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★恋愛映画だいたい100選

【2ch】ニュー速クオリティに恋愛映画のスレがまとめてあったので、そこにあがっている映画をリストにしてみた。漏れがあるかもしれないし、100にはちょっと足らないけどご容赦。だいたい五十音順に並んでいるはず。ちなみに、名作ばかりではないと思う。私自身も「見たことはあるが、これはちょっとなあ」というのが混じっている。

  1. 25年目のキス
  2. 100本のたばこ
  3. CODE46
  4. 愛と青春の旅立ち
  5. アイリスへの手紙
  6. 頭の中の消しゴム
  7. 熱き愛に時は流れて
  8. あなたが寝てる間に…
  9. あの夏、いちばん静かな海
  10. アパートメント
  11. ある日どこかで
  12. いつか晴れた日に
  13. 愛しのローズマリー
  14. いま、会いにゆきます
  15. 妹の恋人
  16. ウエディングシンガー
  17. ウォーク・トゥ・リメンバー
  18. エターナル・サンシャイン
  19. 俺達に明日はない
  20. カサブランカ
  21. 髪結いの亭主
  22. カリートの道
  23. 彼氏が素敵になったワケ
  24. 完全なる飼育
  25. キス・オブ・ザ・ドラゴン
  26. きみに読む物語
  27. キルトに綴る愛
  28. キャントバイミーラブ
  29. 風と共にさりぬ
  30. グリーン・カード
  31. クレイジー/ビューティフル
  32. 恋するための3つのルール
  33. 恋する惑星
  34. 恋は負けない
  35. 恋に落ちたシェイクスピア
  36. 恋に落ちて
  37. 恋に落ちたら
  38. 恋の秋
  39. 恋のためらいフランキー&ジョニー
  40. 恋のゆくえ
  41. 恋はデジャ・ブ
  42. 恋人までの距離(ビフォア・サンライズ)
  43. 恋人たちの予感
  44. ゴースト
  45. サイドウェイ
  46. ザ・エージェント
  47. サマーストーリー
  48. シザーハンズ
  49. 仕立て屋の恋
  50. シャンドライの恋
  51. スウィート・ノベンバー
  52. タイタニック
  53. 小さな恋のメロディ
  54. 月とキャベツ
  55. 電車男
  56. 天使のくれた時間
  57. トゥルー・ナイト
  58. トゥルー・ロマンス
  59. ナビィの恋
  60. ノッティングヒルの恋人
  61. ハウルの動く城
  62. バタフライ・エフェクト
  63. バタリアンリターンズ
  64. パッチギ
  65. バッファロー66
  66. 日陰の二人
  67. ビフォア・サンセット
  68. ブエノスアイレス
  69. フォー・ウエディング
  70. プリティ・イン・ピンク
  71. プリティ・ウーマン
  72. ベティ・ブルー
  73. 僕の彼女を紹介します
  74. ホワイト・ライズ
  75. マイガール
  76. マディソン郡の橋
  77. マンハッタン花物語
  78. ミルクマネー
  79. ムーランルージュ
  80. めぐり逢い
  81. ラスト・オブ・モヒカン
  82. ラブ・アクチュアリー
  83. ラブストーリー
  84. 猟奇的な彼女
  85. レオン
  86. 恋愛適齢期
  87. 恋愛小説家
  88. ローマの休日
  89. 惑星ソラリス
  90. ワイルド・アット・ハート
  91. 忘れられない人

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★「モテる」の意味を考え直す

議論が錯綜してきたら、そこで使われている言葉の意味を改めて考えてみることが有効だ。多くの場合、言葉の意味が議論の途中でずれてきていたり、不適切になっていたりする。また、言葉の意味をとらえなおすことによって、問題の質が変化し、解決に向かって大きく前進することもある。「モテる」という言葉に関する議論もその一つだ。G★RDIASから。

一般には「モテる」とはいろんな女にちやほやされて恋愛・性愛しまくれることだと思われている。私はこれを「モテ」という言葉では呼ばない。(中略)私の言うモテとは、次のことである。「モテるとは、自分のほんとうに好きな一人の女から特別な好意を寄せられることである」(←ここ変更しました)。そしてこのような意味でモテるためになすべきことは、「その一人の女のことを心から大切にしたいと思っている」というメッセージを、その女のもとに届けることである。そのときに、注意しておかなければならないことがいくつかある。たとえば安全の確保、女の身になって考える、話をよく聴く、そしてその女ひとりだけに集中する、などである。

