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★中学3年・男子、彼女ができて生活が乱れたのだが…

中学3年生の息子を持つ女性からの相談。YOMIURI ONLINEから。

中3の息子のことで、ご相談します。今までは勉強も部活も一生懸命頑張っていましたが、なかなか成果が現れないことからか、自暴自棄になっています。また、彼女が出来てからは彼女の言いなり(かっこいいところを見せたい様子)で生活がかなり乱れてしまっています。最近は塾を辞めたいと言っております。学校の先生には反発しており、授業中は彼女に手紙を書いているか、寝ている状態の上、塾を辞めたとしても彼の自由な時間は彼女と夜、ふらふらするために使われてしまうのではと不安です。彼女も息子に夢中なようで、ともかく会いたがり、くっつきたがります。彼女に勧められてアルコールを外で飲んできたり、大衆の中でキスをしていたりと、ともかくはちゃめちゃです。塾だけはきちんと行っていたのですが・・・・。このまま彼の意思を認めてあげるべきなのか、とても悩んでおります。

これ、「彼女ができたから、生活が乱れてきた」とか、「塾を辞めたいという彼の意思を認めるべきか」とか、そういう問題じゃないぞ。

まず、「彼女に勧められてアルコールを外で飲んできた」というのは、深刻な問題で、立派な非行であり、違法行為でもある。これは、彼女の親や学校とも話し合う必要があり、この件を放置したまま、彼女と息子の関係を云々しても仕方ない。

この相談を読んでいて、思い出したことがある。

大学に入ったばかりの頃、中学時代の同級生から頼まれて、同級生の親戚の中学3年生男子の家庭教師を半年ほどしていたことがある。彼は、分数の計算も怪しいほどで、成績は下から10%に入るような状態だった。公立高校の最下位にも入れるかどうかわからない学力だった。

家庭教師に行き始めてしばらくすると、2時間の時間のうち、半分ほど最近熱中しているギターのことを話すようになり、練習の様子を見せてくれるようになった。当時、子どもを教える人間としては全くの役立たずだった私は、彼の話を聞くことがプラスになると思っていたため、ギターの練習を我慢して見ていたのを記憶している。

結局、彼の学力はほとんど向上せず、お金を出せば誰でも進学できる専門学校に入学したと聞いた。今頃、どうしているだろうか…。

後になって気がついたのだが、問題は家庭環境にもあった。家庭教師の時間が終わった後、いつも夜9時過ぎになるわけだが、彼はその後、外に遊びに行くことが多いようだった。親はそれを止めるでもなく、自分が友達とカラオケに行っていたこともあった。まったく、「DQNの子はDQNである」という命題は正しい。

さて、この質問者の件に戻る。勝手なアドバイスをするなら、まず子どもに対して夜間外出を禁止すること。当然、親も夜間は出歩かないこと。子どもに勉強させたいのであれば、親も家庭内に勉強しやすい雰囲気を作ること。彼女と会うときは、家に呼ばせて、親も一緒になって話すといい。また、非行に属する行為(飲酒、喫煙、器物損壊、窃盗、傷害など)は、警察や学校など関係機関と連携して厳しく指導することを言っておき、その通りに振る舞うこと。何より、社会のルールや、社会で生活する上で必要な力を身につけさせるのは、親としての義務であると考えて、塾には行かせること。この生徒の学力は、おそらく中位以下だと思われるので、それに対応できる体制の塾に変更するのはかまわないが、塾通いを止めさせるのは、凧の糸を切ってしまうようなもので、絶対に勧められない。

…とまあ、子どものいない男が力説しても、説得力がないが。

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★「潤い」は血液からしみ出した水分

膣内が「濡れる」のは、骨盤腔内に流れ込んだ血液から水分がしみ出したために起こる現象だとのこと。毎日新聞のサイトから。

以前は、腟に口を開いているバルトリン腺からの分泌液が「濡れる」の正体だと信じられていました。しかし、事実はといえば、その多くは腟を取り囲む毛細血管からしみ出た液が作り出す現象なのです。性的な興奮が起こると、男性のペニスが勃起するように、女性も骨盤腔内に大量の血液が流れ込みます。興奮時、腰のあたりが熱くなるのはそのためです。さらに、腟を囲む毛細血管が流れ込んだ血液を受容できる能力を超えてしまうと、水分をたっぷり含んだ潤滑液が腟の壁からしみ出すことになります。わかりやすく言えば、暑い日に汗をかくように、「濡れる」というのは腟が汗をかいているのと同じことなのです。

骨盤あたりに大量の血液が流れ込むことで、膣内に水分が出てくるのが「潤い」の正体だとは知らなかった。不勉強を反省しなければ。

また、言うまでもないことだが、男性は、女性が「濡れる」までじっくりと愛撫する必要がある。

ということは、どんな年齢であっても、時には卵巣や子宮が手術によって摘出されたとしても、腟周辺部に血管が存在する限り、濡れるのです。言い換えれば、性的興奮が十分高まる前に挿入しようとすれば、若い世代でも性交痛があるように、挿入前には興奮を高めるために、心と体のコミュニケーションを強める丁寧な前戯が必要となります。動脈硬化が進行し始める世代では、「濡れる」までの時間が長引くことになります。

