当な推論になるように注意したが、もし間違っていれば教えて欲しい。先に言っておくと、「もうちょっとまともに論理学を勉強しろ」というご意見には、「ごもっとも」としか言えない。

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★“できちゃった婚”はなぜNG?(その2)

“できちゃった婚”はなぜNG?への意見もいろいろ出てきたので、私なりの考え方を書き留めておきたい。なお、トラックバックをもらったmiyashuさんのできちゃった婚について考えるもかなり参考にした。

さて、“できちゃった婚”を否定的に考える意見の中で、もっともよく見られるのが「“できちゃった婚”は、だらしない」というものだ。この意見を、今回はいささか論理的に検証してみたい。

以下、いずれも「○-1」「○-2」が前提で、「○-3」が結論(前提から推論した結果)である。

▼推論1
1-1.妊娠が可能な男女がセックスをすると、妊娠する可能性がある
1-2.男女両方が妊娠を望んでいない
1-3.セックスをするときは、避妊をすべきである

(注意)
ここでは、「妊娠しても、堕胎すればいいじゃないか」という意見は考えていない。生命倫理まで踏み込むつもりは、今はないからだ。

▼推論2
2-1.セックスをするときは、避妊をすべきである
2-2.すべきことをしないのは、だらしない
2-3.セックスをするときに避妊をしないのは、だらしない

以上、2つの推論によって「両方が妊娠を望んでいないのに、避妊をしない場合、そのカップルは(性的に)だらしない」という結論が導き出されたと言ってもいい。ただし、これでそのまま“できちゃった婚”を否定することはできない。miyashuさんも触れているように、常に「妊娠した=避妊しなかった」とはならず、避妊したのに妊娠したという可能性も少なくない。

つまり、以下の推論が必ずしも成り立つとは限らないわけである。(成り立つ確率は、かなり高いにしても)

▼推論3
3-1.避妊をすれば、セックスしても女性は妊娠しない
3-2.性交渉のあるカップルで、女性が妊娠した
3-3.そのカップルは避妊をしなかった

また、前提としている1-1、1-2、2-1、2-2が成立しないときもまた、「“できちゃった婚”はだらしない」という結論が導き出せないことになる。

たとえば、1-2を

1-2a.男女の片方または両方が妊娠を望んでいる

このように入れ替えたら、それ以降、推論は一切成り立たない。1-2aのように考える人を糾弾するには、別の論理(たとえば、「結婚と出産は、結婚が先でなければならない」というような)を持ち出す必要がある。

(この項続く)

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2005年10月 4日 (火)

★素敵な男だと思われるには

はてなのトップページのリンクを何気なくたどってみると、こんなくだりに出会った。はてなのnaoyaさんのページから。

以前にとある女性が、すごく素敵な男性に会ったという話をしていて、どう素敵だったんですかと聞いたところ「とにかく話を聞いてくれる」と言っていました。一般的に、男性よりも女性の方がおしゃべりが好きと言われますが、そんな女性のおしゃべりをひたすら聞いてあげる、というのはモテ道の極みのようです。しかし、やってみると人の話を聞き続けるってのはすごく難しい。人間ってのは、本能的に喋りたがり、聞いてもらいたがりであって、聞きたがりではないのかなあ、なんて感じてしまいます。

どちらかというと“自分のことを話したい”タイプの女性(このタイプの方が、そうでないタイプよりも圧倒的に多いはずだ)と仲良くなりたいなら、“とにかく話を聞く”というのはいい選択肢だ。

男性は、話を聞いているうちに、つい「そうじゃなくて、こうするのがいいと思うよ」とアドバイスしたくなる。しかし、女性にとって必要なのは、まず共感である。共感してくれる人からしか、アドバイスを受け取れないと言ってもいいだろう(占い師が相手の時は、別だろうけど。女性が占い師に共感を求めていたら、こんなに占い師が流行るはずがない)。

だから、“キミに共感しているよ”ということを伝えるためには、全身で聞いていることを表現すること。まずは、聞いている“ふり”だけでもしなくてはならない。もちろん、できるなら“ふり”だけでなく、実際に全身を耳にするようなつもりで、相手のことばに耳を傾ける。すると、もし女性の心が何かに引っかかっているなら、何かが気になって上の空になっていたら、すぐにわかる。女性は、このようにしっかりと聞いてくれる男性のことを、好ましく思うことが多い。

ただ、引用先でも書かれているが、“とにかく話を聞く”という態度を続けるのは非常に難しい。よほど博愛の精神にあふれた人か、職業的なカウンセラーでもない限り、好きな相手以外の話を長時間、あるいは長期間にわたって聞き続けるのは苦痛だ。「それって、こうでしょ。もうその話はしないでよ」と、どうしても言いたくなる。偉そうにこんなことを書いている私だって、例外ではない。

だから、せめて好きな女性の話だけは、全身全霊を込めて聞きたい。いつもそう思っている。

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2005年10月 2日 (日)

★年を取ってもラブラブな夫婦でいるためには

熱烈な恋愛を経て結婚したカップルであっても、互いに恋心を持ち続けることは非常に難しい。もし女性が男性に一生愛されたいと思うなら、気をつけた方がいいことがある。All Aboutのサイトから。まずは女性側の心がけについて挙げておく。

妻の普段の心がけ次第という観点にすれば、いつまでも夫が恋心を抱き続けるための要は、「見せずに小出しする」ことです。(中略)いつも寝室を整え、セックスの際には、すこしずつ肌を見せ、触らせてもらえるだけです。私はまだ1度も妻の全裸を見たことがありません。常に妻がいきなり全裸になっていたら、見飽き、見慣れているので、エロチックな感覚が薄れ、夫は萎縮してその気がなくなるでしょう。私の妻はいつもお風呂から上がると、タオルで髪と体とを包み覆い、半ばしゃがむかたちになって、輝くような顔と肌を突然見せるのです。私は瞬間的にハッとして、その若々しく新鮮な表情と姿、初々しくつやっぽい様や行動に驚き、思わず見とれてしまいます。

日常生活から「飽き」と「慣れ」をなくすことで、いつまでも夫にエロスを感じてもらえる。こういうのを女性は窮屈だと思うのかもしれないが、生活やセックスに「慣れ」が生じてしまうと、どうしても男性が女性を求める気持ちは萎えていってしまう。

では、男性はどうすればよいのか。

どんな女性(妻)にも必ずどこかに男性(夫)を惹きつける何かがあります。その「何か」(ふとした表情やしぐさ、身に着けた衣装姿など)を見つけるのは夫の役目です。

よく見ていること。そして、誉めること。これが重要だろう。かわいい表情をしたら「かわいいね」と言い、魅力的な服を着ていたら、「チャーミングだね」と言うこと。互いに60代になって初めて口にするのはかなり難しいだろうから、是非とも結婚前、結婚直後から実行したいものだ。

とはいえ、実際にはなかなか難しい。そんなに簡単なことではないのだろう。毒男の私には想像するしかないのだが。

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★愛は見返りを求めない

愛されることを求めていては、幸せになれない。All Aboutの記事より。

「愛」って、「愛されること」が重要なのか? といえば、そうではないのです。自分の思いを他に向ける。つまり自ら能動的に愛すること。究極、自分が愛することだけで、喜びは得られるものだと思うのです。他に対し、見返りなど求めず、何かをしてあげたり、尽くしたり、何らかの形で愛を与えることができたら、自らの心は満ち足りて、幸せな気持ちになれます。愛すること、つまり自分が他に与えること自体が喜びだ、と考えられるようになるとよいわけです。

“愛される喜び”は、確かにある。女にとっても、男にとっても。しかし、“愛されること”だけを喜びとするなら、愛されることで心が満たされる瞬間よりも、愛されることが感じられない瞬間の多さに苛立つことになってしまう。

だから、心を満たしたいのであれば、見返りを求めずに与えよう。もちろん、不毛な恋愛は避けた方がいい。心がすり減ってしまうからだ。でも、大切な愛の中でも、見返りの得られない=愛されることが感じられないことがある。そのとき、私はただ愛したい。何もできずに離れているときにも、大切な人のことを想っていたい。

実際には、なかなかできなくて、すねてしまうのだけれど(苦笑)。

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2005年9月30日 (金)

★なぜ男はセックスをしたくなくなるのか

30代既婚女性の相談。結婚4年目、2人の子供に恵まれ、まめな夫に幸せを感じているが、セックスがないことに不満を持っているらしい。読売新聞のサイトから。

夫婦生活がほとんどないことが不満です。はじめは夫も疲れているのだと自分に言いきかせてきましたが、思い切って「私のことを嫌いになったの」と聞きました。夫は、結婚して心が満たされているから、必要性がないというようなことを言うのです。 マイホームパパで、浮気している形跡はありません。でも、私は日々ストレスがたまり、誰にも相談できないでいます。いっそのこと、浮気すれば楽になると何度も考えました。 申し分のない夫でも、ともに暮らしていくことに疑問を感じてしまいます。

心が満たされた女性は、次に体も満たされたくなる。心が満たされないから、体を満たしてしまいたくなる女性もいるけれど、その試みから出てくるのは、さらなる心の渇きだけだ。

回答者の心療内科医の海原氏は「あなたが満たされないのは、夫との間に全人格的なコミュニケーションとしての性が欠けているからではないでしょうか。いくら浮気をしても、第二の欲求は満たされません」とアドバイスする。男性の方は、“結婚して心が満たされているから、セックスの必要がない”と言っているが、実は心が満たされているのではなく、(今以上に)心を満たす必要を感じていないのである。となると、いくら女性が“体を満たすことで、もっと心も満たしたい”と思っても、すれ違いになるのが当然だ。

結論は月並みで、“とにかくコミュニケーションをもっと親密にとりなさい。大切なことを口に出して話し合いなさい”ということになるが、(今以上に)心を満たす必要を感じていない男性が、“体を満たすことで、もっと心も満たしたい”と思う女性に歩み寄れるかどうか。

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2005年9月27日 (火)

★不倫の終え方

不倫は、始めるよりも終える方が難しい。20代後半の未婚男性が、2人の子供を持つ8歳年上の既婚女性と恋に落ちた。「YOMIURI ONLINE」より。

「恋」や「愛」という言葉以上の存在として思い合い、求め合っています。世間一般でいう「不倫」という関係なのかもしれませんが、「そんな言葉にも属さないそれ以上の関係」と、彼女の方から言ってくれました。「恋人以上、夫婦以上」とでも言いましょうか、家族や親類以上の親近感があります。(中略)私と彼女が結ばれるということは有り得ないと頭ではわかっています。彼女は「せめてあなたの子が欲しい」と言ってくれます。この先、私たちはどうすればよいのでしょうか。

愛する男の子供を宿すこと、そして、その子を産むことを望む女は多い。子供によって、愛する男との絆をより深めたいのだろう。

しかし、女の気持ちを男がそのまま受け取るわけにはいかない。この相談者の場合、すでに子供がいる彼女を、今の家庭から引きはがして、本当に幸せにできるのか。心残りのない形にできるのか。よほど状況が整わないと、まず無理だろう。彼女を大切にしているのなら、一緒に暮らす以外の方法で、幸せを与えることを目指すべきではないか。それが、彼女の夫や子供たちのためにもなる。

ただ、男が幸せを感じるのはなかなか難しい。自分とは関係ない場所で彼女が幸せであることを、自分の幸せとすることができるか。それが問題だろう。

それにしても、大森一樹の「夫と2人の子どもがいながら、なお『せめてあなたの子が欲しい』という言葉に私は今ひとつ共感が持てません」というのには、がっかりさせられる。想像力が欠如しているか、貧弱な感情生活しか送ってこなかったのではないかなあ。

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2005年9月24日 (土)

★男はまず妻を大切に

男が妻子を大切にしようとしたら、あるいは、子供を大切にしようとしたら、まずは妻を大切にしなければならないらしい。鷲田小弥太「大事なことだけを考える技術」(ダイヤモンド社)より。

私なら、とにかくお母さん(妻)だけを大事にします。子供たちのことは、ひとまずは諦めます。お父さんに大事にされるお母さんは、お父さん(夫)へ不満のエネルギーを向ける必要がなく、子供たちに存分の愛を向けることができるでしょう。少なくとも「お父さんのようにはならないで」というような類の不満を、子供にぶちまけるようなことはしないでしょう。もうこれだけで、子供の父親に対する諸々の「反感」を減らすことができるでしょう。(62ページ)

妻がどんな人間であるかなど、さまざまな要因があるから、いつもこれでいいのかどうかはわからない。ただ、妻を支えることが、そのまま子供を支えることになる、ということは言えるのではないか。

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2005年7月22日 (金)

★「思惑通りの結婚」って?

サンマリエがアサヒ・コムに出している広告記事から。23歳女性の相談。

結婚して1年、子供も産まれて楽しいはずなのですが・・・。 全然うまくいってないんです。 私の妊娠を知った後、とんでもない方向にすすみ始めたのです。 まず旦那が単身赴任になりました。 単身赴任をして3ヶ月ぐらいたってリストラにあいました。 私は、妊娠6ヶ月ぐらいで会社を辞めて、妊娠生活を楽しむはずでしたが家計を支えるために出産予定日の6週間前まで営業(外回り)をしました。 出産して8週間が経ったら子供を保育園に預けて仕事をしています。 家計は苦しい状況だし、働かざるをえないのですが・・・。 子供と一緒に楽しもうと思ってたのですごく大変です。 旦那は私より13歳も年上なので、金銭面などで楽をさせてもらえると安易な考えを持って結婚をしてしまった自分が悪いのですが・・・。 自分の思ってた生活が出来ず悩んでいます。 前向きに考えていきたいと思うのですが・・・。 今はどうしても前向きに考えることができません。 前向きに考えられる方法はありませんか?