「モテる」という言葉の意味を、よく使われる意味から別の意味へと転換することによって議論がうまく整理できるだろうと思う。これにより、「モテたい」と思っている男女の思考は見事に解体されて、「セックスしたい」「異性から誉められたい」「友達に彼氏・彼女を見せびらかしたい」などという単純な欲望があらわになる。

kanjinai氏は、ここから恋愛至上主義とモテの関係に斬り込んでいくが、個人的にはここから先の議論には興味がない。「私はどうすべきか」「身の回りの友人・知人はどうすべきか」を知りたいだけだから。私にはまだまだ実践が必要らしいので。

ところで、「ほんとうに好きな一人の女」のことを「心から大切にしたい」と思ったとき、その女から離れた方がいいなら、どう振る舞うべきだろうか?いや、問うまでもないか。

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★人生には時間が必要だ

「他人より10年遅れている」と、昔、父は言っていた。家庭の事情で中学を卒業してすぐに働き始めたがために、仕事のやり方がすべて自己流になってしまい、しなくてもいい失敗を繰り返したからのようだ。その父の息子である私もまた、別の理由で他人より10年も社会に出るのが遅れた。

親子そろって、大きな回り道をしていたわけだが、仕事を引退するまでに稼ぐカネの金額や成し遂げることができた仕事の量という点では、こういう回り道は当然マイナスにしかならない。しかし、視点を変えれば、どうだろうか。池田晶子・大峯顯「君自身に還れ」。240ページ。

池田 真理であるならばそれは必ず現れるはずだと、先生仰るわけですね。
大峯 そうです。
池田 そうですか。十年すればわかるかもしれない
大峯 そうそう。そんなに早くわかってもらっちゃ困る(笑)。なま覚りになるから。
池田 とても覚ってませんから。いえ、方角はわかってるんですけれどね。
大峯 だけどね、やっぱりこれには時間がいるんですね。
池田 私はそのために人生があるんだと思っています。
大峯 人生の時間の意味っていうのはそういうことではないかと思う。今すぐには決められないんですよ。

真理、すなわち「ほんとうのこと」を知るためには時間が必要だと言う。まったくそうだと思う。回り道した10年の間に、明らかに「ほんとうのこと」には近づいた気がする。池田のように「方角はわかって」いたとも言えないが、しかし、回り道する前と比べると、「ほんとうのこと」が少しだけわかった。今も、ほんの少しずつだけど、「ほんとうのこと」に歩み寄りつつあるように感じている。とはいえ、「ほんとうのこと」をこの手でつかむことはできない。近づくことができるだけ。どうせこの手につかむことができないなら、いつ死んでも同じ。だから、早死にしないかとおそれることはない。

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★聖書をどう読むか

たいていの宗教には、教典が存在する。すると、必然的に生じてくるのが教典の解釈の問題だ。テクストの理解は解釈を必要とする。宗教の教典のように多義的なものは特にそうだ。池田晶子・大峯顯「君自身に還れ」。200ページ

池田 だからイエスキリストも聖書で、私はメタファーで語るぞ、と最初から言っているんですよ。それをみんな字義通りに受け取ってしまうから。
大峯 そう、だからイエスが水の上を歩いたとかいう聖書の記述でも、奇蹟のように解するけど、あれは要するに、人間というものは信仰によって常識を越えた世界に入れるんだということを言っているんです。あれは各人のことで、何もイエスだけの特別な奇蹟じゃないです。ぼくは聖書の言葉をほとんどそういう具合に読んでいます。でも、非常に教条主義的な信者たちは、それはやはりイエスだけにできたことだというふうに考えますね。

聖書はメタファーだと考えれば、いろんな問題が解決する。イエスは死んだ後、三日後に復活したという記述を読めば、現代人は「そんなバカな」と言う。しかし、何らかのメタファーであると考えるなら、「死んだ後に復活した」と書いてあっても、「正しいものは、一時的になくなったように見えても、すぐに蘇るのだ」とか、「苦しんで得たものは、必ずためになるのだ」とか(これらは、出来が悪い例に過ぎない)、テクストの解釈という段階に移れる。テクストの解釈では、「正しい」「間違っている」の二律背反ではなく、「どの程度正しいか」「説得力があるかどうか」「自分はどう考えるか」といった尺度で物事を考えることができ、正しいか間違っているかの二律背反よりもずっと生産的だろう。