ただし、男性と女性が心と体のコミュニケーションを始めるタイミングは、セックスをしようという段になってからでは遅すぎる。男性は、女性の話に耳を傾け、心のコミュニケーションを図るとともに、手をつないだり、腰に手を回したり、軽く触れる体のコミュニケーションをしておくことが重要だろう。女性は、男性のストレスを軽減するように気を配り、彼が大切に考えている分野(仕事や趣味など)でのプライドを保てるように誉めてあげることが重要ではないか。

…とまあ、独男が偉そうに言うものでもないか。

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★今夜はどこでしたい?

イギリスでは、ベッド以外でセックスに適した場所には、リビングを挙げる人がもっとも多かったとか。その他の場所としては、浴室、書斎、庭、温室、隣人の家(!)があがっていたらしい。では、日本人は? livedoorニュースから。

屋内では1位ベッド、2位布団、3位風呂場、4位畳の上、5位床の間、以下台所、トイレ、ベランダ(!)の順番。そして屋外では1位車の中、2位公園、3位オフィス、4位公衆トイレ、5位映画館、以下路上(!)、カラオケボックス、お墓(!!)、教会、神社と続く。

ベランダは、開放的でいいのではないかな?経験がないのでわからないが…。映画館や路上というのは、ちょっと難しそうだけど。お墓は人気が少ないし、静かだけど、気持ち悪くないのだろうか?

ビタミン三浦氏はこう語る。

日本人に人気がある場所といえば、やっぱり学校や病院、オフィス。これが三種の神器じゃないの? 前も言ったけど(関連リンク参照)、人はタブーを犯すことに興奮を覚える生き物だからね。

ビタミン三浦氏によらなくても、人はタブーを犯すことに興奮を覚える。やりすぎると、変な習慣が付いてしまったり、強い刺激でないと興奮しなくなったりするため、注意する必要があるが。

西洋と日本というより、狩猟民族と農耕民族の違いがあるね。海の向こうからきた人は、もともと狩猟民族だからキスとかなめあうとか、直接的な刺激がある。体力があるからね。一方、農耕民族は体力がないから物を使ったり、場所で興奮したり、妄想を深めたプレイが人気なんだ。日本人は、大脳が発達しているから、場所やシチュエーションで興奮するんだよ。外国じゃ、そうはいかない。ヌードをちゃんとみないと興奮しないんだ。

妄想を使ったプレイといえばコスプレ風俗を思い浮かべるが、日本以外ではあまり聞かない。たとえば、アメリカにはなさそうな気がするが、実際にはどうなのだろう。

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★あなたは子どもをもっと産みたいですか

内閣府が、日本を含む5カ国で調査したところ、「子どもを増やしたい」と思う人の数は日本が最低だった。Excietニュースから。

 内閣府が日米韓など5カ国で実施した「少子化社会に関する国際意識調査」によると、子供を持つ男女のうち「子供を増やしたい」と答えた人は日本で約4割と調査国中で最も低く、約8割のスウェーデンの半分程度の比率にとどまった。日本や韓国では「増やしたくない」と答えた人の半数以上が「子育てや教育に金がかかりすぎる」と金銭的理由を挙げ、他国に比べて金銭負担が重荷となっている実態が浮かび上がった。

 調査は昨年10~12月、合計特殊出生率(女性が一生に産む子供の数)の低い日本(03年1.29)と韓国(同1.16)、高い米国(同2.04)とフランス(同1.89)、スウェーデン(同1.71)の計5カ国を選び、それぞれ20~49歳の男女約1000人を対象に実施した。

 子供を持つ男女に「さらに子供を増やしたいか」と聞いたところ、「増やしたい」は日本が42.6%で最も低く、「増やしたくない」は53.1%だった。韓国も「増やしたい」が43.7%どまり。「増やしたくない」と回答した人のうち日本では56%、韓国も7割近くが、金銭面を理由に挙げた。

 一方、スウェーデンは81.1%が「増やしたい」と回答。米国は81%、フランスも69.3%と高かった。内閣府では「この3カ国は保育サービスの充実や税制上の優遇措置が優れているほか、子育てへの金銭的支援もあり、出生率に影響しているのではないか」と指摘している。

 また「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」との考え方について日本は「賛成」が57.1%と最高で、最低のスウェーデンは8.6%だった。「子供を産みやすい国か」との質問に、日本は「とても」と「どちらかといえば」を合わせた肯定的な回答が47.6%。韓国は18.6%で最低だった。スウェーデン(97.7%)、米国(78.2%)、フランス(68.0%)は肯定的な回答が多かった。【渡辺創】

