“できちゃった婚”はなぜNG?への意見もいろいろ出てきたので、私なりの考え方を書き留めておきたい。なお、トラックバックをもらったmiyashuさんのできちゃった婚について考えるもかなり参考にした。
さて、“できちゃった婚”を否定的に考える意見の中で、もっともよく見られるのが「“できちゃった婚”は、だらしない」というものだ。この意見を、今回はいささか論理的に検証してみたい。
以下、いずれも「○-1」「○-2」が前提で、「○-3」が結論(前提から推論した結果)である。
▼推論1
1-1.妊娠が可能な男女がセックスをすると、妊娠する可能性がある
1-2.男女両方が妊娠を望んでいない
1-3.セックスをするときは、避妊をすべきである
(注意)
ここでは、「妊娠しても、堕胎すればいいじゃないか」という意見は考えていない。生命倫理まで踏み込むつもりは、今はないからだ。
▼推論2
2-1.セックスをするときは、避妊をすべきである
2-2.すべきことをしないのは、だらしない
2-3.セックスをするときに避妊をしないのは、だらしない
以上、2つの推論によって「両方が妊娠を望んでいないのに、避妊をしない場合、そのカップルは(性的に)だらしない」という結論が導き出されたと言ってもいい。ただし、これでそのまま“できちゃった婚”を否定することはできない。miyashuさんも触れているように、常に「妊娠した=避妊しなかった」とはならず、避妊したのに妊娠したという可能性も少なくない。
つまり、以下の推論が必ずしも成り立つとは限らないわけである。(成り立つ確率は、かなり高いにしても)
▼推論3
3-1.避妊をすれば、セックスしても女性は妊娠しない
3-2.性交渉のあるカップルで、女性が妊娠した
3-3.そのカップルは避妊をしなかった
また、前提としている1-1、1-2、2-1、2-2が成立しないときもまた、「“できちゃった婚”はだらしない」という結論が導き出せないことになる。
たとえば、1-2を
1-2a.男女の片方または両方が妊娠を望んでいる
このように入れ替えたら、それ以降、推論は一切成り立たない。1-2aのように考える人を糾弾するには、別の論理(たとえば、「結婚と出産は、結婚が先でなければならない」というような)を持ち出す必要がある。
(この項続く)
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