“恋愛は非日常、結婚は生活”だから、結婚前の思惑通りに結婚生活が送れないことを気に病むこと自体が間違っていると思うのだが、23歳なら仕方ないところもあるだろう。「思ってた生活は、絵に描いた餅だった」と思い直して、着実に生活を積み重ねていくことを考えるしかない。

気になるのは、この相談に対する回答。

あなたがそこまで落ち込むのは、ひとつにはご主人の愛情に対して不安があるからではないでしょうか?  というのは、ご主人は、10歳以上年上の方ですよね。 そうすると同年代の若い夫と違って亭主関白であったり、愛情表現が控え目であったりすると思うんですよ。

「同年代の若い夫」と比べて、亭主関白だったり愛情表現が控えめだったり・・・とは限らないし、そうでない場合も多いと思うが・・・。むしろ、相談者の女性の考え方が問題だったとするのが妥当なのではないかな。

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2005年3月25日 (金)

★亡くなって30年経った伴侶に呼びかける

智史の母は45歳でこの世を去った。そのとき、智史の父は52歳。それから30年近く経った今でも、父は母に対して呼びかけることがある。市川拓司「そのときは彼によろしく」から。

彼女(引用者注:智史の母)の最後の言葉は、「あなた、ほら……」だった。きっと何かを見て、それを私(引用者注:智史の父)に知らせたかったのだろう。楽しみだよ。きっときれいなものなんだろう。二人で散歩しているとき、よく彼女はそう言って私に見せてくれたものだ。道ばたに咲くカタバミの花だとか、夜空に浮かぶ弓張り月だとかをね。いつか、あのとき、何を見たのか、彼女に聞いてみる。

そして、今日もまた、父さんは眠りに就く前に母さんに語りかけるのだろう。そっちはどうだい?って。(192ページ)

離ればなれになってから30年経っても、呼びかけることができる関係。思いが深ければ、そういうことも可能なのかもしれない。この小説では、夫が妻に呼びかけているが、実際は、男性の方がこういう呼びかけは不得手なのかもしれない。

でも、呼びかける場面を想像してみよう。亡くなってから30年も経った伴侶に呼びかける気持ちを想像するのは、まだ少し難しいから、別れて数年経って、二度と会うことのない女性に呼びかけるのを想像してみる。いや、女性に限らなくてもいいかもしれない。あるいは、亡くなった人に限らないかもしれない。呼びかけは「そっちはどうだい?」ではなくて、「今、どうしてる?」「あのときは、どうだったの?」という言葉になるかもしれないが。

あるいは、私は呼びかけて欲しいのかもしれない。(心の)伴侶だった人に、ほんの短い間だったが、心の通い合った(はずの)人に。奇妙な人生だった自分に対して、誰かがきちんと呼びかけてくれるという体験を----そのときにはもう遅いのだが----したいのかもしれない。みなさんは、どうだろうか。

なお、この本は「いま、会いにゆきます」の著者による恋愛小説だが、著者のスキルが上がってきたからか、「いま、会いにゆきます」よりはかなり読みやすい。市川のいいところは、なくなってしまったもの、失ってしまったものに対する思いがよく現れているところだろうか。

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2005年3月19日 (土)

★セックスレスのどこが問題か

夫婦や恋人の間でのセックスレスのどこが問題か(あるいは問題でないのか)、いろいろな見方があるだろう。しかし、女性が男性を拒絶するタイプのセックスレスでは、セックスをともに味わうことによって男性が得られるはずの“女性に受容される快感”を与ないことにより、女性は、知らず知らずのうちに男性を深く傷つけていることがある。岩月謙司「結婚力」から。

男性は、女性から拒否されることが最大の弱点ですから、それを利用するのです。女性からの肯定で最大のものは、食事とセックスです。どちらも肯定のサインの最右翼です。ですから、この2つを拒否したら、暴力をふるう以上に男性に傷を負わせることができます。(147ページ)

セックスを拒否する。食事を作らない。それなりの理由があって、女性はそうするのだろう。男性に原因があることも決して少なくない。とはいえ、それでも、男性にとって、セックスと食事を与えないことが大きなダメージを与え、かなりの確率で“かいしんのいちげき”となってしまうことが多いのだ。

どうすれば解決できるか。素人なりに考えてみると・・・
まずは、男性と女性の双方が“セックスや食事を与えないことは問題である”という理解を共有することが重要だろう。セックスレスに悩む男女の多くが、ここで躓いているのではないだろうか。そして、次にセックスや食事を与えたくない、本当の理由は何であるかを突き止める。男性に問題がある場合や、男性が協力しないと解決しない場合が多いと思われるので、男性もかなり腰を据えて取り組む必要がある。「機嫌の良さそうな時を選んで、触ってみる」などという“対症療法”では、“根治”するのは難しいのではないか。

なお、女性が男性を拒絶するタイプ以外のセックスレスでは、問題の在処が異なるので、きっと解決法も異なるだろうと思う。

逮捕された後の岩月謙司の消息は、ニュースにならなくなってしまったので、よくわからない。彼の“育て直し”については、テレビのドキュメンタリーで放送されたものをちらっと見る機会があったが、正直なところ、あまりいい気持ちはしなかった。あれは第三者に誤解されても仕方ないし、だいたい、治療を望んだ女性があとで告訴するのもあり得る話だと感じた。フロイトは、女性のクライアントが男性の治療者に対して特別な感情を抱きやすいことに気づき、後から問題が起こらないように、女性のクライアントに対しては適切な距離を置くように心がけていたという話を聞いたことがある。岩月は、その話を知らなかったのだろうか。フロイトでさえ、危険には近づかないようにしたのである。歴史は、勉強しておいた方がいい。

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2005年3月17日 (木)

★恋は冷めてしまうが、愛は育つ

20代のカップル、亮介と美緒は携帯電話の出会い系サイトで出会って、付き合い始める。亮介には、高校卒業直後に女性教師と同棲していたが、同棲している間に気持ちが冷めてしまい、女性教師が突然出ていくことで、関係が終わったという過去を持っている。吉田修一「東京湾景」より。

あれほど愛した先生にさえ、飽きてしまった自分の心が信じられずに、どんな愛をも信じられなくなっている亮介と、自分はどこか似ているような気がしてならない。そんな二人が、何も知らぬ振りをして今さら会って、何が始まるというのか。そのときを愉しめばいいと言う人もいる。先のことを考えず、ただそのときを愉しめ、と。でも、二人はもう十分にそのときを愉しんだ。もう、先のことしか、先にはないのだ。(259ページ)

恋は冷める。ある人への熱烈な思いは、冷めて消えてしまうこともある。しかし、愛は飽きたりしない。飽きるのは愛ではない。

愛は、積み重ねていくものだ。一つずつ、一緒に過ごした時間の記憶を積み重ねていき、互いにより近づいていくのが愛だと、私は考えたい。会っているときのときめきは薄れるかもしれないが、さらにぴったりと気持ちや体が重なっていく。それが愛なのだと思う。

ただそのときを愉しむ。確かに、大きな悦びを感じ取りたいなら、ただそのときを愉しめばいい。しかし、刺激によって生じる悦びを求めるなら、常により大きな刺激が必要となってしまう。無間地獄である。

そこから抜け出したいのなら、悦びを奪い取るのではなく、相手に悦びを与えたい。与えることによって、積み重なっていくものが、最終的に二人を温める。亮介と美緒が、互いから奪うのではなく、互いに与え合っていたなら、確実な何かが互いの間に育っていったのではないか。

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2005年3月 8日 (火)

★愛は励ましと慰めに分けられる

五木寛之は、愛を「慈悲」の心ととらえ、さらにそれを「慈」と「悲」に分ける。五木寛之「愛に関する十二章」から。

慈の愛と悲の愛、言葉を換えて言えば、励ましと慰め、と言えるのかもしれません。慈の愛は人々を立ち直らせ、勇気づけ、元気づける愛、そして、高いところへ、共に歩いていこうという呼びかけの愛。片方の悲の愛は何も言わずに黙っている、ただ自然にわき上がってくるものが、相手に伝わっていくという無言の愛。(84ページ)

2つの愛には“使い分け”の必要がある、と五木はいう。相手に立ち直る力があり、まだその気力を残しているのなら、慈の愛=励ましでいいが、もはや立ち直る力が残されていないのであれば、悲の愛=慰めが必要となるのではないか。

何も言わずに、そばにいて、相手の顔を見て、黙って、相手の話を聞く。言葉が出ないときはそっと相手の心に寄り添って笑っている。そして、少しでも、自分の方に相手の苦しみが伝わってきますようにと心の中で願う。そういう感情を悲というのです。(85ページ)

いささか単純すぎるきらいはあるが、両方の“愛”を心に秘めて、人に相対していこうと心がけることは悪くないだろう。

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2005年3月 6日 (日)

★セックスを鍋料理にたとえると

AV男優の加藤鷹は、セックスを鍋料理にたとえる。鍋料理を作ろうと思えば、まずは鍋が必要だ。だが、鍋だけではもちろんダメで、鍋に出汁を入れて火にかけて、適当に温めねばならない。加藤鷹「カリスマ男優の好きな相手をどうにも離れなくさせる心理戦術」から。

「今日は鍋にでもしようか」って言うけど、それでは鍋だけ用意すればいいかっていったら、そうじゃないわけね。まず、鍋に出汁を入れて火にかけ温める。この温めるのが前戯になる。そして、火加減を調節しながら、いい具合に沸騰させていく。(中略)これが、女性のレベルメーターの反応を見ながら前戯を進めていくことにあたるね。(165ページ)

そして、鍋料理の具が必要になるが、一緒に鍋をつつく人に喜んでもらうためには、その人の好きな具を入れることが重要だ。

鍋に入れるものは、自分が好きなものよりも、相手が食べたいと思うものを入れてあげるのがポイントなわけ。鍋をやるときは、こういう心遣いが大事なんだよ。(中略)キスが大好きな女性にはたっぷり唇、耳、首筋、胸…と唇を這わせてあげるし、指であそこを愛撫されるのが好きな女性にはその通りにしてあげる。(166ページ)

ただし、鍋の決め手は出汁だというのが加藤の持論らしく、「男が女性に対してみせる愛撫や心遣い」が重要だとのこと。ちなみに、鍋は女性そのものにあたるらしい。

こう言われると、「男性ばかり大変なのでは?」と思うかもしれない。では、女性は何をすればいいのか。

女性は、鍋も持ってこなくていいし、出汁も取らなくていいし、火も付けなくていい。中身だけ、おいしいおいしいと食べるだけでいい。それが、セックスなんだよ。(166ページ)

まずは「おいしい」と言うこと。これが重要だと思う。恥ずかしがって黙っていてはわからないし、「おいしい」と言うことが男性に対する屈従だと思って、言わないようにするなどもってのほかだ。

このように、セックスにおいては、男性が女性に対して“奉仕”するだけかというと、そうではない。

女性は「今日は私が好きなものを食べたから、明日はあなたの好きなものを私が作ってあげる」となるんだよ。女性は、自分を大切に扱ってくれる人への奉仕の精神は本当に豊かに持っているんだ。それを発揮させるには、こういう手順が必要なわけ。(168ページ)

女性に励まされると、生きる勇気がわいてくる男性は少なくないだろう。私もそういうタイプだ。励ましてもらうためには、セックスに限らず、まず女性に「おいしいもの」を味わわせてあげること。

いつでも誰にでもそうしてあげられるわけではないが、できるだけ心がけたいものだ。

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2005年3月 5日 (土)

★三行で綴るラブレター

しばらく前のニュースだが、日本語文章能力検定協会が毎年募集している「心に響く三行ラブレター」の第7回優秀作品が決まった。サイトはこちら

最優秀賞は、佐賀県の47歳男性。

寒くてね 眠れない 赴任地の夜

羊なぞ数えてみても

君が迷い込む

妻への思いだろうか。他の優秀作品も読んでみたが、私もこの作品が一番いいと感じた。

三行60文字以内と言うことで、短歌や俳句よりも形式の縛りが緩いため、文字数の多い作品が見受けられたが、やはり短い言葉に思いをぎゅっと凝縮した方が私は好きだ。

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2005年2月24日 (木)

★女性は優しさ、男性はセックスをパートナーに求めている?

ハーレクイン社が16カ国2295人の男女に対して行った調査によると、パートナーに対する要望を調べてみると、女性は男性に対して優しさを求め、男性は女性に対してセックスを求めているようだ。ソースはこちら

女性パートナーに男性が求める願望のトップは「もっとスポーツを見させてほしい」(20%)というささやかなもの。2位は「ベッドでもっといろいろなことをして欲しい」(15%)、3位は「もっとセックスをして欲しい」(14%)だった。これに対して、男性に求める女性の願望は「家事、料理をしてほしい」(27%)、「プレゼントを買うなどして甘やかしてほしい」(23%)、「もっと優しくしてほしい」(17%)と男性に“優しさ”を求めるもの。現実的な男性と、夢見る女性とにくっきり分かれた形だ。

男性から女性への願望の2位「ベッドでもっといろいろなことをして欲しい」というのは、女性に対していろいろなテクニックを要求していることだろう。3位の「もっとセックスをして欲しい」というのは、「パートナーがセックスに応じてくれる回数が少ない」という不満の表れか?

それに対して、女性から男性への願望では、1位の「家事、料理をして欲しい」は当然として、2位と3位はいずれも男性の心遣いを期待していることを表している。

パートナーとの関係をいいものに保つには、まずは相手の願望を知ることが大切。「パートナーが何を考えているか、よく知らない」という人は、とりあえず“全体的な傾向”を知っておくといいかもね。

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2005年2月16日 (水)

★水の飲み方でセックスの仕方がわかる?

心理テストのように根拠があるものではなさそうだが、水の飲み方とセックスの仕方は関係があるらしい。五木寛之「サイレント・ラブ」より。ドクと呼ばれる男性と満ち足りたセックスを楽しんでいる女性ユリに誘われて、若いカップル、ユージとマリコはユリたちの部屋に招かれる。

「この近くの山で、すっごくおいしい水が出るの。飲んでみる?」 彼女(引用者注:ユリ)は氷なしの冷たい水を、グラスに入れて持ってきた。 「おいしい──」 マリコはごくごくとのどを鳴らして一息で水を飲み干した。ユリがそれを見て、かすかに頷いた。 「マリさんは、そういう人なのね」 「え?」 マリコは空のグラスを手に持ったまま、怪訝そうにユリを見つめた。 「そういう──って?」 「その人のセックスの仕方は、水の飲み方でわかるのよ」

この後、ユリはマリがどういうセックスをしていたのかについて、詳しくは述べられてない。ただ、ユージとの間のセックスがあまりうまくいっていないはずだ、と指摘している。

小説のことはさておくとしても、食事の仕方とセックスへの態度に関連があるという話は聞いたことがある。食事の味に興味があるかどうかと、早食いか味わって食べるかで、セックスへの態度は4パターンに分けられるらしい。

1.食事の味に興味がある&早食いである
セックスを探求する気持ちはあるが、早漏気味である。

2.食事の味に興味がある&味わって食べる
セックスを探求する気持ちがあり、しかもゆっくりと楽しむ。

3.食事の味に興味がない&早食いである
セックスを探求する気持ちはなく、早く終わらせようとする。

4.食事の味に興味がない&味わって食べる
セックスを探求する気持ちはないが、ゆっくりとしたがる。あまり考えられないかも。

もちろん、2.が理想だが、実際には3.がかなり多いのだろう。

なお、引用元はポリネシアン・セックスを広く紹介した本として知られている。

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2004年12月 2日 (木)

★「本物の愛」とは何か

「本物の愛などない」と言うのは簡単である。しかし、それを求める気持ちを抑えきれない人も少なくない。そういう人は、何をもって自分の気持ちを「本物の愛」と言うことができるのか。再び勢古浩爾「女はどんな男を認めるのか」から。

一人の男(女)だけを自分のことのように生き、一人の男(女)だけによって自分が生きられる愛であれば、人は、自分たちの愛は本物の愛だと信じていいのである。初心の愛情を心に焼き付けた愛を本当の愛と言っていいのである。人はそんな愛があることなど容易には信じたがらないが、どこかに本当の愛があったからといって、誰かに迷惑のかかる話でもあるまい。(211ページ)

一人の男(女)だけによって生きる。仕事や趣味や友人関係に逃げ込まず、ただ一人の男(女)との関係を大切にする。難しく、しかも辛いような気がする。しかし、そこには何か、とてつもなく貴重なものがあるような気もする。

別の場所で、勢古は「愛とは実行するものである」と書いている(場所は失念してしまった。申し訳ない)。つまり、愛を云々することではなく、行動に表すことによって、愛は実現される。

「行動に表す」とは、「体を動かす」ということを意味しない。意志をもって、思い出すだけでも、誰にも知られないものであってもいいと思う。

たとえば、仕事で忙しいとしても、彼女(彼氏)と会うために毎日1時間だけ早く帰る。あるいは、趣味の集まりを月2回から月1回に減らす。あるいは、会えないときに、彼女(彼氏)のことを30分ほどいろいろ考えてみる。久しぶりに会ったときに、いつもより真剣に彼女(彼氏)の話に耳を傾けてみる。こういった細かなことの積み重ねが「愛の実行」ではないか。

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2004年10月18日 (月)

★夫や彼氏と一緒にいていいかを判断するには

夫や彼氏が単なる変わり者なのか、それとも問題のある人間なのか。判断に迷ったときにチェックする方法がある。再びパトリシア・エバンス「夫の言葉にグサリときたら読む本」から(142ページ)。

  • 彼はあなたの人生を豊かにしてくれていますか?
  • 彼はあなたに喜び、楽しみをもたらしますか?
  • あなたは彼と本当のつながりを感じていますか?
  • あなたは彼と同じ夢を共有していますか?
  • 彼は善意をあらわしてくれますか?