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★女は股を開き、男はそれにカネを払う

金曜の夜なので、会社から書いてみる。ちょっと昔のエントリだが、ブックマークから見つけたので紹介。「セックスなんてくそくらえ」から。

男はなぜ女に飯を奢るか。なぜこんな簡単な質問に悩む多くの人間がいるのだろうか。女は股を開き、男はそれにカネを払う。そこに何も不健全なことはなく、まったくもって当然なことである。

これとは別に、はてなのAnonymous Diaryのどこかだったか、2ちゃんねるのまとめブログのコメントだったか、読んだ場所は忘れてしまったけど、「男女関係なんて、女に股を開かせるためのゲームだよ」と書いてあったのを覚えている。もしかして、もう書いたかな?

いずれもフェミニストならずも多くの女性が眉をひそめるような内容だが、腑に落ちる部分もある。なぜかというと、飯を奢らない男(=ケチ)を嫌う女は多いからである。もちろん、飯を奢ったからといって股を開いてくれるわけではないが、飯を奢らないと、その「ゲーム」のスタートラインにも立てない。

しかし、よく考えてみたら、なぜ飯を奢らないケチな男は嫌われるのかな。

あらゆる男女関係が買春であるということが可能なのであれば、奢る奢らないなどという倫理的な議論はそもそも意味がないのであって、女は金銭と体を交換することができる生き物であり、男は体を開く対価として金を払い、奢っているに過ぎない

あまり目新しい議論ではないが、やはり正しいのかもしれない。とはいえ、すべての女に通用するわけではないこともまた事実だ。そのあたりの違いは、今ひとつはっきりしない。コメントかトラックバックで教えてくれるとうれしい。

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★女性がセックスの最中にして欲しいこと

また【2ch】ニュー速クオリティから。今度は、女性に聞いた「Hの最中にしてもらえると愛情を感じること」。前にも書いたとおり、こういうのはそれぞれの意見を取り上げるよりも、全体の傾向を見た方がおもしろい。適当に並べてみる。

  • 髪をなでられる
  • キス。できれば、手を握りながら、あるいは髪をなでながら
  • 正常位でディープキス
  • セックスの後も抱きしめたりなでたりされる
  • 後ろから抱きしめられる
  • 自分が射精することを優先しない
  • 乳首や性器より先に背中をなでられたり、腰や膝の内側にキスされる
  • 背中を優しく触られる

彼女に自分の気持ちをちゃんと伝えたいけど、セックスの最中にはどうすればいいのかわからない人がいれば、是非参考にしてみて欲しいな。私のお薦めは、セックスの後に抱きしめるのと、背中を優しく触るのかな。お尻に触りたくなるけど、背中の方が敏感じゃないかな。

ただし、相手の反応を見ながらやるのは絶対。相手の表情を推し量るスキルがあれば、実はセックスはだいたいうまくいくんじゃないかと思う。まあ、あまり好きじゃない相手としてるとか、セックスは自分のたまっているものを出すためだとか、そんな風に考えている男にはあまり関係ないことだと思うけど。

ところで、ちょっと忙しくて数日更新しなかったりですが、更新しないとこのブログは一日の訪問人数が100人台前半まで落ちるんですね。ちょっと驚き。

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★セックスの本質は…

 峡北地域の高校生グループが同地域の高校生約九百人を対象に性に関する実態調査を行ったところ、高校時代の性体験を生徒の四割が容認していることが分かった。八日にベルクラシック甲府で開かれた県高校保健研究大会で発表した。二十四年前に峡西南地域の高校生が行った同様の調査では、異性との交際を始めた時期が高校一、二年生という回答が多かったのに対し、今回の調査では中学一、二年生へと移っていて、研究調査グループは初体験も低年齢化しているとみている。(中略)

 「今まで性行為をしたことがあるか」と聞いたところ、「ある」と答えた男子は16%、女子は15%で、日本性教育協会が二○○五年に行った青少年の性行動全国調査の性経験率(男子26・6%、女子が30・0%)に比べ、10-15ポイント少なかった。

 経験者のうち、初めての性交体験の時期は、男子は36%、女子は37%が高校一年生。次いで男子は中三で28%、女性は高二で25%だった。「性行為はいつからしてもよいと思うか」という質問には、男女ともに44%が「高校生」と答え、高校生の性行為を容認する意見が目立った。(後略)