この記事のポイントは、すでに子どものいる人が「これ以上子どもを増やしたくない」と思う理由が「子育てや教育に金がかかりすぎる」ことだ。子育ては確かにお金がかかる。人並みのことを子どもにしてやろうと思ったら、一財産を消費する覚悟が必要だし、きちんとした教育を受けさせようとしたら、金に糸目を付けないくらいのつもりでないといけない。東大生の家庭の多くが資産家であることは、有名な事実だ。

政府も対策を立ててはいるようだが、まだまだ不十分だ。少子化対策には、もっと力を入れてもらいたい。

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★亡くなった恋人のことを想う

このような体験をした人の心は、時間しか癒すことができないのだろう。とても月並みなのだけど。

彼の死」(途中から音楽が流れます)

彼を見送った彼女のブログはこちら、彼女の思いはこちらで。

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★男がセックスしたくなるのは、どんな女か

「男がセックスにおいて興奮する女とは、離れている女だ」と水野敬也氏は言う。「ウケる日記」から。

自分の持っているものを失ってしまうのではないか、という不安が男を興奮させるのです。そして、この「不安」をもっと広義にとらえるのであれば、男がセックスにおいて興奮する女とは、「離れている女」だと表現することができるかもしれません。

離れている女とは、たとえば「手に入りそうにない高嶺の花」「手に入れたと思ってもすぐにいなくなってしまいそうな女」「連絡がなかなか取れない女」

こうして、離れていることで、不安にさせられた男たちはセックスという「結合」によって安心する、もっといえば、離れている距離が遠ければ遠いほど、その結合の瞬間であるセックスの快楽はその分だけ増すと言えるでしょう。セックスにおける快楽は、不安によって培養されているのです。


本当に不安が男を興奮させるのかと聞かれれば、「そうかもしれない」としか答えようがないが、「連絡がなかなか取れない女」あたりは自分の経験上、その通りではないかと思える。しかし、連絡がまったく取れない女ではいけない。たとえば、メールの返事が数週間ないような女に対しては、興奮するのではなく、その存在を忘れてしまう。連絡が取れることは取れるのだが、好きなときに電話してもいいわけではなく、電話していいときと電話しても無駄なときがある。あるいは、会える日と会えない日がある。そんな女は、男の方が常に気にかけていないといけないため、どうしても男にとってはその女の存在が大きくなってしまう。

そのあと、水野氏はこのように書いている。

だから、わがままで、自分の思い通りにならなくて、好き勝手生きている、チャランポランな、男を不安にさせる娼婦のような女がモテるのです。

こちらには、残念ながら、賛成できない。好き勝手に生きていてちゃらんぽらんな女は、私は好きではない。むしろ、貞操意識が強すぎて、自分で自分を閉じこめているような女の“扉”を空けていく方が好きだ。ただし、これは単純に好き嫌いの問題だろう。

通常時、男には不安がベースにあるわけです。「彼女は今何をしているのだろうか…」「彼女は他の男と遊んでいないだろうか…」「彼女は本当に俺の事が好きなのだろうか…」

男は不安なのです。それでは男の不安はいつ解消させられるのか。セックスです。男は、セックスをすることでこの女は自分のものだ、という束の間の安心を手に入れ、その瞬間男はめくるめく快感を感じるのです。しかし、この構図。不安がベースにあり、セックスで安心し、快感を覚えるという構図。これに、非常に似ているものがあります。「麻薬」です。

離れている女に不安を感じさせられて、会ったときにはセックスによって安心を感じることができる。確かに、この状態には、麻薬のような快感を覚えることができよう。これを水野氏は「セックス中毒」と呼んでいるが、まあ、この状態が長く続くことはあまりないわけで、それほど心配する必要はないのではないか。なぜなら、未婚の男女同士であれば、別れるか、結婚するか、あるいは結婚しなくても固定したパートナーになるのが普通であるからだ。どちらかが既婚で、不倫の関係であったとしても、これまた長く続くケースは珍しいだろう。

…「セックス中毒」が不幸な状態かと言われれば、まんざら悪くもないのではと答えたくなるが、なったことがないのでよくわからない。ため息。

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★チーズは夜に効く?

イギリスのチーズ協会によれば、チーズには「フェニルエチルアミン」という物質が含まれており、夜食べると、より情熱的なセックスが楽しめるらしい。
【ファンキー通信】チーズが夜の営みを盛り上げる!?