既婚者の女性のみなさんは、いかがだろうか。どれか1つがダメだとしても、それだけで「離婚した方がいい」などとはならないが、どうするのか迷っている人には1つの指標になると思う。

そして、夫や彼氏を最終的に判断するときの基準は、これだ(163ページ)。

  • 彼は生きることに喜びを感じていますか?
  • あなたは彼の価値観を理解し、彼と心が通い合っていると感じますか?
  • 彼と、一緒に笑うことができますか?
  • あなたの彼との関係には「親友」的な要素がありますか?
  • 彼といるとリラックスできますか?
  • 自己批判なしに、ありのままの自分でいられますか?
  • 彼はあなたに彼の興味を分かち合い、あなたの考えにも興味を示してくれますか?
  • 彼は自分のことをオープンに、正直に話しますか?
  • 彼から温かさ、理解を感じられますか?
  • 彼は時に人を小馬鹿にしたような、あるいは脅すような冗談を言いませんか?
  • 彼は他人を信じていないように見えますか?
  • 彼はあなたの考え、アイディア、感情、経験を中傷しますか?
  • 彼と一緒にいる時間は期待するほど楽しいものではないですか?
  • 二人の世界観は、歩み寄ることもできないほどかけ離れていますか?
  • 彼は事実ではない思いこみに基づいてあなたのことを決めつけていますか?

それぞれが重要なポイントだと思う。一人で生きることに喜びを感じていなければ、ともに生きることに喜びを感じることは難しい。一緒にいてリラックスできないなら、一人でいる方がマシだ。一緒にいるときに、「自分が悪いのではないか」という自己批判を感じなければならないのなら、一緒にいるのは苦痛になる。

夫や彼氏と一緒にいて、どうも「楽しくない」「辛い」と思う女性がいたら、是非試してみて欲しい。そして、マイナスの結果が出たとしたら、是非その結果をきちんと自覚して欲しい。

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2004年10月17日 (日)

★言葉で暴力をふるう人はどんな人?

言葉による暴力をふるう人と、言葉で暴力をふるわれる人は別々の世界に住んでいることになるらしい。暴力をふるう人は「支配とコントロールによってパワーを感じる」世界に、暴力をふるわれる人は「相互性・共創造性・和によってパワーを感じる」世界に住んでいる。パトリシア・エバンス「夫の言葉にグサリときたら読む本」から。

ディーン(引用者注:夫)が仕事で出かけ、子どもと家にいたとき、私(引用者注:妻)はずっとお預けになっていたバスルームのペンキ塗りをしました。(中略)きっと喜んでくれると思っていたのです。ディーンが帰ってきたとき、すぐにそのことを言うつもりでしたが、夕食が済むまで待ちました。そして、「ほら、見て! 私、ペンキ塗り替えたのよ。素敵でしょう?」と見せると、ディーンは突然怒り出しました。「キミが全部仕事をしたってわけかい? 僕だって働いてるんだぜ!」と声を荒げました。(44ページ)

日本には、ディーンのようなタイプはそれほど多くはないかもしれない。でも、もしアナタのパートナーがディーンのような口の利き方をしているとしたら、彼との関係を考え直した方がいいだろう。ディーンのように、支配とコントロールによってパワーを感じる世界に住んでいるタイプは、「パートナーが達成するものは、加害者にとってはすべて脅威」だと考えてしまう。決して、一緒にいて愉快なタイプではない。

また、「相互性・共創造性・和によってパワーを感じる」世界に住んでいる人間は、次のような関係を築くらしい。(32ページ)

  • 自分の考えを示し、相手の考えに耳を傾ける。
  • 自分の熱意を語り、相手の話もわくわくして聞くこと。
  • 本当の自分をさらけ出し、相手の人間性も尊重すること。
  • 自分を認め、相手にも敬意を表すること。
  • 自分の創造を楽しみ、相手の創造性を大切にすること。
  • 自分の成長を楽しみ、相手の成長も促すこと。
  • 自分の孤独を楽しみ、相手の孤独も大切にすること。
  • 自分のペースで行動し、相手のペースも受け入れること。
  • 自分を喜ばせ、相手にも喜びを与えること。
  • 自分を保護し、相手を慰めること。
  • 自分を見つめ、相手を見つめること。
  • そして自分を愛し、相手を愛すること。

難しいなあ、と思う。まったく無理ということはなく、十分できていることもある。しかし、根本的なところで、私にはある重要な部分が欠けているため、全部の条件を満たすことは無理かもしれない。

ただ、努力目標としてなら、悪くない。こういう目標に向かって努力し続ける二人なら、きっとうまくやっていけると思う。


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2004年10月 5日 (火)

★婚外恋愛の当事者たちにとって一番辛いこと

「不倫」と言ってしまうと、水商売の女性と一晩だけの関係を持ったり、同窓会の帰りに昔の彼と一度だけホテルに行ってしまったのも含まれるので、ここでは「恋愛のススメ★おしゃべりしましょ!」のビビアンさんにならって、「婚外恋愛」と呼ぶことにする。

婚外恋愛の恋人たちが、最初に突き当たってしまう問題の1つが、自由に連絡が取れないことだ。ビビアンさんの記事から。

もし、ワタシが今日死んだとしても、カレが気付くのは、いつだろう。

共通の友人がいるわけでもなく、家が近所なわけでも、住所を知ってるわけでもない。

ワタシたちをつなぐものは、この携帯電話だけ。

そう、そうなのだ。住所を知っていても、共通の知人がいても、それこそ同じ会社でデスクを並べて仕事しているのでもない限り、何かあったときにもどうしようもない。相手の気持ちが変わっていないことは、携帯電話やらメールやらで確認できる。でも、連絡が取れないとき、一番大切な人が最後の時に苦しんでいても、知らないでいることも十分あり得るのだ。

どう考えたらいいのか。私の中でも結論が出ないままだ。

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★好きな人と24時間いてケンカしないためには

もう時期はずれの話題だが、ご容赦。フランス人の多くは2週間から3週間の有給休暇を夏に消化する。恋人たちは、ずいぶん前から計画を立てるのだが、バカンス中にケンカになることも(当然)少なくない。どうすれば、バカンスで恋人とケンカをしなくて済むのか。MSN-Mainichi INTERACTIVEの記事から。

第一に、バカンスに出る前に2人のための時間を作り、日常生活の問題について話し合うこと。第二に、数週間のバカンスの間、1日24時間一緒に居て同じことをして喜びを分かち合えるという幻想は捨てること。趣味が違うのは当たり前、その違いがおもしろいとポジテイブにとらえ、お互いのしたいことを半々ずつするという折衷案はどうか?第三に、1人になる時間を作ること。誰にも干渉されることなく自分の好きなことを好きなふうにする時間をもつべきであるという。

ミソは「趣味が違うのは当たり前、その違いがおもしろい」と感じること、だと私は思う。「私はコレが好きだ」「私はアレが好きじゃない」という自分の好き嫌いにとらわれていると、いくら恋人といえども、24時間一緒にいてケンカしないでいることは難しい。「私はコレが好きだけど、アナタはソレが好きなんだ。へええ」と笑っていられるようになれば、24時間一緒にいてもうまくいくんじゃないかな?毒男の想像でしかないけどね。

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2004年9月30日 (木)

★夫婦だと女性は通路側、理由ありなら女性は窓側?

「婚外恋愛のススメ★おしゃべりしましょ!」さんの記事から。女性が通路側と窓側のどちらに座っているかで、カップルの関係がわかる、とか。

夫婦の場合。たいてい女がサイフを握っている。車内販売などが来た時に買い物をするのは妻だし、支払いをするのも妻。また、私はトイレが近いからだの、トイレに行きやすいだのと言い、通路側を選ぶ。年をとるとトイレが近くなるのでね、女って。(中略)

で、理由ありカップルの場合。(中略)なので、他人の目を気にしている。W不倫の場合など、それこそ女はびくびくしている。だから人目に付かぬよう、窓側に座りたがる。

そっかー。数少ない経験に照らし合わせてみても、確かに彼女を窓側に座らせたなあ。

でも、もし結婚しても、いつまでも女性を窓側に座らせる男でいたいものだと思う。そして、パートナーには、そう私に思わせるような人であって欲しいなあ。

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2004年9月26日 (日)

★日本人のセックスの回数は少なすぎる?

また「Mainichi INTERACTIVE Dr.北村 ただ今診察中」の第18話「国民が選んだ1.29」から。日本人のセックスの回数は、世界の中でもかなり少ない方らしい。

インターネットを通じた調査ですから、回答者に相当な偏りがあることを承知の上ですが、世界の年間の性交平均回数が139回。一番がフランスで167回、次いでオランダ158回、デンマーク152回と続いています。ちなみに、日本はといえば平均40回程度。おそらく世界で最も少ない国ではないでしょうか。「回数ではない、内容の濃さだ」「性交回数が2人の愛情の深さをはかる指標にはならない」との反論があることを覚悟してあえて申し上げます。ご指摘はもっともですが、回数が少なければ妊娠の可能性が低くなるのは当然です。ちなみに上記3か国の合計特殊出生率はそれぞれ1・89、1・72、1・77と上位グループに入っています。

年間で40回と聞いて、多いと思うか少ないと思うか、それはいろいろだろう。また、この結果が実際の数字を表しているものかどうかも、検討する必要はあると思う。セックスの回数と出生率が比例しているわけでもあるまい。

しかし、日本人のセックスの回数が少ないということは、ありそうなことだと私は思う。ヨーロッパと比べると、日本の社会は夫婦の時間を大切にできるような余裕を与えない社会だ、とは言えると思う。とにかく、死にものぐるいで働いて、お金に追い回されて、何かを手に入れたような気になって死ぬ。それが標準的な日本人だろう。そこに心の通い合ったセックスなど、入り込む余地はない。

いろんな人が言っていると思うけれど、自分が何を求めているのか、時々振り返った方がいいと思う。もしかすると、いつの間にか、全然違うものを求めているかもしれないからね。

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2004年9月25日 (土)

★再びポルチオ性感の話

クリトリス、Gスポットに続く第三の性感帯として、よく挙げられるポルチオ(子宮頸部)だが、実は全然新しい話ではなかった。高橋鐵「あるす・あまとりあ―性交態位六十二型の分析」によると、オルガスムスに近づいたときの運動を、インドの古代性典類では圧迫・攪拌・摩擦の3つに分けているらしい。

圧迫とは抽送運動を止めて、ただポルチオを強く圧する方法である。(中略)攪拌とは、子宮頸部の周辺をところどころ撃圧する意味である。(中略)最後に摩擦というのは(中略)臼ですり砕くときのような回転運動である。そしてこの運動は、むしろ女性側が主導的であるべきだろう。ヴェルデが、「女性の骨盤を粉ひきの時のように動かす円運動」と言っているのに似ている。(81ページ)

こういうのに眉をひそめる紳士淑女の方々も少なくないとは思うが、私などは性(性愛)の豊かさを再確認してしまう。こういうのを知っているのと知らないのとでは、モノの見方も違ってくるかもしれない・・・と思ってしまうのだが。あるいは、モノの見方が違ってくれば、こういう世界に気づくのかも。実際はどうなのかなあ。

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2004年9月22日 (水)

★恋愛が終わったら

身を焦がすような(?)恋愛が続く期間は短い。内田春菊「ぬけぬけと男でいよう」より。

恋愛が恋愛と呼べる時間は短い。僕が経験した一番短い場合で二ヶ月。デートにしてカウント三回。あっという間に相手の女は長屋の世話焼きばあさんみたいな物言いをし始め、僕の行動を管理しようとしたのだ。きれいな子だっただけに、大輪の花が散ってしまったような寂しい気持ちだった。(124ページ)

恋愛の期間が終われば、次に二人を待ち受けているのは、相手の嫌な部分や自分とは異なる部分を受け入れていく作業などを通じて、相手をより深く受け入れていくことだと思う。「出張ホストクラブheat」さんの記事どこかの本に、この期間に「愛」を育んでいくのだと書いてあった。そうかもしれない。このような関係の変化を知らなかったり、あるいは恋愛のときめきだけを心地よいものだと思っていたりすると、結局は深い愛情を育てることができないまま、別れてしまうことになりかねない。

それにしても、お見合いやら結婚相談所で出会った二人なら、どうなるのだろう。恋愛の期間がないので、最初から「愛」を育んでいくことになるのかなあ。

(追記)
どこで読んだ話か忘れていましたが、「出張ホストクラブheat」さんの記事でした。大変失礼しました。

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2004年9月16日 (木)

★三階建てを新築するときはご注意!