このニュースに対して、2ちゃんねるの反応はいつも通り、やせ我慢と羨望と諦めの感想が多い。

セックスで一番大切なのは、ペニスをヴァギナに挿入することじゃないと思う。もちろん、セックスの成立要件としては必要かもしれない。でも、それで終わりじゃない。

「チ○ポをマ○コに突っ込むことしかないじゃん?」と単純に理解するだけで事足りる人はそれでもいいだろう。しかし、セックスをそのように薄っぺらにとらえない方が、自分のためになると思うんだよね。

セックスって、自分のもっともプライベートな部分を他人にさらけ出すことだと思う。プライベートな部分というのは、体の一部だったり、心の一部だったりする。

もしセックスについて、たとえば食事と同じくらい、ためらいなく話せたり、気軽なものだと思ったりしているなら、大切な人に自分のプライベートな部分(弱みでもある)を見せて対話する、コミュニケーションを取ることが難しくなるのではないかな。

コミュニケーションを取る方法は他にもあるけれど、セックスによってコミュニケーションを取りたい関係というのもある。そんなときに、プライベートな部分は持っていた方が気持ちが伝わりやすいのでは?

セックスで、相手に自分のプライベートな部分を見せることでコミュニケーションを取る方法が採れないなら、別の方法を用意する必要がある。それはきっとセックスよりもずっと面倒で、難しいものだと思う。風俗嬢とか、いわゆるヤリマンともし結婚するとなったときに、一番大きな問題になりそうなのは、きっとそこだと思う。

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★アナタも私もいずれ死ぬ

2ちゃんねるのまとめブログ(アルファルファモザイク)より。

誰でも、いつか必ず死んで焼かれて終わり、ということを普段忘れてるもんな…。どんなに幸せな家庭を築こうが、どんな不幸な目に遭おうが、どんなに有名になろうがなるまいが今楽しくても辛くても、行き着く先は遅かれ早かれ必ず死だもんな。/先に死んで行った人達がそうであるように自分が死んでも世の中は何の変化もなく、時代は流れて月日は過ぎていくんだもんな。(本文46)

そう、まったくその通り。死は、交通事故のように、たまたま運の悪い人が遭うものではなく、生まれてきた人全員が必ず出くわすものだ。元記事にもあるが、死ぬことは不幸だとすれば、人間は残らず不幸である。あるいは、人生の最後に不幸に遭遇することになる。それは「不幸」という言葉の定義にそぐわないのではないか。元記事の、次のくだりは記者の浅はかさを露見するものだと思えて仕方がない。まあ、新聞記者では、いくら年を取ってもこの程度かもしれないが。

がんで体を病んでから、例えば家族に手を握られた時のぬくもりといったささやかなことにも幸せを感じられるようになったとすれば、死はその患者にとって不幸なものではなくなっているかもしれない。(中略)結局のところ人生の終わりの幸、不幸は、その時が来てみなければわからない、というよりその時の心の中にしか本当の答えはないのではなかろうか。

問題は、むしろ、「幸福」「不幸」の言葉の定義だよ。もし「幸福」を「老いても、好きになるお金が多いこと」だとすれば、幸福になるのは簡単だ。人から盗んででも、人を騙してでも、蓄財すればいい。それで「幸福になれる」と考える人に言う言葉はない(「それは、真の幸福ではないぞ」という言葉も不要だ。お節介である以上に、それを他人に向かって言うことが間違っているから)。あるいは、世間で、ネットで、自分の名前が取り沙汰されるのを「幸福」だとするなら、あることないこと書きまくって、「釣り」を仕掛けるのがいい。間違っているかもしれないことでも、世間の目を引けばいいのだから、これもまた簡単な話だ。才能は必要かもしれないがね。

しかし、それらに満足できないなら、「ほんとうの幸せって何か」ということが気になるなら、去っていった女のことをいつまでも忘れられないなら、最後には死んでしまうことが気になるなら、「幸福」と「不幸」の言葉の意味について、考え続けることを強くお勧めする。ちなみに、私も考え続けることになるはずだ。

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★男もフレグランスを付けてみては?