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★47歳の女が飛んできたら迷惑なこともある

先のエントリーで「47歳の女が飛んできても迷惑じゃないぞ」と書いたが、迷惑なときもある。その女が人間としての知恵に欠ける場合は、問答無用で迷惑である。

人間としての知恵に欠けるのは、若い女ならまだ許せる。いろいろ説明して、教育することもできるかもしれない。しかし、人生の半ばを過ぎ、47歳になって、生きていくための知恵に乏しいのは、私にとっては人間的な魅力に欠ける。一緒にいたくない。

…かく言う私はというと、男性的な魅力に欠けるようである。世話はない。

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★モテることに何の意味があるのか

モテの結果として彼女ができたとして、それに何の意味があるのか。社会からの「恋愛はすべきだ」「恋愛するのが当たり前だ」「恋愛できない奴はダメだ」という圧力に対して、k-d-hideさんが「30代からの脱オタク」で疑問を発している。

k-d-hideさんの言うとおり、彼女を作ることの目的がセックスなら、3万円も出せば、いい女を抱ける。付き合っている彼女とするなら、そんなにお金はいらないが、「実際に女を抱くのは、月に1回でいい」と割り切れば、こんなに楽なことはない。出会い系をうまく利用すれば、もっと安く相手を見つけることも可能だろう。

恋愛ができないからといって、人格に欠陥のあるような言い方は止めてくれ、とk-d-hideさんは書く。確かにそうだ。恋愛ができても、人格に欠陥のある奴はたくさんいる。ほっといてくれ。まさにその通りだ。

彼女がいなくて、自分自身に満足しているなら、何も言うことはない。ただし、彼女がいない男が、もし今の自分が知らない何かを知りたいと思うなら、女と付き合ってみることを勧めたい。まず、女という不可解な生き物と我慢して付き合っていると、世の中には自分とは考え方や感じ方がまったく違う人間がいるのだと骨身にしみてわかる。

また、男性が性的に成熟した人間になるためには、女性の存在が必要である。逆もまたしかり。性的な部分で異性から認められることは、心の支えになることもある。自分が異性から愛されていると感じることは、それを知らない人には想像の付かないような満足感を与えてくれることがある。

とはいえ、個人差は大きい。性的に成熟した人間にならなくても、人格者になることは可能だし、性的に成熟した人間だからといって、人格が素晴らしいわけではない。一人の人間に限って考えた場合、性的に成熟していた方が性的に未熟であるよりも、何かを得る機会が多いというだけである。

私自身はといえば、なかなか女性と付き合うことができなかった、典型的な非モテ男だったが、女性と付き合うことができるようになって、いくつかの部分が大きく変わったと感じている。いや、大きく変わった部分があるから、付き合うことができるようになったのかもしれないが。

…でも、自分の中では、女性と付き合う前と後では変わっていない部分も多くて、そっちの方が根源的だったりするのが、何とも言えないのだけど。

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★結婚したいなら、まず仕事がデキる男になれ

以前このブログでも指摘したが、あまりモテない男性が結婚したいなら、まずは仕事がデキる男になるといい。なぜかというと、若い女性は「仕事ができて家事ができない男性」と「家事ができて仕事ができない男性」の二者択一を迫られたら、多くの場合、前者をとるからである。Yasさんの「憂鬱なプログラマによるオブジェクト指向日記」より。

多くの女性は、男性に仕事の能力、つまり経済力を求めている。たしかに家事を手伝ってくれるならばさらに良いが、それは経済力という前提があってのことである。(中略)独身男性は、「家事もやります」などというアピールが、いかに無駄かを知る必要がある。多くの女性にとって、男性は家事以前に、仕事ができることが前提である。

私自身、以前、結婚相談所に登録していたとき、プロフィールに「料理ができます」と書いていたのだが、本当に驚くほど反応がなかったことを思い出す。多くの女性にとって、旦那が家事をするかどうかなんて、結婚前には何の興味もないのだ。どれだけしっかり稼いでくるかの方が重要なのだ(そして、それと同じくらい、フィーリングが合うかどうかが重要のようだ)。

ただし、すでに結婚していて、しかも仕事を持っている女性に聞けば、話は違うだろう。結婚生活を送ってみれば、旦那が家事に対してまったく協力的でないことが、いかに嫌なことかを痛感できる。旦那がニートになってしまったら、それどころじゃないかもしれないが、「勤務先の会社が苦しくて、残業がなくなり、少し給料が減ってしまった」ということなら、「仕方ない。ちょっと自分の稼ぎから補填するか」と我慢できても、「自分が風邪を引いていると、旦那だけ勝手に外食して、あまつさえ飲んで帰ってくる」という状態は我慢できないのではないか。

さて、私はどうするか。仕事はまあ人並みにやってはいるが、「私はどれだけ仕事がデキる男なのか」を女性にアピールするなんて、とてもじゃないが、恥ずかしくてできない。「恥ずかしい」というのは、「テレビに映って恥ずかしい」というのではない。「そんなバカなことをして堂々としているなんて、人間として恥ずかしい」という意味である。

…まだまだ結婚には縁がなさそうである。

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★「モテる」の意味は?