今日はちょっと趣向を変えて、結婚した後の生活の場について。asahi.comの「小さな家の生活日記」から。三階建てを立てたのに、すぐに売る羽目になった話。なぜ売ることになったのか。

たとえば仕事から帰ってきて、玄関を開けますよね。そのフロアにリビングがないのが、意外に負担なんです。やっと我が家にたどり着いたと思ったら、今度は階段が待っているでしょ。すぐに家族の顔も見えない。ああ、また上らなくちゃとため息が出る。ささいなことですが、それが一番疲れるんですよね

私自身は、物心ついてからはマンションにしか住んだことがないので、この人の気持ちは想像するしかないが、きっと重要な問題だったのだろう。暇のある人は、狭い土地に建てた三階建てはどんな間取りだったらいいか、リンク先も読みながら考えてみて欲しい。

私はというと、マンションにしか住んだことがないためか、廊下との仕切りがひどく頼りなく感じられて、ときどき誰かが玄関のブザーを鳴らしているのに布団をかぶってしまいたくなることがある。これが普通の家であれば、そんなことはないんだろうなあと、よく思う。

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2004年9月 5日 (日)

★結婚披露宴は絶対やるべきらしい

久々にNozzeの広告ページから。結婚披露宴をした方が離婚率が低いらしい。なぜかというと、「新婦入場です!」と司会にアナウンスされて、扉が開いたときの感動を忘れないからだとか。

さて、これはある結婚情報雑誌の編集をされている人に聞いた話なのですが、結婚したカップルのうち、披露パーティーをした人としていない人では、明らかにしていない人のほうが離婚率は高い、というデーターがあるとのこと。確かに、その訳わかりますねー。あの感動を味わった人は、絶対に固く結ばれるものです。

「結婚披露宴をしたカップルの方が離婚率が低い」という現象は認めるとして、理由は明らかに「そんなことないだろ?」のレベル。りっちゃんだから、仕方ないけどね。

私が思うに、結婚披露宴という大変な儀式を執り行うことによって、結婚前と後との線引きがはっきりできて、新しい生活に入りやすいんじゃないかな。儀式というのは、結婚式にしても葬式にしても、それなりのイミを持っているもの。「堅苦しいから嫌だ」「お金ばっかりかかって・・」と思うのは浅はかじゃないかな?(昔、私もそう思っていた) もちろん、そういう儀式の持つイミを完全に理解した上で、儀式を否定するのはアリだと思うけどね。とっても難しいと思うけど。(苦笑)

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2004年7月25日 (日)

★「いのち」を大切に

600万円ほど払えば、子どものできない夫婦のために子宮を貸すビジネスが、すでに米国では一般的に行われているらしい。生活困っている女性も助かるし、子どものできない夫婦も助かる。誰にも迷惑がかからず、みんなハッピーになりそうだが、大きな落とし穴がある。鎌田實医師と高橋卓志和尚「生き方のコツ 死に方の選択」から。

産まれてくる子どもがエイズに感染したり障害を持って生まれてきたりという現実が、もう始まっています。600万円払った夫婦は、契約が違うと子どもを引き取らず、もちろんお腹を貸した女性も自分の子ではないといって引き取りません。いのちを授かった子どもは、どうやって生きていったらよいのでしょうか。(235ページ)

みんなが幸せになる技術が、不幸な人間を生み出している。この事実について、目をつむるべきではないだろう。すべての「できること」をやるべきだとは限らない。

子どもが障害を持っていたりエイズに感染していたり、何らかの問題を抱えて生まれてくることを、依頼した夫婦は事前に考えていたのだろうか。もちろん、契約上は「引き取らない」という条文を盛り込んでいたのだろうが、それで回避できるのは自分たちのトラブルであって、生まれてきた子どもの問題は回避できない。

「いのち」を大切にすることを、もう少し考えた方がいいと思うなあ。


(追伸)
仕事が多忙なため、1ヶ月も放置してしまいました。あと数週間は忙しそうですが、ぼちぼち復帰する予定です。

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2004年6月26日 (土)

★妊娠中絶は「赤ちゃんを殺すこと」?

毎日インタラクティブの北村医師のページから。北村医師は、妊娠中絶を「モラルとしてではなく、女性の健康を保持するための選択肢の一つとして位置」づけているとか。

中絶を「赤ちゃんを殺すこと」などと物騒な言葉を使うことがとても気になります。以前、外国から訪ねて来た女性新聞記者が次のように語っていました。

 「中絶が行われた日をひとときも忘れずに、水子供養を繰り返すという老女を取材し胸が熱くなりました。日本の若い女性達がセックスをした直後から『赤ちゃんができたらどうしよう』と大騒ぎしているのと関係があるのではないでしょうか。英語では、妊娠を継続することを決めたときからが赤ちゃん(baby)、それまでは胎児(fetus)と表現します。実体さえないにもかかわらず『赤ちゃん』という言い方はないでしょうに・・・」

「妊娠を継続することを決めたときから赤ちゃん、それまでは胎児と表現します」というくだりに、私は違和感を覚える。そこには「生命は、人間の意思によって作り出すことができるのだ」という確信が見え隠れする。中絶した日を何十年も忘れずに、水子供養をしながら齢を重ねるのがいいとは言わないが、生命に対する畏敬の念があまり見えないのもよくない。だいたい、妊娠したのに「実体がない」って・・・よく言うよ。

しかし、そうかといって、きちんとした避妊に男性が協力的でないという事実があれば、それを看過してはならない。聞くところによると、援交する若い女性たちの間で、コンドームの使用率が落ちているらしい。まさに自殺行為である。理由を想像できないわけではないが、それにしてもいかがなものか。

中絶は「赤ちゃんを殺すこと」だと思う。しかし、単なる殺人と異なることも少なくない。そこをよく考えてみるべきだ。

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2004年6月23日 (水)

★夫は妻より先に死んだ方がよい

1つ下の記事の続き。夫が先立つときに残したメッセージは、妻を励まし続ける。しかし、逆はほとんどあり得ない。その違いについて。岩月謙司「なぜ、男は『女はバカ』と思ってしまうのか」から。

女性は、かくも感情を精確に脳に記録し、そしてそれを引き出して、まるで今自分が実体験しているかのごとく、過去の気持ちよさを味わうことができるのです。だから、女性の場合、過去の美しい想い出を抱いて未来に生きることが可能なのです。

 一方、男性は、過去においてどんなに気持ちいい体験をしても、女性のように、未来においてその気持ちよさを味わうことはできません。だから、男性は、常に気持ちいいことをし続けなければいけないのです。

 こういう違いが、配偶者に先立たれたときの男女差になって現れるのです。(89ページ)

仮に妻が遺書で百万言を費やそうとも、それは夫にとって、妻の代わりにはならない。妻と暮らした日々がいくら美しいものだと思い返されようとも、夫の悲しみは増すばかりだ。いや、むしろ美しい日々を送っていれば、それだけ男にとってはパートナーを失った苦しみ、悲しみは強くなる。

だから、男の方が寿命が短くあるべきなのだ。

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2004年6月20日 (日)

★セックスレスに悩む男性へ

たまたま「セックスレスをまじめに考える」さんとか、「わたしのこころ」さんのblogを見つけた。

セックスレスに悩むのは男性とは限らないが、今回は妻にセックスを拒否される男性に。参考になれば幸い。テクストは、再び岩月謙司「娘は男親のどこを見ているか」から。

 女性が感じる快感の中で(食べる快感を除きます)一番大きな快感は、誰かとつながっている安心感による快感です。悦びの共感を介して心の絆を作ると、女性はそこに大きな満足を見いだすのです。

 夫との場合も同様です。夫と、愛と信頼の絆でつながれることが妻としてもっともうれしいことです。妻としての誇りでもあります。夫婦の場合、セックスにそれが現れます。夫は過去誇り高く生きてきたかどうか、夫がどれだけ妻の幸せを願っているのか、どれだけ妻に対して思いやりがあるか、それが女性にはよくわかるのです。

 逆に、女性を思いやる気持ちもないのに、性欲だけでセックスをされることを一番嫌がります。独りよがりなセックスを女性は嫌悪するのです。(115ページ)

セックスレスは、セックスレスだけで問題が独立していることはほとんどないと思う。「いい人なんだけど、セックスだけはしたくない」と妻が夫のことを言う場合、だいたい、夫は「いい人」なんかではない。もちろん、よほど暴力的なセックスをするとか、極めて変態的な要求をするとか、何時間しても終わらない(これも実は問題)とか、明らかに夫の性癖や能力に起因する問題点がある場合は別だが、実際は妻が夫に対する大きな不満を持っているのではないか。

じゃあ、夫はどうすればよいのか。

女性が夫から愛情を吸収するのはセックスの時だけではありません。普段の何気ない会話の最中でも吸収しています。だから、何気ない会話が重要なのです。セックスの時だけ優しくても女性は悦びません。セックス以外の時にも、自分の幸せを一生懸命に願ってくれないと、女性は気持ちよくなれないのです。(117ページ)

考えてみれば当たり前のことだが、セックスレス(この場合は、妻にセックスを拒否されること)を嘆く前に少し考えてみると、いい結果が出てくるかもしれない。本当は、「なぜセックスが嫌なのか」をじっくり話し合うのがいいのだが…。セックスレスに悩む男性のサイトを見ていると、そんな話題を出すことさえ難しいみたい。

セックスレスに悩む男性は、まず夫婦の心の関係を再構築するところから始めるしかないのかも。

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2004年6月 6日 (日)

★結婚生活をつまらないものにしないために

Yasさんの「Simple - 憂鬱なプログラムによるオブジェクト指向な日々」から。“恋愛は楽しいのに、結婚生活はなぜつまらないか”というテーマについて、社会学者ロジェ・カイヨワの「遊び」に関する定義から考察している。

カイヨワによれば、「遊び」の持つ基本的な性格として、以下の項目が挙げられる。

  1. 自由
  2. 実生活外の虚構
  3. 没利害
  4. 時間的・空間的に分離
  5. 特定のルールの支配

これについて、Yasさんはこう解説する。

遊びは「自由」であり、行為者の自発的な行動であること。強制されれば遊びは魅力を失う。

「実生活外の虚構」とは、日常生活と対比した場合に、非現実であるという特殊な意識を伴っていることである。

「没利害」は、遊びによって富などを生み出さないこと。遊びは非生産的で時間の無駄だと言う人がいるが、役に立たなくて非生産的だからこそ遊びは面白いのである。

「時間的・空間的に分離」は、あらかじめ決められた明確な空間の時間の範囲内に制限されること。

「特定のルールの支配」は、約束事に従う活動である。遊びにはルールが伴うものもある。

このそれぞれが結婚生活では損なわれてしまうために、結婚生活はつまらないという結論になるそうだ。たとえば、結婚すれば「自由」は大幅に減ってしまうことが多いし、結婚生活はあくまでも“実生活”であるため、「実生活外の虚構」は持ちにくくなる。さらに、夫婦は1つの経済単位であり、運命共同体であるから、「没利害」であることはできない。また、死ぬまで“止められない”から「時間的・空間的に分離」(=終わりがある、特別の場所でやる)という条件には当てはまらない。最後の「特定のルールの支配」という条件のみが、結婚生活では(過剰に)満たされている。だから、結婚は恋愛と比べてつまらない・・・ということらしい。違っていたらご指摘ください。

「結婚生活が恋愛関係ほど楽しくない」ということは、結婚したことがない私にとっては想像しかできないが、たぶんそうなのだろう。ただ、「結婚生活が恋愛関係ほど楽しくない」という“事実”を目の前にして、「だから、結婚なんかせずに、恋愛だけにしておこう」とは言いたくない。

自由が大幅に制限されるからこそ、互いに(できる範囲で)自由を与えあうようにする。結婚生活は実生活に過ぎないからこそ、そこに「実生活外の虚構」を持ち込む努力をする。利害関係にがんじがらめになっているからこそ、利害の絡まない人間関係やイベントを大切にする。終わりがないからこそ、節目ごとの“儀式”を重視する。過剰なルールに縛られてしまいがちだからこそ、少しルールをゆるめてみる。

ちょっと想像してみただけでも、なかなか大変だ。ただ、多くの夫婦にとって、時間はたくさんある。何しろ、死ぬまで一緒にいるのだ。数十年という単位で時間があるはずだ。仕事だけ、育児だけ、趣味だけに時間を費やしてしまうと、そんな時間はすぐに経ってしまうが、互いに向き合って考えてみようと思うなら、結果を出すための時間は十分あるはず。

・・・と考えたんだけど、どうなのかなあ。しょせん、“毒男”の考えたことだからね。

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2004年6月 5日 (土)

★彼氏(彼女)を何分待てますか?

時事通信提供のニュースから。

恋人なら約束の時間に遅れても30分は待ってます-。セイコーが10日の「時の記念日」にちなみ、遅刻の許容時間について調べたところ、恋人同士が最も寛大という結果が出た。同社は「愛し合っていれば、待つのも苦にならないのでは」(秘書・広報部)と分析している。

最近はケータイのメールなどで、待ち合わせ場所が屋外や駅でも連絡が付くことが多いから、“連絡があって、遅れることがわかっている場合”と“連絡がなくて、遅れることを知らない場合”に分けた方がいいかもしれない。

ちなみに、私は、連絡が付いて後に予定が入っていなければ、2時間くらいは待てるかな。2時間待ったら、さすがに疲れそうだけど(笑)。もちろん、立って待ってるのはしんどいので、近くのコーヒーショップに入って本を読んでるかな。連絡がつかなくて、後の予定があったら(だいたい30分しか時間がとれないときは、1時間も待っていられない)、さすがに後の予定に差し支えないように退散するだろうなあ。

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2004年5月25日 (火)

★夫婦円満の秘訣

久しぶりに「嘘つき男と泣き虫女」から。「口うるさく言ったり言われたりする関係を変えるには、言われる方も責任を引き受けなくてはならない」と著者は言う。まず、口うるさく言われている方(多くは男性だろう)が努力するべきこととして、次のことを挙げる。

  • 相手の話にちゃんと耳を傾けているか?
  • 相手の不満を理解しているか?
  • 自分の方が偉いという態度を見せて、相手をおとしめていないか?
  • 相手のやり遂げたことを評価しているか?
  • 自分は金を稼いでいるから、家では楽にさせてくれといって、家事の分担を拒絶していないか?
  • 怠惰で無神経になっていないか?
  • 相手の気持ちを理解する心の余裕に欠けるのではないか?
  • 幸福に暮らしたいと思っているか?
  • 幸福に暮らすために、相手と向き合って、きちんと話をするつもりはあるか?(以上、45ページ)

「ああ、これは拙いな」と自分の行動を修正しようとする男性には、あまり問題はないのだろう。問題は、「これのどこが悪いの?」とか、「ふーん。それで?」という男性だろうなあ。

だが、もっと問題になりそうなのは、男性側がこれらの点を反省して、相手の話にちゃんと話を傾けようとしているのに、態度が変わらないとき。そういうときは、明示的に相手の欠点を指摘するしかないだろうなあ。

一方、口うるさく言う方(多くは女性だろう)が努力するべき点としては、次のことが挙げられている。

  • 何に不満なのかを相手に言う。
  • 相手にして欲しいことについて、時間を設定する。
  • 同じ言葉を繰り返すのを慎む。
  • 自分の要求を伝えたら、今度は口をつぐんで相手のことばに耳を傾ける。
  • 相手の考えを聞く。いいアイディアが出てくるかも。
  • 「あなたは~」という言い方をしない。それでは相手の抵抗が強くなるだけ。
  • 相手が配慮のない態度を改めるつもりがない場合、どんな形で解決する?
  • 自分の存在価値を高めるよう努力する。
  • 目標を達成したとき、ちょっとしたご褒美を自分に用意している?
  • 幸福に暮らしたいと思っている?(以上、46ページ)

とにかく、最初の項目がポイントだと思う。「何が不満なのか」を精確に相手に伝えること。感情を伝えるのではなく、何に引っかかっているのか、何が嫌なのか、何に傷ついているのか、相手にできるだけ精確に伝える。大半の男性はここで気づいてくれると思うが、もしパートナーがきちんと説明しても気づかないほど鈍いタイプなら、“別れる”とか“諦める”という選択肢も考えた方がいいと思うなあ。

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2004年5月22日 (土)

★結婚は「落としても割れないコップ」?