フレグランスとは、香水やオーデコロン、石けんなど香りのするもの一般を指す名称らしい。どうやら、女性に対して一定の効果があるようだ。Yahoo!ニュースより

「フレグランスをつけている男性は好きですか?」の問いに対し、10.4%が「とても好き」、63.8%が「まあ好き」と回答。合計で4人中3人にあたる74.2%が「好き」と考えていることが分かった。「どんな場所やシチュエーションで男性のフレグランスの香りに引かれますか?」の問いに対する答えは、1位が「路上ですれ違った時」で68.7%。続いて「通学・通勤の乗り物の中」(49.3%)、「学校、職場」(45.5%)だった。同研究所は「女性が香りに引かれるのはさりげない一瞬であることが分かる。そこが勝負の分かれ目」と分析している。

 また、「ふとした瞬間に男性からフレグランスの香りがして思わずドキッとしてしまうことがあるますか?」の質問に、14.6%が「よくある」、52.7%が「たまにある」と回答。「彼氏以外の男性のフレグランスの香りに引かれたことは?」の問いには、19.4%が「よくある」、48.9%が「たまにある」と答えた。さらに「フレグランスや香りがきっかけで相手の男性に好意を抱いたことは?」と問いに対しても、「YES」と回答した人が27.8%いた。

調査対象は16歳から29歳までの309人。記事でも分析しているが、万能薬ではないにしても多少は意識してみるのもいい。男性のフレグランスによって、女性が嫌いな男性を好きになることはないだろうが、今まで意識していなかった男性を意識するようになったり、好きな男性をもっと好きになったりするきっかけにはなるんじゃないかな。

ちなみに、自分はどうかと考えてみたら、嫌いではない女性からいい香りが漂ってくれば、少し好意を持つかな。嫌いな女性のフレグランスは、勘弁して欲しい。また、知らない女性のフレグランスは臭いだけ。どれだけ美人でもね。

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★結婚相談所ではなぜ結婚できないのか

自分の適性にあった仕事を探すことを推奨したら、転職を重ねる「ローリング・ストーン族」、フリーター、ニート、「自分探しの旅人」ばかり増えてしまったと内田樹はいう。

大学三年生相手の就職セミナーでリクルートの営業はまず最初に「みなさんは自分の適性に合った仕事を探し当てることがもっとも重要です」と獅子吼する。/その瞬間に若者たちは「この広い世界のどこかに自分の適性にぴったり合ったたった一つの仕事が存在する」という信憑を刷り込まれる。もちろん、そのような仕事は存在しない。/だから、「自分の適性にぴったり合ったたった一つの仕事」を探して若者たちは終わりのない長い放浪の旅に出ることになる。

 同じことが、結婚情報産業についても言える。

この思考は「自分の個性にぴったり合ったたった一人の配偶者がこの世界のどこかにいる」という信憑と同型のものである。(中略)これも「何度見合いしてもぴったりした人に出会えない」人が多ければ多いほど利益が計上されるようにビジネスモデルが構築されている。

だから、結婚相談所(特に、成婚料を取らない大手結婚相談所)と契約することは、非モテにとっては、まったくお金をドブに捨てるだけの行為だ。中には、「結婚を考えていて、彼氏のいないとわかっている女の電話番号がたくさん手に入るんだ。それ以上、何を望みたいんだ?オレにはそれで十分さ。いい女を見つけてやるぜ」という猛者もいる。その考え方でいける人はいい。だいたい、そんな奴は結婚相談所にわざわざ来なくても、そのうち相手を見つけられるだろう。問題は、結婚相談所に来ないとどうにもならないと悟った非モテ、特に男たちだ。

パーソナルな視点で見れば、いろんなテクニックを身につけ、考え方を変えれば、藻男も結婚できるかもしれない。しかし、できるだけ結婚させないためのビジネスモデルをもとに商売している結婚情報産業は、マクロ的な視点が見れば、許し難い。

…でも、結婚したい。

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★幸せになるには

「幸せとは何か」とか「どうすれば幸せになれるか」とかについての言説は、古今東西、枚挙にいとまがない。この問いには、論じる人の立っている場所によって、いろいろな答えがあり得る。「どれが一番正しいのか」というのは意味がないと思う。むしろ、「自分にとって何が必要なのか」を考える方が実りがある。