モテと非モテに関する議論が、ネットの一部で盛り上がりを見せ始めてから、もうずいぶん経つ。その多くは、大変興味深いが、実りある議論になっているかと言えば、必ずしもそうは言えない。

なぜかと考えていたのだが、その答えらしきものをたまたま見つけた。noon75さんの「セックスなんてくそくらえ」から。

あらためて読んでみて思うのは、「モテ」を「彼氏/彼女を作れる」こととして定義しているブロガーと、「不特定多数の異性とセックスができる」と定義しているブロガーの、少なくとも二種類がいる、ということだ。つまりモテという言葉の定義に混乱があり、多くのブロガーが、あいまいな定義のままモテについて語り、あるいは非モテについて語っている。

つまり、自分がどんな状態にあるとき、「モテている」と感じるのか、ということだ。これをはっきりさせておかないと、モテと非モテに関する議論はおそらく最初から最後までかみ合わないままだろう。

noon75さんは、モテを(1)不特定多数の女性とセックスが目的のモテ、(2)彼女が欲しいモテ、(3)伴侶との愛を深める目的のモテの3つに分ける(ここでは男性にとってのモテを考えているが、女性にとってのモテは男女をひっくり返せばいいので、省略する)。(1)では不特定多数の女性とセックスができれば「モテている」、(2)では彼女がいれば「モテている」、(3)では特定のパートナーと愛し合うことができれば「モテている」と言える。

さて、ここまではいいとして、問題はどこにあるのか。問題は、「自分がどれを望んでいるのか」だと思う。それがはっきりすれば、非モテからの脱却方法ははっきりする。不特定の異性と簡単に深い関係になれることを望んでいるのであれば、多くの異性に好かれるような外見や行動パターンを身につけて、不特定の異性と出会えそうな場所に行けばいい。相手の心を深く理解する能力なんて必要ないだろう。

もし、(誰でもいいから)特定の異性と付き合いたいということであれば、男性の場合、ある程度方針を決めたら、とにかく数を打ってみればいい。この場合、相手の気持ちを慮る能力は多少必要になるが、それほど重要ではない。通り一遍で十分だ。ただし、付き合う相手に条件があるなら、その条件に合うような異性がいる場所に向けて、そういう異性が気付いてくれるような方法で、アプローチをする必要がある。たとえば、音楽の趣味があう異性と付き合いたいのであれば、好きな音楽のコンサート会場でナンパするなり、その音楽が好きな人が集まる掲示板で、適当に見つくろってメールを書いてみるのがいいだろう。

特定のパートナーと愛し合っている状態を、30年40年という単位で続けていきたいのであれば、パートナーを手に入れるまでの方法とは、まったく異なる方法を身につける必要がある。一人の異性と、数十年にわたって一緒に暮らすわけである。不特定の異性を引きつけるためのテクニックなんて、何の役にも立たないことも多いだろう。

このように、モテと非モテの問題は、どのレベルでの「モテ」を求めているのかによって、答えがまったく異なってくる。この問題を有効な方法で論じたいなら、そこを明らかにした方がいい。

ちなみに、noon75さんは(3)については「ネットでほとんど読めない」としているが、このブログでは半分以上が(3)について述べている。「モテ」という言葉は使っていないけれど。

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★47歳の女が飛んできても迷惑じゃないぞ

10年前に22歳年上の男性と再婚した47歳女性からの相談に、梅沢富美男が答える「梅沢富美男の昼顔劇場~元祖オヤジブログ~」から。ブログで知り合って、携帯電話の番号とメールアドレスしか知らない男性に恋する女性に、梅沢富美男が一喝する。

47にもなったら分かるだろお前。え?ま、相手どんな人だか知らねえけどさ。ブログで知り合ったって・・・お前さん、旦那が一生懸命大事にしてくれてんだったらいいじゃねえかそれで。ええ?(中略)それあんた、ブログとかメールとか訳のわかんないそんなもんで知り合って、どんな男だか分からない男のとこ、飛び込んでいくのかい?向こうの男だって、悪いけど47歳の女が飛んできたら迷惑するわ。

なかなかの壊れっぷりがステキだ(笑)。確かに、この女性については、コメントにもある通り、会ってもいない男性のことを「恋人」だとして、「思慕が日に日に大きくなり」というところに危うさを感じる。どうやら、再婚相手といろいろあったようなので、「我慢すべきだ」とも「別れてしまえ」とも言えない。

しかし、「ブログとかメールとか訳のわかんない」というのは、もはや時代遅れも甚だしい。ブログもメールもきっかけにしか過ぎず、問題はそこから先。ブログにコメントを書いたことで知り合って結婚してもいいし、メールのやりとりから始めた二人が付き合っても、全然おかしくない。某大手結婚相談所のように、最初の連絡は電話に限られれば、電話の苦手な人はなかなか話が進まないだろうし、地方の個人結婚相談所のように、「とにかく会うところから」だと、初対面の人にはうち解けられない性格の人は厳しい。これに対して、ブログやメールでの出会いから始められるなら、文字に自分の考えや感情を乗せることが得意な私のような男は、とてもラクに女性と出会うことができるだろう。