再び山本文緒「結婚願望」より。“付き合っている”というだけの関係と結婚とを比べると、結婚は大変動かしがたい、しっかりしたものだと言う。

それ(引用者注:“付き合っている”というだけの関係)に比べて結婚は、なんてはっきりした関係なのだ。意思がちょっとぐらついたくらいでは、結婚は壊れない。それを壊そうと思ったら、ものすごく面倒なことになる覚悟を持たなければ結婚はなかなか崩壊しない。(中略)でも、落としても落としても割れない頑丈なコップに、少しのイライラと恐怖のようなものを感じるのは私だけだろうか。(36ページ)

結婚は「落としても落としても割れない頑丈なコップ」であるというテーゼを最初読んだとき、どうも違うような気がしたのだが、ふと気づいた。山本が言う“結婚”は、“結婚というカタチ”のことなのだ。つまり、少々ケンカしても、少しくらい浮気しても、それが理由で必ず壊れるとは限らない。むしろ、お互いに好きで“付き合っている”恋人同士の方が、当人同士の感情以外の支えがない分、容易に壊れそうだ。

しかし、未婚の私なんぞが言うまでもなく、“結婚の中身”は簡単に傷つく。メンテナンスを怠ると確実にガタの来る自動車のように、あるいは、落としても割れないコップであっても、確実に傷は付く。相手のことへの思いやりなしに振る舞った結果は、容易に相手を傷つけ、“結婚の中身”を傷つけるはず。

結婚したことがないから、本当はどうなのか、自信はないけどね。

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2004年5月21日 (金)

★関係の修復には貯金が必要

再び毎日インタラクティブのサイトから。51歳の妻が子宮筋腫の手術を受け、子宮を摘出したことをきっかけにセックスレスになった58歳の夫の話。それから、めっきり会話も少なくなったとか。

ある日、家内のめいが出産し、家内はその世話をするようになってから、時々涙をながすようになりました。私たち夫婦の行く末を思って急に空恐ろしい寂しさを味わい、そーっと優しく抱いてほしいと涙ながらに話しました。その時初めて、私はスキンシップの大切さを痛感したのです。これを機にようやく抱いてやれるようになり、2人の距離は急速に接近しました。

この夫婦、きっと手術をするまではいい関係を保っていたのだと思う。でなければ、60歳近くなった夫婦が再び抱き合えるようにはならないのではないかなあ。

それにしても、子宮に関する手術をきっかけに夫婦の間でセックスがなくなってしまい、それが夫婦の間の問題になっているのを聞くと、なぜかやりきれない気持ちがする。“血を見ると男は萎えてしまう”というのはよくある話だし、わからないでもない。ただ、セックスは決して性器の結合だけで成立するものではないし、パートナーへの配慮があれば、何らかの方法がある場面も少なくないはず。

「そのときのために」というわけでもないだろうが、夫婦の関係であっても、互いへの思いやりという形の“貯金”を、きちんと貯めておきたいものだ。

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2004年5月19日 (水)

★“付き合っている”ってどういうこと?

再び山本文緒「結婚願望」より。いろいろな原因で女性と親密になることが少なかった私には、“付き合っている”というのはどういう状態のことを言うのかが、実はよくわからない。ただ、たくさんの異性と付き合ってきた(?)著者にしても、“付き合っている”と言うべきかどうかが迷われるような関係はたくさんあるとか。

つきあってるんだかいないんだか、という男女関係は世の中に非常に多く、恋愛関係というものはかくも曖昧なものだ。ある特定の相手とその親密な交際を、これからも続けていこうとお互い意思が一致したときに「付き合っている」という関係が発生するのだとしたら、どちらか一方がその意思にぐらつきを覚えただけで、二人の関係は壊れてしまうことになる。(36ページ)

山本が挙げる“曖昧な恋愛関係”の例としては、たとえば…
まだ若い二人のうち、男の方が遠隔地に転勤になってしまい、月に一度くらいしか会えなくなって、メールも頻度が下がり、半年前に会ったきり。なのに、どちらも「別れよう」と言い出さないのは“付き合っている”と言えるかどうか。

あるいは…
居酒屋で知り合った独身の男女。なぜか勢いでベッドインしたが、どちらも特定の相手がいなかったこともあり、頻繁に会っている。最初はいろいろ話をしようとしてみたが、共通の話題があまり多くないので、最近は会えば10分以内に素っ裸になってしまう。

また、あるいは…
妻子ある上司と、独身の部下の不倫関係。上司の方は家庭を捨てる気はないし、部下の女性は、上司と結婚できないことはよくわかっているが、結構楽しい時間を過ごせている。とはいえ、ボーイフレンドができれば、上司とは別れるつもりで、恋人募集中である。

個人的には、“恋愛関係”は、お互いに相手のことを“好き”と思える感情を持つことから始まるような気がして、比較的はっきりしている。しかし、“付き合っている”は曖昧だ。結婚相談所で会った異性に、「とりあえず、もう少し会ってみますか。一応、他の人とは会わないようにしましょうね」という合意を取り付けたら、それは“付き合っている”には入らないのか。もちろん、“付き合っている”という関係がまったく想像できないわけではない(また、体験がないわけでもない)が、“付き合っている”と“付き合っていない”の境界線がどうもはっきりしないのだ。

…どうもよくわからないなあ。

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2004年5月18日 (火)

★浮気を防ぐ最良の方法

ゆうきゆう「相手の心を絶対にその気にさせる心理術」から。美人を口説くときには相手の美しさ以外のことをほめたり、ほかの人が取り上げないように場所をほめるとよい、と言う。それが、“自己拡大”につながるからだとか。

できる限り一緒に新たなことにチャレンジして、可能な限り相手を自己拡大させてあげること。(中略)すなわち、相手に対していろんな意味で「初体験」の殻を破る一撃。それは口説く相手には刺激剤に。すでに恋愛関係の相手には、浮気を防ぐ免疫剤になるのです。(66ページ)

確かに、そうだろう。ただ、そのためには、自分も常に努力して“自己拡大”していないと難しいと思う。ゆうきゆう氏は「いつもバーで飲んでいたら、一度は二人で夜のクラブに遊びに行」くことを例として挙げているが、これだって自分がクラブに行ったことがなければ、なかなか難しい。とにかく“引き出し”は多いに越したことはない。まあ、夜遊びの幅ばかり広げても仕方ないと思うけどね。

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2004年5月13日 (木)

★恋愛体質

山本文緒「結婚願望」より。恋人ができれば、世の中に最低一人は自分の何でもない日常に興味を持ってくれることになる。しかし、それも長続きしない。

恋というのは、はかないものである。(中略)日々を過ごしていくうちに、だんだんと相手が「よく知っている人」になってくるのだ。よく知っている人の日常は当然よく知っているわけで、いちいち昨日は何をしていたか明日は何をするのか聞かなくなる。デートも万障繰り合わせてというわけではなくなり、両方の時間の都合が付くときに飯を食う、というデートとは呼べない状態になって、そして恋は終わるのだ。で、しばらく恋人がいない気楽な日々を過ごした後、また誰かを好きになって振り出しに戻る。なんか不毛である。(27ページ)

「へええ、そうなんだ」と思ってしまう。恋が成就した経験があまりない(ないわけではない)ので、こんな風に恋が進んでいくのだという実感は当然わかない。

ただ、「恋愛体質でない人」は違うらしい。彼(女)らは、「新鮮だった恋人が、よく知っている人になっても、つまらないとは思わないのだ。デートがただの飯の時間になっても、そこにやすらぎを見いだすことができるの」だとか。

ふむ。私はどうやら「恋愛体質でない人」らしい。「よく知っている人」のことをどれだけ本当に知っているのか、よくよく考えてみたら、いろんなことを知らないのに気づくのだ。

過去のことについて聞くなら…
相手がどんな学生時代を送ったのか、中学生の時はモテたのか。高校生の時はどうだったのか。習っていたピアノのレパートリーで、一番好きだったのは何か。親との関係はどうだったのか。両親の仲はよかったのか。金銭的には困っていなかったのか。どんな家に住んでいたのか。そこで印象深かったことは何か。きょうだいとの関係はどうだったのか。

現在のことについて聞くなら…
今の仕事は好きか。職場で一番嫌な人は誰か。仕事をこなしているとき、その仕事に対してどのような態度で臨んでいるのか。誰とお昼を食べて、その人とどんな話をしたのか。そのとき、どんな気持ちがしたのか。作れる食事のレパートリーは何か。どういう味付けが好みで、それはいつ頃、身に付いたものだと思うか。どんな包丁さばきをするのか。ダイエットの調子はどうか。独りで眠るとき、何を考えて眠りにつくのか。

「そんなことを知ってどうする」と尋ねられるかもしれないが、そういったことを知ることによって、より深く相手のことを理解することができるような気がするのだ。そして、より深く理解することによって、より深く慰めることができ、より深く一緒にいる時間を味わうことができるような気がするのだ。

…やっぱり、私が特殊なのかなあ。

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2004年4月29日 (木)

★彼氏・彼女のどこを触ればいい?

再び「発掘!あるある大事典2」の「愛情を取り戻す方程式」のページから。

お互いに、相手の体に触れあうことで親密さが取り戻せるらしい。問題は、触るタイミングと、触る場所。残念ながら、タイミングは自分で考えてもらうしかないが、場所については「ここがいい」というのがあるらしい。

1966年アメリカの心理学者、ジェラルドは、学生2000人を対象に、恋人に触れられると嬉しい場所を調査。その結果、男女それぞれ、触られて嬉しい場所が顕著にあることが判ったのです。

男性のおよそ6割が答えたのは、二の腕。
そして女性の6割が答えたのは、髪の毛や頭。

これ、男性が二の腕を触られるのがうれしいのは、確かにそうだと思う。私の場合は、何だか頼られているような気がするので、素直にうれしい。人前でもできるし、いい方法だ。だが、逆は難しいのではないかな? ページの方では、体験者の男性が涙ぐましい努力をして、のびをした後、触れるとか、マッサージをしているときに触れるとか、工夫した様子が紹介されている。

ただ、これって本質的な解決になっているかが怪しいと思う。髪の毛や頭は、ふざけて触られてもうれしくないのではないかな。むしろ、抱きしめられているとき、優しく髪の毛を掻き上げられたり、そっと頭を抱えられたりするのがいいんじゃないかなあ?

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★冷めた夫婦はどうすれば元に戻るか

「発掘!あるある大事典2」の「愛情を取り戻す方程式」のページから。

相手を見たときの瞳孔の開き方で、相手をどう思っているかがわかるらしい。冷めた夫婦では、男性はこんな感じ。

妻を見た瞬間瞳孔はあまり大きな変化を示しません。これは自分にとって見慣れたもので今更驚くものではない、何と無関心状態。

そして、女性はというと、こんな感じ。

なんと3人とも、夫を見た瞬間に瞳孔が急速に小さくなり、しかも相手を確認してもそのままの状態が続いたのです。これは明らかに夫に嫌悪感を抱いている証拠。

ちなみに、新婚夫婦の場合は…。

新婚夫婦の場合は、一瞬縮みますが、相手がわかるとすぐに拡大。これは相手を受け入れている証拠。

じゃあ、もう冷めてしまった夫婦はどうすればいいのか。

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2004年4月28日 (水)

★何をしてあげたい?何をしてほしい?

「カルメン'77」さん記事から。某巨大掲示板(って、やっぱり2ちゃんねるでしょうか?)に「自分が与えるもの>相手から受け取るもの」となることを考えないといけない、という書き込みがあったらしい。以下は、rhythmさんのコメント。

お見合いとかの場では優位に立つことが多い?し、女性だととかく彼氏に~してもらいたいっていうのが優先しがちだと思うのですが、これを読んではっとしました。そこで、将来、自分は一体何を与えてあげられるんだろうと考えてしまいました。私が与えられるものってなんだろう・・・うーむ。

男性諸兄は、何をしてあげたい&何をしてもらいたいのだろうか。女性諸姉は、何をして欲しい&何をしてあげたいのだろうか。

人によりけり、だと思う。私は、してほしいこととしては“理解して欲しい”“受け入れて欲しい”というのが真っ先に来るけれど、そうでない男性も多いだろう。してあげたいこととしては、“いつも関心を持っていてあげたい”“真剣に話を聞いてあげたい”かな。これも、違う考えの男性は多いと思う。

“してあげたい”と“してほしい”が、男女の間で一致すれば一番いいのだが、完全に合致しなくても互いに意見を交換することで、差を埋めていくことはできるんじゃないかなあ。

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2004年4月24日 (土)

★いつから「私の子ども」と言えますか(続)

こちらの記事の続き。鷲田清一『教養としての「死」を考える』から。

人はいつ生まれいつ死ぬのかと問われたら、私はこう答えたいと思います。「親が自分の子だと認識したときに生まれ、一方、その人を知っている人が誰もいなくなったときに死ぬのだ」と。(31ページ)

鷲田は「誕生においては、客観的な個体の状態に基づいて命のあるなしの問題に線を引くことなど、とてもできない」とも言う。つまり、“まだ3ヶ月目だから、子ども(人間)ではない”という線を引くことはできない、ということ。不要になった受精卵を、「余剰胚」として捨ててしまうことに抵抗がない人や、実験などに“有効利用”してしまおうとする考えのもとには、「人間は、母親の胎内で十月十日過ごし、五体満足で生まれてこそ、人間である」という前提がある。そして、その前提は、科学技術によって“有効利用”される「余剰胚」を作り出している。

是とするか否とするかは一人一人が考えることであろうが、そういう構造は知っておいた方がいいと思う。

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2004年4月21日 (水)

★子どもに一番必要なこと

鷲田清一『教養としての「死」を考える』から。

子どもは、誰でも自分の意思が関わらないところで生まれてくるわけですから、それでも生きていかなければならないとしたら、少なくとも、ここにいてもいいということくらいは無条件に保証されている必要があります。理由はどうあれ、ここにいていいのだという感覚は、その意味で私たち人間にとって、生存を形作るための欠くことのできない要素の一つだと思います。(42ページ)

“無条件で、ここにいてもいい”という感覚。持っている人にはピンと来ないかもしれないが、親から与えられなかった人間にはいつまでも引っかかる問題だ。“いい子でないと捨てられる”“言うことを聞かないと受け入れられない”といった幼少期を過ごした者は、親が死ぬまで、親の存在を呪い続けるしか自分の心の平衡を保つ方法はない。いや、「ない」のではないが、それがもっとも安定した在り方だと思う。そして、親が死んでから、あるいは自分が子どもを持ってから、やっと和解するのである。

こんなヤヤコシイことにしないためにも、親は子どもを無条件で受け入れるようにして欲しいものだ。塾なんか、行かせなくていいからさっ!