さて、池田晶子・大峯顯「君自身に還れ」をさらに読み進めていると、こんなところがあった。148ページ。

大峯 幸せっていうものは求めるものじゃないんだな。「幸せっていったい何だろうか」と考える人が幸せになっていくんですね。幸せを生き甲斐、幸せを人生の目的にしなかった人が、顧みると「ああ、自分は幸せな一生だったな」というふうに思うんじゃないでしょうか。(中略)やっぱり、本当のことを知らないと、本当に生きたことにならないものね。(中略)やっぱり本当のものですよ、本当のものに出会ったら人間は満足する。(中略)人間はいつ満足するかというと、嘘でないものに出会ったら満足するんです。

自分自身を振り返ってみると、本当のものに出会ったら、確かに満足する。後悔しない。実生活で本当のものを追い求めるのは難しいが、常に本当のものを求め、それ以外のものを二次的だとすることによって、何か得られるのではないか。お金や名声ではなく、別の何かが。

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★男が女を妊娠させるとは

昔、アダルト向けのアニメを見ていたら、膣内に射精した男が「妊娠させてやる!」とか「はらめ!」とか叫んでいるシーンがあって、馬鹿馬鹿しいなりに何か納得するようなところがあった。

その後、実際のセックスでは「妊娠させたい」と思ったことは記憶にない(未婚だし、相手とは将来結婚できない状況だったし)が、しかし「妊娠させてやる!」という気分は自慰の時に役立つ(つまり興奮する)ことを最近発見した。

今はもし女を妊娠させたとしても、特に問題なく家庭を営める状況である。「妊娠させてやる!」という気持ちは、実際に子供ができて、その女と結婚することになったとしても、子供と妻のいる日常生活への入り口における1つのエピソードにしか過ぎない。だから、特に取り上げて云々する価値がないのかもしれないが、しかしそれでもなお「妊娠させてやる!」という言葉や気持ちは、私にとっては扇情的である。「G★RDIAS」によれば、同じことをパスカルも書いているらしい

おそらくパスカルは、妻の妊娠を知らされて、ほとんど性的な興奮を覚えたのだろう。それは雄叫びにも似た、男という性を持つものが究極の目的を達成した瞬間の、ほとんど肉体的な反応だったようだ。これに似た証言は、パスカル以外の男性からも幾度か耳にした。

雑な書き方だけど、今日はこんな感じで。あと、機を改めて書きたいが、「男とは…」「女とは…」という語り口と、「私は…」「彼は…」という語り口の整合性はどうとればいいのか、コメント欄を見ていると、考えさせられた(議論の成立要件が重要な気もするけれど)。

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加藤鷹のセックステクニックを盗め

ちょっと煽ってみました(笑)。まだ、全部見ていないのですが、男性諸氏のみなさん、よかったらどうぞ。あ、YouTubeにもあるみたいですが、探していません。

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★妻は夫に何を与えるか

自分で食事を作る(料理をする)独女の比率は、独男に負けず、かなり低そうだ。私の周囲の独女たちは、話をちらちら聞いていると、ほとんど外食とコンビニ飯だとか、作るにしてもレトルトくらいだ(料理とは言わないな)とか、親と住んでいるので食事は作らないとかが多い。

真紀子さん(仮名・31歳)は家族とともに住む独身女性。(中略)料理はしないが、美味しいものを食べるためなら金銭と手間を惜しまないグルメ。しかもルックスも人柄もよく、ご馳走してくれる男性には不自由しないし、新しいレストランにいってもたちまちお店の人と親しくなることができる。しかし、そんな真紀子さんも一応「結婚はしたい」と断言する。/「そりゃできるならすぐにでもしたいです。でも結婚したって料理はしませんよ。あと毎日美味しいものを食べさせてくれる人じゃなきゃ嫌。そういう人、いませんかねぇ」

何を言っているのか、自分でわかっているのだろうか。こういう時代だから、「女は家を守り、男は外で働く」という考え方が古いのはよくわかる。女だって、外で働いていい。男と同じようにストレスにさらされながら、組織内での成功を追い求める。そんな人生を選択するのもいいだろう。

問題は、それを選択しない女だ。結婚後、夫は妻を養うために会社で身を粉にして働く。それはいい。では、妻は夫のために何をするのだろうか。子供を産んで育てるならいいと思うが、子供を育てるとなると、上で出てきた真紀子さんの方針は水泡に帰す。子供ができても「料理はしませんよ」なんておちゃらけたことを言うのはDQNだけだ。夫はともかく、子供にはちゃんと食べさせる義務があるからだ。また、子供の教育にかけるお金を捻出するため、夫婦だけの頃とは異なり、生活をある程度切り詰める必要が出てくる可能性は高い。