それから、47歳の女が飛んできても、男が迷惑だと思うとは限らない。もちろん、知らない女だと嫌だが、それは年齢にあまり関係ないだろう。世の中には、47歳になると(いや、それ以前に)立派なオバサンと化して、とてもじゃないが一緒にいられない女もいる。だが、47歳になっても(それ以降でも)、若い女に劣らず素敵な女だっている。年齢とは関係ない。

…と、些末な部分に突っ込んでみたけれど、相談に対して真面目に答えるなら、「とにかく会ってみたら?」だな。会ってみて、もっと会いたくなるか、もう会いたくなくなるかで、後のことが変わってくると思う。人倫という点では「その男のことは忘れなさい」が正解だけど、そんなに簡単にはいかないことも多いだろう。

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★結婚は生活であると同時に生活ではない

再び日経BP社の「日経ビジネスアソシエ」2003年10月21日号のページから。

流通関係の企業に総合職として入社し、9年目になる西洋子さん(仮名・31歳)は、最近、結婚したら自分の生活がどうなるのかシミュレーションする回数が増えた。入社した当時は結婚生活に思いを馳せた。だが、いわゆる適齢期の終わりに差しかかった今は、結婚後の年収や生活費などを細かく具体的に試算するようになったのだ。

シミュレーションは西さんを結婚に踏み切らせてくれない。それどころか試算すればするほど「結婚したい」という思いが遠のき、声をかけてくれた男性とのおつき合いを踏みとどまってしまう。西さんは言う。「生活の水準を落としてまで結婚しなければならない理由がどうしても見つからないんです」。

結婚は、「結婚生活」と言うくらいだから、生活である。生活には、夢ばかりではなく、雑用や試練や挫折がある。「どうやって二人の生活を成り立たせていくのか」も結婚(生活)である。

しかし、結婚には、一人では得られない体験がある。家族ではない他人と暮らす生活の中で、さまざまなことを体験し、成長していく体験がある。「生活の水準」などという言葉では計り知れない“何か”がある。

…と未婚の私が言っても説得力はないけれど(苦笑)。

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★男にとって必要なのは「一緒に過ごして楽しい彼女」である

まずは、統計を見てほしい。男性と女性それぞれが結婚相手に求める条件として、何が重要だろうか。日経BP社の「日経ビジネスアソシエ」2003年10月21日号のページから、結婚相手に求める条件(複数回答可)。








男性女性
1.容姿156人1.収入152人
2.趣味155人2.仕事への価値観126人
3.家事141人3.家事への参加116人
4.年齢135人4.時間の共有113人
5.仕事の価値観117人5.育ってきた家庭環境98人

男性と女性でこうも違うのかと改めて考えさせられる結果だ。この結果に対して、ノンフィクションライターの白河桃子氏は、男性には結婚生活のシミュレーションが欠けていると断じる。

収入をいちばんに掲げ、仕事の価値観や育児への参加を男性に求める女性は、結婚後の家庭をしっかりと思い描く。対して男性は、「一緒に過ごして楽しい彼女」という理想から脱していない。結婚後の自分の生活を描けていないのだ。

このコメントには、ちょっと異議を唱えたい。男性が収入を第一の条件にあげないのは、自分一人で養うこと、あるいは共稼ぎするにしても自分が主な稼ぎ手となって生活を支えていくこと前提条件として考えているからだ。一方で、女性はやはり男性の収入を当てにせざるを得ないため、収入は重要な条件になる。結婚後の生活に対する考え方と合致しているとは言えないだろうか。

世の中の多くの男性は、家を守ってくれる、かわいい奥さんがいれば、仕事に気合いが入る、というか、安心して仕事に打ち込める。女性は、そんな男性のことを単純だと言うかもしれないが、大半の男性はそのくらいの動機で一生懸命働くことができる。もちろん、そんな動機は何の役にも立たない男もたくさんいるけれど。

そういう意味では、「結婚後の自分の生活」を考えたときに、一番必要なのが容姿端麗、趣味が似ていて、家事をこなしてくれる年下の奥さんになるわけだ。決して、「結婚後の自分の生活を描けていない」と非難されるいわれはない。

さて、私の興味は、実は違うところにある。男性から女性への条件の「5.仕事の価値観」と、女性から男性への条件の「2.仕事への価値観」の内容である。「5.」の方は、私も男なので、だいたい想像が付く。おそらく、自分が仕事に打ち込むことに対して理解を示して欲しい、という内容ではないだろうか。わからないのが「2.」の方だ。もしお分かりの女性の方がいらっしゃれば、是非教えていただきたい。