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★相手を変えたいときには自分を変えよう

バツイチ女性のジハードさんの「我慢するって、勝ち?負け?」から。

SAちゃん曰く、「相手を変えたいと思う時は、自分を変えるコト!」である。(中略)

SA: 「そんなことないよ。相手を変えるのは大変だけど、それに比べたら自分を変えるのはすごく簡単なコトじゃん!自分が変われば、自然と相手も変わってくるんだよ。それが、相手を変える一番早い方法なんだよ。」

確かに、男女の間がうまく進展しないとき、「アンタ(オマエ)が悪い。こうすべきだ」と言うのは簡単だが、なかなか問題の解決にならないことが少なくない。そういうときにお勧めなのが、自分を変えること。上の引用に出てくるSAさんの仰るように「自分を変えるのはすごく簡単なコトじゃん!」とは思わない(逆に難しいと思う)が、しかし、相手が自分の思い通りに変えるよりは易しい場合が多いだろう。

ただ、この方法を何かの駆け引きに使うのは、あまり感心しないけどね。

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2004年4月19日 (月)

★いつから「私の子ども」と言えますか

鷲田清一『教養としての「死」を考える』から。不妊治療では、受精卵を複数採取し、そのうちのいずれかが着床すれば、残りは「余剰胚」として捨てられてしまうとか。現在、その「余剰胚」を“有効利用”した研究も盛んらしい。

ある不妊治療をテーマにしたシンポジウムのディスカッションで、話の中で受精胚がモノのように扱われることにいたたまれなくなった一人の女性が、会場から手を挙げ、「私は余剰胚が捨てられるときに、お葬式をしました」と発言し、参加していたパネリストたちが思わず失笑したという話があります。(29ページ)

さて、アナタはどちらですか? 失笑しますか、それとも「へええ」と思いますか。

私なりの考えを書く前に、よかったら、ちょっと考えてください。

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2004年4月11日 (日)

★定年後に向けての準備

小嵐九八郎「妻をみなおす」から。本のタイトルを見ると、妻という存在を見直すことを通じて、女性に対して温かい目を向けるものかと思いきや、あちこちに女性蔑視の文句がちりばめられているので、ちょっと注意。

夫が定年を迎えるときに向けて、夫婦がそろって準備しなければならないことがある、とか。

夫の仕事離れ、イコール定年。ほぼ同時に、妻の子離れ、イコール子どもへの幻想の喪失となる。いよいよ夫婦はこれからが大切となる。実際は、ここに至る過程が大切と思う。果たして、性について一生懸命に励んで、積み重ねてきたのか。子どもの、それぞれの時期に、夫婦で責任の分担を話し合い反省と方針を出し合ってきたのか。(中略)要の、人生とは何か、愛することとは何か、死とは何かを時には立ち返って切実なテーマにしてきたのか。みんな、問われる。それで普通、この問いを日常にかまけて置き忘れて過ごしてしまうから、お手上げとなる。(207ページ)

まあ、「人生とは何か」「愛することとは何か」「死とは何か」を四六時中考えている、私のような人間もどうかと思うが、考えたことがない方は少し考えてみることをお勧めする。今の夫婦関係の改善にもつながるかもしれないし、将来の夫婦関係の改善にはかなり役立つはず。

そんなことを言われても…と思われる方に、1つだけヒント。理屈と体験を照らし合わせてみるところから出発すると、考えを深めやすい。

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★「私のこと、好き?」と聞く理由

内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」より。

法律的な結婚をしないで、純粋に愛だけでつながっている関係は、愛がなくなった瞬間に終わってしまいます。終わってしまうというより、「終わらなければいけない」わけです。(中略)ですから、「愛だけで結ばれた二人」は絶えず「愛してる?」と相手に確認を入れなくてはいけません。でもね、これってけっこうストレスフルですよ。(211ページ)

でも、「愛してる?」と言いたくなるときはある。内田によると、それは実際に契約が履行されているかどうかを確認するためではなく、それが楽しいからだそうだ。

確かに、答えがわかっていても、「私のこと、好き?」と聞きたくなる気持ちはわかる。そういう質問に対しては、「好きだよ」以外の答え、「あなたのこことここが、今でも好きで、昨日は我慢ならなかったあそこは我慢できるようになった」という分析的な答えを聞きたいわけではない。もちろん、「うーん、ちょっと嫌いになったかな」とか「今日は忙しいので、昨日の2/3程度だな」とか、そういうことは全然聞きたくない。

とにかく、楽しいのだ。「好き?」「好き!」などという、他人にはまったく理解不能な会話も、気持ちが通じ合っている二人にとっては、意味に溢れているのだ。

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2004年4月 9日 (金)

★「いってきます」に愛を込める

市川拓司「いま、会いにゆきます」から。「ぼく」と「ぼく」の息子は、1年前に死んだはずの妻であり、母である澪を見つけて、自宅に連れて帰る。「ぼく」は妻の澪と一緒に暮らした日々が戻ってきたのに、信じられない思いでいる。

「いってきます」 愛を込めて、ぼくは言った。「おはよう」とか「おやすみ」とか「おいしいね」とか「大丈夫?」とか「ちゃんと眠れた?」とか「こっちに来て」とか、そんな何気ない言葉すべてに愛が宿っている。それが夫婦なんだと、ぼくは思った。(117ページ)

「夫婦ってそんなに甘いものじゃないよ」「夫婦生活って戦いだよねえ」「理想は理想。現実は現実」という言葉が聞こえてきそうだ。もちろん、それは正しいと思う。

それと同じくらい、正しいと思うのが、「おはよう」とか「おやすみ」とか「おいしいね」とか「大丈夫?」とか「ちゃんと眠れた?」とか「こっちに来て」とか、そういう言葉に愛を込めること。

「愛って何よ」と問われるかもしれないが、私は思考回路が変なので、駅のホームで、別の方向の電車に乗って、手を小さく振ったこととか、旅先の居酒屋で、自分だけ飲んでいたこととか、まだ恋人ではなかったときに礼儀正しく会釈して別れたこととか、冬の夕暮れに公園で手を握って散歩したこととか、そんなことを全部覚えていることとか、そういうことしか思いつかない。

でも、全部終わったこと。終わったこと。

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2004年4月 4日 (日)

★新婚夫婦の会話

言語学者のローマン・ヤコブソンが著書で新婚夫婦の会話を取り上げているらしい。内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」より。

「とうとう着いたね」「着いたわね」「いい景色だね」「ほんと、いい景色」「気持ちいいね」「ええ、すごくいい気持ち」…この会話は情報交換のためのものではありません。そうではなくて、「ここにあなたからのメッセージを一言漏らさず聞いている聞き手がいますよ」という事実を告げるためのコミュニケーションなのです。(83ページ)

特に男性は話を前に進めたがるので、注意が必要だ。このような会話の役割を交話的機能と呼ぶらしいが、ビジネスではあまり重要ではない。ビジネスはとにかく効率的に物事を進めるのが普通だ。交話的な会話をしている場合ではないのだ。

ただ、それを恋人や夫婦の間に持ち込んではいけない、と思う。交話的な会話は、愛し合う人たちの間では、重要な会話なのだ。

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2004年3月19日 (金)

夫婦が一緒に過ごす時間の意味

私は結婚したことがないので、新婚の時期を過ぎて、配偶者と一緒にいるのが普通になったとき、相手について何を考えるのかがほとんど想像できない(新婚の時期は想像できなくはない)。「未婚のクセに、偉そうなことを書くな」とお叱りを受けそうだが、まあ、それはこのサイトのお約束ですから。

夫婦が一緒に過ごすことが、夫婦の将来にいったい何をもたらすのか。最近、よく考える。互いに浮気せず、仕事に家事に一生懸命働き、それなりの収入と子どもがあれば、別にコミュニケーションをはかる必要なんてないんじゃない?…と思う人がいるかもしれない。そういう人に読んでいただきたいのが、以下の記事。毎日新聞のサイトから。

夫は6年前に脳内出血で倒れて失語症となり、他人とかかわりたがらなくなった。イライラしやすく、ささいなことで声を荒らげることもあるという。池田さんは「倒れるまでは、どこへ行くのも一緒で、何でも話すようにしていた。その積み重ねがあったから、今も自然な気持ちで向き合える」と話す。

60前の主婦の話だが、いい意味での“馴れ合い”が病に倒れた相手を看護する気持ちの源泉となるようだ。未婚の人にとっては“いかに条件のよい相手を捕まえるか”で精一杯だろうし、既婚の人でも、若い人にはピンと来ないだろうなあ。

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2004年3月17日 (水)

強すぎるのも問題かも

またまた毎日新聞のサイトから。60代女性の投稿より。

私も主人が強すぎて地獄のような日々を過ごした一人です。自営業なので一日中一緒でした。主人は毎晩どころか一晩に2度のことも珍しくありません。私はうっとうしくて家の中を逃げ回ったり、トイレに入ってカギをかけたり、息子の布団にもぐりこんで隠れたり、一度は脅かすつもりで布団の中に包丁を持ち込んで寝たこともあります。

このご主人、ガンにかかって1年で亡くなったらしい。ふと思ったのだが、もしかするとこの女性が「強すぎる」と表現している状態は、何かの病気ではないのかなあ。

それにしても、「身も心も疲れ果てて、離婚を何度も考え」たほど、夫に精神的に追いつめられていたのに、「それを除けばいい人なので」という評価を与えているのが理解に苦しむ。本当に「いい人」なら、妻が「身も心も疲れ果て」るまでセックスを強要しないと思うのだが…。

夫婦間のミスコミュニケーションが、一番根っこにあるんじゃないかなあ。

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2004年3月10日 (水)

エロスが違う方向に向くと…

(心理学で言う)エロスは、必ずしも異性に向くとは限らない。結婚した男女が、ロマンチックな関係を終えてしまい、「井戸掘り」もしないとなると、いったいどうなるか。

日本人の場合は、異性を通じて自分の世界を広めると言うことを、もうすっかり止めてしまうというのもあるんですね。(前掲書、107ページ)

それで何をするかというと、学者になったり、会社人間になったり、子どもの教育に熱中したり…。確かに、そういう人たちは、私の周りにも掃いて捨てるほどいる。「井戸掘り」をしようとする人の方が少ないように思えるが、実際はどうなのだろう。

とはいえ、どちらがいいというわけでもない。それこそ、一人一人の選択なのだから。

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2004年3月 9日 (火)

ロマンチックな関係を長続きさせるには

セックスしちゃいかんらしい(苦笑)。

ロマンチック・ラブを長続きさせようと思ったら、性的関係を持ってはならないんです。性的関係を持ちながらロマンチック・ラブの考えを永続させようというのは、不可能なんだとぼくは思うんです。(前掲書、105ページ)

ふっと思ったのだが、なぜセックスはロマンチックな関係を壊してしまうのだろうか。やはり、セックスの最中は男も女もあさましい格好をしているからか?

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2004年3月 8日 (月)

結婚と離婚を繰り返すこととは?

離婚そのものを“悪いこと”とする時代は、半ば終わりかけている。ただ、何度も結婚と離婚を繰り返す人は、ちょっと注意した方がいいらしい。もう一度、「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」から。

村上/何度も結婚する人がいますよね、三回も四回も。 河合/そういうのはたいてい、井戸掘りを拒否しているんですね。井戸を掘るのはしんどいから、掘らないであちこち別の人を捜しているけれど、結局、同じような人を相手にしていますよ。

酒乱や暴力をふるうダメ男が“好き”な女性もいて、そういう女性は、我慢できなくなったら次のダメ男を捜す傾向にあるので、ここで言っている理由とはちょっと違うのだろうけれど。

ただ、今の日本というのは、「井戸掘り」が結婚の一側面だということを薄々感じていても、いろんな情報にだまされてしまって、「井戸掘り」以外の部分で相手を選ぶ傾向にあるんじゃないかな、と思う。

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2004年3月 7日 (日)

愛し合って結婚しても幸福にならない?

