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★聖書をどう読むか

たいていの宗教には、教典が存在する。すると、必然的に生じてくるのが教典の解釈の問題だ。テクストの理解は解釈を必要とする。宗教の教典のように多義的なものは特にそうだ。池田晶子・大峯顯「君自身に還れ」。200ページ

池田 だからイエスキリストも聖書で、私はメタファーで語るぞ、と最初から言っているんですよ。それをみんな字義通りに受け取ってしまうから。
大峯 そう、だからイエスが水の上を歩いたとかいう聖書の記述でも、奇蹟のように解するけど、あれは要するに、人間というものは信仰によって常識を越えた世界に入れるんだということを言っているんです。あれは各人のことで、何もイエスだけの特別な奇蹟じゃないです。ぼくは聖書の言葉をほとんどそういう具合に読んでいます。でも、非常に教条主義的な信者たちは、それはやはりイエスだけにできたことだというふうに考えますね。

聖書はメタファーだと考えれば、いろんな問題が解決する。イエスは死んだ後、三日後に復活したという記述を読めば、現代人は「そんなバカな」と言う。しかし、何らかのメタファーであると考えるなら、「死んだ後に復活した」と書いてあっても、「正しいものは、一時的になくなったように見えても、すぐに蘇るのだ」とか、「苦しんで得たものは、必ずためになるのだ」とか(これらは、出来が悪い例に過ぎない)、テクストの解釈という段階に移れる。テクストの解釈では、「正しい」「間違っている」の二律背反ではなく、「どの程度正しいか」「説得力があるかどうか」「自分はどう考えるか」といった尺度で物事を考えることができ、正しいか間違っているかの二律背反よりもずっと生産的だろう。

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