私も、実際に、「2.」を問題にされたことがある。私の場合は、「結婚しても、オマエはちゃんと仕事をするんだろうな?あん?」と聞かれたわけ(もちろん、こんな言葉遣いではない)だが、同じことを世の男性諸君がみんな聞かれるとは思えない。今、やっている仕事が将来どうなっていくのか、ちゃんとした展望を持っているのか、ということだろうか。面接官が発するようなこの質問、質問する方は比較的簡単なのだが、答えるのはかなり難しい。いや、いい加減に答えるのは簡単だが、公正な目で自分の職種を吟味し、自分の勤める職場の状態を吟味し、さらに自分の取るべき方向性をきっちり考えておくなんて、普通の人にはできるとは思えない。「数年以内にこの資格を取って、このあたりの会社に就職する」くらいの目標なら立てられるかもしれないが、資格に無縁の職種や、希望の会社に必ずしも就職できない場合のことを考えると、現実的な展望をはっきり出せることは、あまりないのが現実ではないか。

…と言いながらも、目標はきちんと持っていた方がいいなあと、いつも思い直すのだった。

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★「セックスボランティア」で検索してきた方々へ

ボランティアではないが、障害者の性欲を満たすための仕事として、デリヘル(デリバリーヘルス)嬢をしていた人の本があるので、紹介しておこう。

大森みゆき著「私は障害者向けのデリヘル嬢」(ブックマン社)

風俗で半年働いた後、介護経験のないまま、障害者向けのデリヘル嬢になってしまった著者が、いろいろな障害者との出会いを綴った本である。深い考察はないが、ノンフィクションとしてはなかなか楽しめる作品だ。

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★これはセクハラですか?

セクハラを受けた女性と、セクハラしたと訴えられた男性との間では、事実関係についての認識が大きく異なることが多いらしい。再び「壊れる男たち」(金子雅臣著、岩波新書)から。セクハラをしたと訴えられた男性が、セクハラを受けた女性との間にあったことを、以下のように説明した。これはセクハラだろうか。

彼女は、夫を交通事故で亡くし、子供を抱えて仕事をしに来ていた。当初はパートタイマーとして働いていたが、真面目に働くし、明るい美人だった。仕事で話していても、はきはきしていて好感が持てた。彼女の子供が病気になり、しばらく仕事に来られなくなったりすることがあって、経済的なことで相談をされて親しくなった。それ以来、何かと相談に乗ることになったが、経済的な不安を抱えていたので、正社員になることを勧めて力を貸した。そして、念願の正社員になったお祝いということで飲みに行ったときに、ホテルに誘った。いろいろ相談にも乗り、親しく付き合っていたし、感謝もされていたため、自然の成り行きでそうなった。(p.141)

事態が男性の説明通りであるなら、なかなか難しいところだと思う。セクハラではないこともあろう。男性にとってこんなに都合のいい話はなかなかないはずだが、セクハラをする多くの男性にとっては、このようなストーリーを勝手に描いてしまうことが多いらしい。

しかし、多くの場合、実態は上のような男性の説明とはまったく異なる。男性が、パートタイムと正社員の上司という関係を利用して、イヤと言えない雰囲気に持って行き、ホテルへの誘いを断れないようにした…というのが、多くの場合、実態であるようだ。

さて、上に引用した部分を読んだ方は、これはセクハラだと思われるだろうか。そして、その理由は何だろうか。

引用元によれば、回答者が男性であるか女性であるかは、「セクハラかどうか」の判断にはあまり関係ないらしい。むしろ、その理由付けに男性と女性の違いが現れているとのこと。多くの女性は、男性との社会的関係が、行動に大きな影響を与えることを指摘している。つまり、「上司だから、断りにくかったのかもしれない」などと、男性との社会的関係を判断の基準にしている。一方、男性は、女性との社会的関係を判断の根拠にしていない。仕事とプライベートを区別する意識が薄いようだ。

引用元には、理由に関する考察がまだまだある。興味のある方は、新書なので、気軽にお読みください。

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★自分の欲望を認め、正面から見据えたい

高校生の娘を持つような年頃の男が、自分の娘のような年頃の若い女性にセクハラをする事件が後を絶たないらしい。再び「壊れる男たち」(金子雅臣著、岩波新書)から。

自分の娘に求めた従順さや素直さに裏切られ、そのことに怒りを感じながらも、それとは正反対の欲望を若い女性にふくらませてしまっていたようだ。娘と年の変わらない高校生に援助交際を求め、その一方で、娘の非行を恐れるオヤジたち。娘にも説明できない劣情を抱え込んだまま、真正面から向かい合うことのできない葛藤を抱えたオヤジたちを、彼(引用者注:セクハラをした中年男性)は体現しているような気がした。(p.42)

娘に限らず、子供に従順さや素直さを期待する方が間違っているわけだが、それはさておき、「娘にも説明できない劣情」というのはよくない。何がよくないか。劣情を抱くことではなく、「娘にも説明できない」のがよくない。