愛し合っている男女が一緒に暮らすから幸福になれる。これがフィクションであること、1つの“物語”であって、現実とは何の関係もないことは、今さら声高に言うことでもない。そうなった結果を「互いに対する思いやりが足らないからだ」「愛情が強ければ、そもそも危機はやってこないのだ」と、夫婦のどちらか、あるいは両方を責めるのは間違っているらしい。「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」(新潮文庫)から。

愛し合っているふたりが結婚したら幸福になるという、そんなバカな話はない。そんなことを思って結婚するから憂鬱になるんですね。何のために結婚して夫婦になるのかといったら、苦しむために、「井戸掘り」をするためなんだ、というのが僕の結論なのです。(98ページ)

ただし、結婚は「井戸掘り」だけではない、と欄外の注で河合隼雄が触れている。いいこともある…らしい。私は知らないけどね。

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2004年2月29日 (日)

セックスレスの一事例

またまた毎日新聞のサイトから。55歳女性の投稿。結婚して1年経たないうちに、娘が戻ってきてセックスレスで別れたい、とのこと。

娘によると、彼は自分で処理しているようで、結婚前も含め、一緒に暮らして1年半の間に回数は1けた。女性から誘うのも勇気が必要ですが、でも3回誘い、そのたびに断られてみじめで悲しかったこと。今はもう相手を受け入れることができない精神状態になってしまったことなどを告白しました。

詳しいことは、この文面からではわからないが、セックスに対する考え方が夫婦の間で大きく違っていることは言うまでもない。セックスレスは、現在、離婚事由にもなるご時世なので、男性側は「2ヶ月で1回はしてるだろ」とか言わない方がいいみたいだ。また、「セックスだけが夫婦を結びつけるものではないだろう?」というのも禁句。その言葉が正しいのは、夫婦が二人とも同じ考え方のときだけ。

女性からしてみたら、「結婚しているのに自分で処理するって、バカにしてるの?」というところだと思う(もちろん、「その方がラクでいいわ」という女性もいるだろうけど)。男性側は、そういう気持ちを知っておいた方がいい。

10日ほど家にいました。夫の「性生活は人それぞれで、これが正しいというものがあるわけではない。付き合って半年は一緒にいたのだから分かっていたのではないか。完ぺきな人間などいない、全くできないわけではないのだから、お前の辛抱が足りない」という言葉で、彼の元に帰りました。

この夫婦は、結婚前に同棲していたのかな? もしそうなら、同棲しているときに、そのあたりを見抜けなかった女性も、ちょっとうかつだった。ただ、「お前の辛抱が足りない」というのはいかがなものか。それで問題が解決すれば、何も言うことはないのだが、“女性が必ず辛抱する”という図式は、女性にとってはうれしくないはずだが…。

結局、夫婦の間はしっくり来ないままで、仮面夫婦っぽい状態になっているらしい。「よいアドバイスがあればお聞かせください」と、この投稿は締めくくられているので、何か言いたい人は毎日新聞東京本社までどうぞ。

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2004年2月22日 (日)

★何をどこまで許すか

またまた毎日新聞のサイトから。ちょっと古い記事だが、興味深かったので。

パソコン通信を通じて知り合った2人だが、妻はパニック障害だった。付き合っているとき、後に結婚する夫に向かって、こんな態度を取っていたらしい。

「私がいるのにテレビを見ないで」「ご飯を食べたら、一緒に片づけて」「話を聞いて、私を見て!」。子どものように必死に自分を求める恋人に、斉謙さんは向き合った。有里さんは「彼といると、心に空いた穴がふさがっていく」と感じた。親、親友、そしてカウンセラーのような存在だった。

妻がパニック障害だとわかっても、夫は動じず、妻の心の安定をひたすら心がけているとか。「行きにくさを感じていた妻を支えること」が夫自身の支えにもなっている、とのことだ。

パニック障害に限らず、精神的な問題によって、あるいは性格上の問題によって、別れるカップルは多いだろう。この例も、夫の方が愛想を尽かして、あるいは支えきれなくなって、どこかで別れていても変ではない。ただ、夫の方が忍耐強く、支えることを選択し続けた結果がここへと至ったのだろう。

パートナーの問題をどこまで自分の問題として抱えることができるか、それはきっと人によって異なるのだろうが、いったいどこまで抱えればよいのだろうか。たとえば“わがままで自分勝手で、人の話を聞かない”という性格も一種の障害ととらえて、それを受け入れてあげると、このような美談になるのだろうか(美談を作りたいわけではないが)。

きっと“物差し”は存在しないのだろう。

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2004年2月19日 (木)

★離婚の可能性を推測できる?

読売新聞によると、夫婦間の会話を分析すると、離婚の可能性が非常に高い確率で予測できるらしい。米国で数百組の夫婦の会話を分析して、相手を肯定する発言と、相手を否定する(けなす)発言の割合を調べたらしい。原文はこちら

その結果、結婚生活が円満に続くのは、肯定的な会話が否定的な会話の5倍以上ある場合だった。この数字(5倍以上)を割り込むと、結婚生活は高い率で破たんすることが判明した。 また、この分析手法を用いると、94%の確率で離婚するカップルを予測することが可能になったという。

ことあるごとに「だから、アナタはダメなのよ」「オマエこそ、いつもそんなことを言ってるじゃないか」と言っている夫婦は要注意。米国の調査だから、そのまま日本に当てはまるとは思わないけれどね。

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2004年2月17日 (火)

★口うるさい女にならない/しないために

ベストセラー「話を聞かない男、地図の読めない女」の続編として出版された「嘘つき男と泣き虫女」を先日入手した。ステレオタイプに過ぎるところもあるが、まあまあおもしろいので、紹介する。

たくさんしゃべることと、メッセージを相手に届けることは別だ。男女の間で起こる問題、つまり浮気とか、言葉や力での暴力、倦怠感や気まずさは、すべてコミュニケーションが原因だ。(中略)女が口うるさくなってきたら、それは何か言いたいのに、男が聞いてやっていない証拠だ。耳を傾けない限り、がみがみは続く。(37ページ)

まさに、私の両親がこういう関係だった。母ががみがみ言うと、父はいい加減にしか聞いておらず、我慢できなくなるとふっといなくなった。父がいい加減にしか聞かないから、母はがみがみ言うしかなくなる。まさに悪循環だった。

じゃあ、こういうときは全部男性が悪いのだろうかと言うと、そうでもないらしい。

男も女も、相手の話に耳を傾けず、相手の気持ちに注意を払わない。男が女の話を聞けないのは、女の話し方が間違っているからだ。間接的な言い方では、男は反応しない。(中略)女は毎回同じ文句を言うだけだし、男はうるさいと思って部屋を出るだけだ。どちらも自分の心情を正直に吐き出していない。こうして事態はますます深刻になっていく。(38ページ)

一番のポイントは、最初のところ。相手の話に耳を傾ける、相手の気持ちに注意を払う、だと思う。とにかく、相手の話を聞く。そして、相手の感情を一生懸命に推測する。ここが肝要ではないかと思う。

男性はもちろん、この点について、注意する必要があるが、女性は大丈夫かと言うと、実はそうでもない。女性の方が、一般的に感情に対する感覚は敏感だが、だからといって相手の感情をいつも精確に推し量ることができるとは限らない。たとえば、生返事をしている男性に向かって、一方的に喋り続ける女性は、相手の男性の感情を推し量って話しているわけではないからだ。

こう考えてみると、世の中の男女は簡単に結婚して家庭を築くが、コミュニケーションをきちんととることはなかなか難しいものだと考えさせられる。

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2004年2月16日 (月)

★セックスレスの結末

またまた毎日新聞のサイトより。子どもは2人できたが、年を追うごとにセックスから遠ざかってしまった、45歳の主婦の投稿から。

しかし、子育ての終わりが近づいた今、家政婦でいいと思えるようになりました。40歳になり「女は終わり」と思っていたのに、ある人と再会し、恋をしています。不倫です。夫に相手にされず、「家事と育児だけしてればいい」と言われ悩んだ結果です。

「家事と育児だけしてればいい」と言われた妻がすべて不倫に走るわけではないし、それが望ましいわけではないが、何らかの形で家事と育児以外の心の支えが必要になる状況はよくわかる。そして、その心の支えとなるものが不倫であることも、今では少なくない。

旧来の道徳を守って、40歳で「女は終わり」と思いこむのがよいのか、45歳になっても夫以外の男性に恋するのがよいのか、それはわからない。ただ、後者の方が女性にとっては素敵な時間が増え、幸せな気持ちを味わう時間が増えることは確かだろう。もし誰も傷つけずに、自然な形で終わりを迎えることができるなら---そんなことができるかどうかは分からないが---不倫も悪くないのかもしれない。

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2004年2月12日 (木)

★寝室を大切にする文化

またまた毎日新聞のサイトより。南アフリカの女性は、家の中で寝室をもっとも重要な部屋だと考えているようだ。

32歳のガブリエルは言う。「セックスで夫と通じ合えることをとても大切にしているわ。週1回もセックスなしではとても悲しくなる。それが2週間、3週間と続いたら最後には離婚になってしまう。“ここに来て服を脱いで!”と彼に向かって叫ぶの」 。 39歳のスザンナも「しばらくセックスしないと、夫と私の間には距離ができてしまう。ふだんから仕事も友達もお互いに別々なのに、さらに生活が別々になり、つまらないことでけんかになってしまう」と話す。

「ふすまと夫婦喧嘩(?)ははめれば直る」という諺(?)がある。事実そうなのだろう。セックスが夫婦や恋人の間の距離を縮めるのに役立つことは、今さら言うまでもない。

ただ、無神経はいけない(特に男性)。夫婦喧嘩をしたあと、仲直りする前に妻に手を掛けない方がいいということをここここに書いた。

この記事を書いた人も言っているが、セックスを単なる快楽の追求=自分が気持ちよくなることではなく、夫婦や恋人の間の関係を深めるものとしてとらえる必要があると思う。そうなれば、もう少し豊かな性生活を送れるのではないか。セックスだけでなく、男女の間にある関係性を重視する性生活が送れるようになるのではないか。

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★「悲しいセックスレス」は悲しい

またまた毎日新聞のサイトより。28歳・既婚女性の投書から。

子どもが小学生になって、やっと手を離れたところで、ある日、勇気を出して「抱いて」と言ったら、こんな反応が返ってきたとか。

「おれはセックスが嫌いなんだよ」「じゃあ、何のために夫婦なの」「セックスが無くても夫婦の信頼関係は築けるよ」「違うよ、セックスは2人にとって大切なもの。私はずっと寂しかった」。しかし、彼は譲らず、最後は泣きながら「おれはもう一生しない」と言い切った。

「セックスがなくても夫婦の信頼関係は築ける」ということと、「セックスは2人にとって大切なものだ」ということは背反しない。残念ながら、これを身をもって立証できるような人は声高に主張したりしない(その必要がない)から、なかなか意見を聞くことはできないかもしれないけれど。

むしろ私が気になったのは、上の引用の前にある、こちらの部分。

この6年は仕事と育児に追われて慌ただしく過ぎたが、子供たちも小学生になって手が離れ、生活もようやく落ち着いてきた。そこで夫に目が向くようになり、この正月、「パパ、久しぶりに抱いて」と勇気を出して誘ってみた。

育児や仕事があれば、なかなかそういう気持ちになれないのはわかる。また、この女性の夫は、もともと淡泊なタイプだったというから、そのことが主な原因なのだろうが、しかし、子どもが手を離れ、生活が落ち着いて、「そこで夫に目が向くようになり」というのは正直なところ、辛い。できればずっと目を向けていて欲しい(もちろん、こちらも目を向ける、という前提の上でだが)。

いずれにしても、セックスレスを嘆く女性の言葉は、セックスレスを嘆く男性の言葉よりもずっと深刻で、しかも悲しく感じるのは私だけだろうか。

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2004年2月10日 (火)

★“愛”を勝ち取ってはイケナイ

またまた毎日新聞のサイトより。結婚カウンセラーのヘンドリックス博士の言葉から。

博士によれば、一般に自分が愛されるに値する人間にならなければいけないと思っている人が多いが、愛は努力して「勝ち取る」ものではないという。「あなたが良い人間かどうか、相手にどれだけ尽くしているかということは本当の愛とは関係ありません。本当の愛はもっと超然としていて、あなたはただ、パートナーが感情的な変化を伴いつつ様々な経験をするのを一緒に抱きしめているだけです。相手という実体に無条件で関わるということ、それが愛なのです。」

「愛は努力して勝ち取るものではない」。こう聞くだけで、「なぜそんなことが言えるの? 好きな異性は、多くのライバルを出し抜いて蹴落として、あるいは、その気のない相手の気持ちを苦労して引いて、やっと得られるものでしょ?」と言いたくなる男性や女性は少なくないと思う。あるいは、苦労してお金も労力も使って、やっと好きな異性に振り向いてもらえた、という体験をした人も少なくないだろう。アッシー君やメッシー君を経て、美人の彼女を手に入れた男性、女の魅力を存分に発揮し、文字通り、体を張って好きなカレシを手に入れた女性…そういう人にとって、ヘンドリックス博士の言葉は意味不明に違いない。

そういう人たちに対して、「アナタがたのやっていることは間違いだ」とはっきり言える自信は、私にはまだない。ただ、自立した男女は、アッシー君やメッシー君なしで、そして性的欲望がいつも満たされるわけでなくても、相手に魅力を感じることができ、関係を保つことができるはずだと思う。

そういう関係においては、相手をしっかりと受けとめることが最優先の課題になってくる。「背が高いから」「お金持ちだから」「若いから」「美人だから」といった条件が消え失せ、たとえばAさんがAさんであるという、ただその理由で関わっていく。そこに、何か大切な“愛”の形があるような気がする。

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2004年2月 8日 (日)

★“愛”は動詞

またまた毎日新聞のサイトより。結婚カウンセラーのヘンドリックス博士は、こう言う。

感情としての愛は短命で、環境が変われば消えてしまうはかないもの。しかし、本当の愛は単なる感情ではない。愛は動詞です。愛とはパートナーの幸福を最も重要な関心事とし、それを目的とする行動なのです。

愛とは、どんなものでないか。たとえば…

(1)自分が住みやすい家にするために、パートナーに協力を仰ぐこと。
(2)自分が子どもが欲しいから、パートナーにセックスや妊娠を強制すること。
(3)自分が「愛している」という言葉や状態に酔いたいために、パートナーの望まない贈り物をすること。
(4)自分が好きではない贈り物をもらったため、喜ばないこと。

ほかに、どんなものが愛でないか、考えみてはいかがだろうか。

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2004年2月 5日 (木)

★不倫を成就させるには

最初に断っておくが、これは私の考え方である。男女関係には無数のバリエーションがあるし、男女関係の部分集合である不倫関係にも、無数のバリエーションがあることはわかっている。だから、くれぐれも自分たちの関係が非難されているようには思わないで欲しい。

恋愛の成就は、片方が死ぬこと、または別れることによって、思いを抱き続けている方がもはやいない相手に対して、自分の思いを固定化させることによって成し遂げられるものだ(堅苦しい言い方でスマン)。つまり、不倫関係においては、すでにある婚姻関係を破棄してまで結ばれることが恋愛の成就ではない、と私は思う。

ならば、何もかも捨てて抱き合うのは悪くないが、もう一歩進めて、互いのことを思い合うことができれば、さらによい関係を気づけるのではないか、と思った。言い換えるなら、結婚している相手に対して抱く気持ちは、相手の生活や存在を悪い方向に導くものであってはならない。不倫関係は、両思いの男女が離れて暮らすことを強いられるものだから、基本的に辛いものだ。その辛さを解消したくなるのが人の性(さが)であるが、もう少しだけ踏みとどまって、影から支えることに徹するならば、もし会えなくなったとしても、それは「恋愛は成就した」と言えるはずだ。

決して、楽な道ではないけどね。

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2004年1月28日 (水)

★人はなぜ自分の子供を持ちたいのか

「僕の中の壊れていない部分」(白石一文)から。

人間がただひとつ意志を発揮する場があるとすれば、他人の生を創造するということだと僕には思える。しかし、なぜそんなことを人間はやらかしてしまうのか、それが僕にはよくわからない。なぜなら、他人の生を生み出すということは、そのままその他人の死を生み出すことと等しいからだ。人を生むことは、その人を殺すことでもある。