「じゃあ、子供は作らない」というのも、これまた選択肢の1つだけど、そうなると妻はいったい何をして毎日過ごすのだろうか。「掃除・洗濯はするけど、料理はしない」ということ?これって、新入社員が先輩に言いつけられた仕事を「それはボクの仕事じゃないです」と言って断るのと似ている。全体が見えてなくて、自分のポジションがわからない人間の言うことだ。もちろん、夫婦というのは夫と妻が合意していれば、どんな関係であってもいい。だから、仕事はせず、料理もしない妻と、仲良く暮らす夫…という形があってもいいし、変ではない。ただ、仕事で疲れて帰ってきた夫が、仕事も料理もしない妻を必ずしも受け入れるとは限らない。少なくとも、私なら「キミはどういうつもり?」と聞きたくなるだろう。そんな妻を受け入れるためには、私にとってとても魅力的であり(美人だとか、グラマーだとか、セックスが素晴らしいとか、そんな低次元の話をしているのではないよ)、私に対して常に心を開いている存在でなければならない。

まあ、セックスを餌にして、「働いて私を食べさせてくれないと、エッチさせてあげない」という手もあるけれど、どんな男にも通用するわけでもないし、いつまでも通用するかはわからないし、このご時世だから離婚を切り出されたら、いきなり窮地に追い込まれる。また、男が精神的に依存していて、仕事も料理もしないけれど、ただそこにいるだけの女を必要とする場合も多いだろうが、そういう共依存的な関係は、いいことと悪いことと両方あると思うな。

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★「私」は私だけのものではない

「内田樹の研究室」の「礼について」から。

「もういない人」の不在と「まだいない人」の不在をともに欠如として感知する人々が「家族」を構成する。それが解体しつつある。

「もういない人」とは先祖など死者のこと。「まだいない人」とはこれから生まれてくる子供、そしてこれから隣に座るはずの配偶者のことだろう。死者に頭を垂れ、家族を期待する。これから生きていくのは、あるいはこれまで生きてきたのは「私」だけでない。「私」は、もう死んでしまった者から、これから生まれてくる者へと連なる歴史の中にいる存在である。

もしそんな視点を失って、「私」だけの幸せを追い求める人たちが多数を占めるようになれば、人間の在り方は決定的に変質するだろう。それは、ある種の「進化」だけど、その「進化」の持つ意味や影響を考えないまま、あるいは「進化」したことを知らないままでいるのは、とても危険だと思う。

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★死を乗り越えるために最低限必要なこととは

先日、大学院在学時代の先輩が亡くなった。50歳にまだなっていなかった。いろんなことを教えてくれた人で、私の人生の恩人だ。今のように、文化に関心を持つ生活を送れるようになったのは、その人のおかげだ。数年前に、同じ会社に勤めていた同僚が30歳で亡くなったのを聞いて、とてもショックを受けたが、そのときよりもずっと近い人が亡くなって、しばらくずっと考え込む日々だった。池田晶子・大峯顯「君自身に還れ」90ページ。

大峯 果たして死は万一でしょうか?すべての人が死ぬのに。
池田 100%ですよ。
大峯 100%です。(中略)自覚がなければ死を超えられないですから。死の自覚があって初めて死を超えることができるんであって、自覚がなかったらダメですね。(中略)死に出会ってびっくりして目が覚めて考え始めるんだね。人間に思考を最初に与えてくれるものは死ですよね。
池田 必ず死ですね。そして、変わらぬものと変わらないものへの思索が始まる。
大峯 知は驚きから始まる。驚かないと哲学は始まらない。
池田 「いつまでテキスト読んで哲学やってるの、あんた死ぬんでしょうが」と言ってもわからないんですよ。驚かないもの、驚けとは言えないんですよ。

「私はもうすぐ死ぬ」という自覚なしに死んでしまうことほど不幸なことはないと思う(「もうすぐ」というのは、哲学的な意味合いであって、時間的に5分後とか、そういう意味ではない)。私自身も、アナタも、愛する人も、憎むべき人も、お金持ちも、貧乏人も、優しい人も、犯罪者も、首相も、教祖も、みんな死んでしまう。それこそ、100%の確率で。現に、著者の一人である池田晶子も亡くなった。亡くなった先輩が、そのことを自覚して亡くなったのであればいいのだが。いや、すべては後の祭り。合掌。そして、涙。

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