確かに、自分の子どもの命をこの世に送り出すことは、その子どもを、この世でいろいろなことを経験した後に死んでいく存在として送り出すことである。考えてみれば、残酷なことだと言えなくもないが、それはさておき、親の論理を考えてみる。

なぜ子どもが欲しいのか。いろんな理由があるだろう。ただ、私自身は未婚であることもあって、他の人たちの“自分の子どもが欲しい”という気持ちが今ひとつわからない。わかるのはただ、自分がもし子供を持つかどうかを選択できる立場になれば、自分のために子供を持つ選択をするかもしれない、ということだけだ。

私がもし子供を持つとしたら、その理由は明快で、子供を持つことによって自分が死んだ後も、自分の一部が生き続けるような気がするからである。死んでしまった後に、自分に非常に近しい何かが残るのだと確信できれば、もしかしたら死ぬときに気持ちが楽になるかもしれない。

徹底的に利己的だが、人はそうやって生き延びてきたとも言える。

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2004年1月 5日 (月)

★向かい合う心と心のカタチ

心と心がしっかりと向き合っていること、理解し合っていることは二人に大きな充実感をもたらす。

向ひゐて
千代も八千代も
見てしがな
空行く月の
こととはずとも

(貞心尼『はちすの露』)

「貞心尼は良寛と相思相愛の人」(『男うた女うた──女性歌人篇』中公新書 p.162)だとか。

「何らかの条件を満たしているから、そういう思いを持てる」というものではない。そこにあるのは、相手の存在と自分の存在への限りない愛情、そして信頼。静かに、相手に対して、そして自分に対して開いていく心。

人は年をとると、より純粋になれると言う。そうなりたいものだ。

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2004年1月 2日 (金)

★本当のコミュニケーション(その2)

コミュニケーションを2つに分けてみよう。1つは仕事などで重要だとされるもの。これを「コミュニケーション」としよう。スケジュールや段取り、そして相手に協力させるための情報交換だ。もう1つは、情報交換そのものが目的ではなく、言葉の奥にある相手と自分の感情や考え方を近づけるためのもの。これを仮に“コミュニケーション”とする。

明日までに仕上げなければならない仕事を、部下に命じるとしよう。ちょっと大変だが、頑張れば何とかなりそうだ。「コミュニケーション」の考え方では、「明日の午前中に、これこれのものが欲しい。ついて、今日は残業して仕上げてくれないか。大変だと思うけれど、君なら大丈夫だと信じて頼みたい」とおだてたりして、部下に指示すればいい。あとは、指示内容を理解しているかどうか、大切な約束があったりしないか、そのあたりを気にしていればいい。

しかし、“コミュニケーション”の考え方では、「はい、わかりました」と部下が答えるまでの時間、目をそらしたときの表情、席に着いてからの仕草、電話に出るときの声の高さまでを全部考え合わせて、言葉にならない部分をできるだけ汲み取らないといけない。部下の心を読むのが目的ではないが、できるだけ心の動きに意識的になること。

言い換えれば、言葉のイントネーションや、言葉と言葉の間の時間に意味を読みとるような態度でないと、“コミュニケーション”は成立しない。「言わないから、気がつかなかったよ」というのは「コミュニケーション」の場では許されても、“コミュニケーション”の場では許されないのだ。

仕事関係では「コミュニケーション」だけでもやっていける。しかし、夫婦や恋人同士などエロス的関係を結ぶべき異性との間で、“コミュニケーション”なしでやっていくのは辛い。特に、多くの女性は“コミュニケーション”ができない男性と一緒にいると辛く感じるようだ。


その1はこちら

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2003年12月28日 (日)

「かまってほしい」の意味

夫や彼氏に対して「かまってくれない」と不満を持つ女性は少なくない。

だいたいの場合は、夫や彼氏が仕事中毒だったり、自分の趣味を優先させているときだろう。しかし、たまの休日に趣味を一緒にしていたり、旅行に一緒に行っていても、そう思う場合もあるかもしれない。

もしそうだとしたら、男性側が「かまって欲しい」の意味を誤解しているのだと思う。女性の欲求は「一緒に何かをしたい」の前に、「私を受け入れて欲しい」が来るはずだから。

「私を受け入れて欲しい」という欲求をきちんと満たすことなく、「一緒に何かをしたい」という欲求だけを満たしていても、それは女性の心を本当に満たすことにはならないだろう。

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2003年12月27日 (土)

夫婦の適切な距離は?(その2)

夫婦の間の距離は近ければ近いほどいい、という前提で話を始めよう。

し~やもんやもんさんのココログからトラックバックをもらって、さらに考えたのだが、夫が定年を迎えて、「待ってました!」とばかり夫婦で旅行に出かけたり、一緒に何かして楽しく過ごす…というのは、なかなか難しいのではないか。

というのは、まず定年になって初めて旅行に出かけたり、一緒に何かをするのでは遅いということ。女性ならわかると思うが、結婚して子どもができて、20年以上仕事にばかり熱中して、完全に放っておかれたのに、「定年になった」という理由だけで急に「一緒に行動したい」と言われて、二つ返事で一緒に行動できる女性はそれほど多くないと思う。

定年前から、理想的には結婚してすぐの時点から、「一緒に何かすること」あるいは「一緒にいること」を通じて、距離を縮める努力をし続けなければいけない。

ただ、私はまだ独身なので、このあたりは想像と理屈の域を超えていない。感想があれば、是非お聞かせいただきたい。

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夫婦の適切な距離は?(その1)

以前、結婚相談所で出会った人で、「自分の両親は何かを一緒にするということはあまりなくて、それぞれ好きなことをしているが、そういう関係がいい」と言っていた女性がいた。

確かに、何かを一緒にするということ、たとえば共通の趣味を持つことが、よい夫婦関係を築くために絶対必要だというわけではない。むしろ、よい夫婦関係のためには、何かを一緒にすることができないといけない=趣味が共通でなければならない、という思いこみはマイナスだろう。

たとえば、結婚相談所の紹介状で、ダイビングやダンス、演劇鑑賞といった趣味を掲げて、「これを一緒にできればいいと思います」と書く人が多いが、もしそういった趣味を共有できたとき、それ以外の重要な要素を見落としてしまうのではないかと思う。

とはいえ、「それぞれ好きなことをしている」ことをイイことだとする、その考え方にも同意できない。仕事や趣味で、本当に何も重なることがない人たちは、いくつか重なるものがある人たちよりも夫婦の間の距離ができやすいのではないか。

…っと、ここまでは当たり前の結論になってしまった。「その2」に続きを書こう。


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2003年12月25日 (木)

誰と結婚すればいい?(続)

12/17の記事で、定年退職して「毎日が日曜日」となってしまった夫を前にしても、それほどストレスを感じないで済むような男性を夫に選ぶべきだと書いた。

マスコミでも、定年退職した夫の食事を三食きちんと作らないといけなくなると、妻のストレスは大変なものになると言われているが、知人の既婚女性にその話をしてみたら、「教育しているからいい」という返事が返ってきた。

つまり、定年になったときに三食作らないでもいいように、きちんとした食事でなくても満足するように、あるいは自分で作ることもできるように、夫を「教育」しているらしい。

…女性の知恵を甘く見ていたことに反省。

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2003年12月23日 (火)

恋の苦しさ

相思相愛の関係の二人が会えずにいるとき、どちらが苦しいかと言えば、もちろん思いの強い方である。

秋山の 
樹(こ)の下隠(がく)り 
逝く水の 
われこそまさめみ 
思ひよりは

(鏡王女『万葉集』巻二)

秋山の樹下の茂みに隠れるように流れてゆく川が、次第に水量を増してゆくように、たぶん私への君のお心よりも、私が君をお慕いする心の方がずっと勝っておりましょう。 (『男うた女うた ──女性歌人編』中公新書p.21)

1200年以上前から、思いの強い方が、相手に対して恨み言を言いたくなるのは変わらない。鏡王女のこの歌に恨み言をはっきりと込めているわけではないが、苦しい恋をしている人はみんな、相手に対して何か言いたくなるのではないか。

もちろん、そこでどうするか、そのままストレートに伝えるのか、黙って微笑みつつ耐えるのか、それはそれぞれの人の選択だ。

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2003年12月20日 (土)

本当のコミュニケーション(その1)

昔、「もっとコミュニケーションを大切にしなさい」と上司に言われたことがある。その頃の私はまだ駆け出しで、自分のデスクで世界が完結していた。「あー、これAさんに頼まなきゃ。でもまいっか、Aさんが気づいてやってくれるかも~」という感じだった。

当然ながら、それでうまくいくほど仕事は甘くない。スケジュールや作業の段取りなど、自分が考えていたのとはまったく違う方向に動いていき、「あらあらあら…」ということもよくあった。その点では、昔の上司が言っていたことは正しい。仕事の重要なポイントで、同僚や得意先、下請けと共通理解を作り上げておくことは絶対に必要だ。

夫婦や付き合っている男女の間でも、どこかに泊まりがけで旅行に行くとき、結婚式など大きなイベントを主催するとき、夫婦が家を建てるとき、子どもの進学先を考えるときなど、さまざまな「コミュニケーション」が必要になるだろう。

しかし、そういった場面でスケジュールや段取りが決まれば、「コミュニケーションがうまくとれている」ということになるのだろうか。「次の交差点を右に曲がって、100m先の信号の手前で降ろしてくれ」とタクシーの運転手に言うように相手に伝えられたら、それでコミュニケーションは完結しているのだろうか。

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2003年12月18日 (木)

妻を映画に誘って「キモチ悪い」と言われた

私の話ではない(私は未婚だし(^^;;;)。どこかのWebサイトで読んだ話だとしておこう。

家族でテレビを見ていた、ある男性が隣にいた妻に「久しぶりに、今度映画でも見に行こうか」と言ったところ、「何よ、キモチ悪い」と言われたらしい。その男性は、とてもがっかりしてしまったとか。

映画に誘ったら「キモチ悪い」と言われた男性の気持ちは、察するにあまりある。確かに、ひどくがっかりするだろう。自分がなぜ妻にそんなにまで嫌われないといけないのか、わからないだろう。ただ、注目すべきは、妻にとってそれが当然だったりすることだ。

きっと、その男性は妻の心の動きに対して、非常に鈍感なのだろう。あるいは、気づいていても黙っているのかもしれない。妻から見ると、それが夫婦を遠ざける決定的な原因となっているのだ。そして、それに気づかない夫は、もはや他人と同じだ。それなのに「久しぶりに映画に行こう」などと、なれなれしく言われるものだから、「キモチ悪い」と思ってしまう。

妻に「キモチ悪い」と言われる男性は、それほど多くはないだろうが、似たようなことは結構ありそうだ。

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2003年12月17日 (水)

誰と結婚すればいい?

複数の選択肢がある人のための問いのようだが、結婚に踏み切るかどうかを決めかねているときにも、このテーマは深刻なものとなるだろう。ちなみに、今回は女性向け。男性向けは…誰か代わりに考えてください。(^^;

私の考えている答えは簡単で、「できるだけ長く一緒にいたい人と結婚すればいい」。もし2人の男性の間で迷っているなら、どちらの男性と長く一緒にいたいのか、長時間一緒にいても気疲れしないのはどちらか、長時間話したくなるのはどちらか、考えてみるといい。

こう考える理由は簡単で、夫婦になれば、否が応でも長時間顔を合わせることになる。このとき、顔を見たくないような男性を夫としてしまうと、非常に辛い生活を送らないといけなくなる。もちろん、できるだけ顔を合わせないよう、長時間一緒に過ごさないでよいようにする手はある。画策しなくても、そうなってしまうこともあるだろう。でも、男性が定年退職すれば、毎日が日曜日となってしまい、一日中、顔をつきあわせることになるのだ。

そのとき、自分は耐えられるのか、選択に迷っている女性はよく考えた方がいい。今、どうなのかは実はあまり関係ない(収入がないとか、暴力をふるうとかは、論外として)。と言っても、若い女性にはまったく通じないのだろうけれど。選択ミスをして、後悔している50代後半の女性にしか共感してもらえそうにないなあ>この意見。(^^;;;

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2003年12月14日 (日)

男女の違い

ほとんどの女性は、自分の話を聞いてもらうのが好きだ。共感してもらうことが女性の精神の安定には絶対に必要なのだ。だから、男性がいくら疲れていても、パートナーが何か話したいことがあるときは、できるだけ共感を持って聞くようにした方がいい。そして、そのときに「こうした方がいいんじゃない?」という提案は、基本的にいらない。聞いてもらっている間に答えの出てくることも少なくないし、だいたい答えのいらない問いであることもあるからだ。

ところが、男性は困ったことがあると話したくなくなる人が多い。男性も相手に受け入れてもらうことは快感につながるのだが、男性にとってそれはあまり大きな快感ではなく、「聞いてもらうだけでは問題の解決につながらない」と考える人も少なくない。また、男性の話を聞くときに、共感はあまり必要ない。むしろ、ただ励ましてもらえればいいときが多い。

女性が男性を励ます方法はいくつかあるが、もっとも直接的なのがセックスだ。女性は自分の体を開くことによって、男性の力を認め、「あなたは魅力があるのだ」と言っていることになる。これが男性には励ましになるのだ。もちろん、セックスでなければならないのではなく、その男性の力をよく見極めた上で、「あなたには、こんな力があるのだ」と言えれば、それは大きな励ましになる。

こう書くのは簡単だが、実行するのは大変難しい。男性は女性の話に提案を差し挟まず、共感を持ってただ聞くのは慣れていないことが多いし、女性はただ共感するのではなく、男性の魅力を「ほら、ここに」と差し出すことに慣れていないことが多い。

相手が欲しているところと自分の欠けているところの両方を知って、うまくカバーできれば、カップルの多くはうまくいくのではなかろうか。

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2003年12月13日 (土)

女性に好かれる方法

どんな女性にも通じるわけではないことを、最初に断っておこう。媚薬の話をしたいわけではない。

知らず知らずのうちに、自分に「殻」をかぶせ、日常生活で傷つきにくいようにしている女性は案外多い。きちっとした話し方や仕事ぶりを見せる人に、特に多いようだ。そういう「殻」を1枚ずつ「むいて」いってあげると、そういう女性は大きな安心感を感じるらしい。安心感を抱かせる相手に女性は心を開きやすいので、仲良くなれる=好かれる、というわけだ。

じゃあ、どうすればよいのか。いくつかポイントがあるが、まずは「よく見る」こと。そして、「よく聞く」こと。最後に、女性の心を「感じる」こと。この3つができれば、あとは相手の反応を見ながら、その都度、自分の考えを修正していくだけでいい。

「殻」のない女性や、「殻」を脱ぐ気のない女性などには、この手は使えない。そういう女性の方が多いので、この手はなかなか通じない。あしからず(苦笑)。

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