男が若い女に対して欲望を感じるのは、悪いことではないと思う。問題なのは、その欲望を抑えられないことと、その欲望の存在を認めないことの2つである。

欲望はコントロールされるべきである。欲望を抑圧することで、社会はその形を保っている。欲望を垂れ流すと、人間は人格を保っていられない。社会の中でコントロールされない欲望が噴出したとき、それは犯罪などの形に容易に変換される。痴漢しかり、幼児虐待しかり。

そして、欲望をコントロールするためには、欲望そのものの存在を知っていなければならない。子供は、自分を駆り立てる欲望の本質を知らないで行動する。大人は、自分の持つ欲望を知っているから、欲望に対して羞恥心を抱き、そしてコントロールすることができる。大人といえども、自分の欲望の存在を知らなければ、あるいは、自分の欲望の本質をつかんでいなければ、欲望をコントロールできなかったり、欲望を変な形で充足してしまったりしてしまう。

セクハラをしてしまうオヤジたちにまず必要なのは、自分が若い女性に対して欲望を抱く存在であることを認めることだ。若い女性の体に触りたい、若い女性とセックスしたい、自分はそんな欲望を持つ人間であることを認めれば、それを抑圧する方法を考えることができよう。若い女性に対する欲望をどのように発散するかは、それぞれの男性が考えることである。おそらく正解はあるまい。風俗に行くことも、愛人を囲うことも、金で若い女性を買うことも、我慢することと同様に、それぞれ選択肢の1つである。いずれを選ぶかは、その人間のおかれた環境と、生きてきた人生、そして意思の問題である。ただ、自分の欲望を認識しない限り、それらの選択肢は選択肢として現れることさえないのである。

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★米国で問題になっている、新しい「男らしさ」

ハーバード大学で文化・哲学・歴史などを教えてきたハービー・マンスフィールド教授が、「男らしさ」(Manliness)という本を出版したところ、米国内で大きな反響を呼んだらしい。教授が主張する「男らしさ」とは、以下のような特徴を備えたものだとか。紹介記事はSAFTY JAPANから。

  • 衝突やリスクを恐れない
  • 他者に命令を出すことを避けず、そのぶん、他者のための責任をも負う
  • 威厳、勇気、栄光などを重んじる
  • 決定や実行の速度が早い
  • 自信が強く、他者の思惑を気にしない
  • 率直で頑固

大手マスコミがこの本の主張に合わせてフェミニズム批判を始めたものだから、当然のごとく、フェミニストから強い反論を受けている。このあたりは、リンク先を見ていただくとして、上に挙がっている特徴それぞれは、それだけを取り出せば悪いことではない。

「衝突やリスクをおそれない」のは、正しいことを行うときに必要な態度である。「他者に命令を出すことを避けず、その分、他者のための責任をも負う」のは、企業などの組織でトップに立つためには必須の要件である。「威厳、勇気、栄光などを重んじる」には、個人的にはあまり興味がないが、しかし、組織をいい形に保つには重要なことだ。「決定や実行の速度が速い」も、組織の中ではい上がって行くには重要だし、何より優柔不断なのは女性にも嫌われる。「自信が強く、他者の思惑を気にしない」だが、他者の思惑に左右されるのはよくないとしても、他者への気遣いがないのは困る。「率直で頑固」は、「男らしさ」との結びつきは今ひとつ弱いような気がする。

まあ、いずれも程度の問題なので、一つのネタとして楽しむくらいにとどめておく方がいいだろう。

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★性教育を政争のネタにするな

自由民主党足立総支部連合会のページでは、ジェンダーフリーを提唱する民主党を批判するプロパガンダが掲載されているが、その中に子どもへの性教育を非難する個所がいくつも見られる。ソースはこちら

あなたは子供にセックステクニックを、学校で教えて欲しいと思いますか?(中略)「お父さんは、ペニスを お母さんのワギナにくっつけて、せいしが外に出ないようにして届けます。」(中略)子供達は知的好奇心の塊です。そして正しい知識を身につけさせる教育は必要でしょう。しかし、適切でない時期に身につけた知識や経験が子供に与える影響は深刻です。

「セックステクニックを学校で教えてほしいか」と聞かれて、Yesと答える親はあまりいないだろう。なぜなら「セックステクニック」という言葉で連想されるのは、セックスに至るまでの誘惑のテクニックや、体位などセックス中のテクニックだからだ。この質問を「どうすれば子どもが誕生するのか」という質問に置き換えれば、答えも変わってくるはず。つまり、質問の中に特定の答えを誘導する意図が潜り込んでいるわけだ。これでは、ここから後の話の信頼性も危うい。

「ピルには月経痛をやわらげる、月経の出血量を少なくするなどの働きもある。月経で困っている女の子の治療のために使うこともできるんだ。これも産婦人科のお医者さんに相談してみてね!」と、まるで中学生にピルを奨めているかのような記述まであるのです。 ホルモンバランスの安定していない未成年がホルモンを調節するピルを飲む危険性に触れていないのは大変危険といえます。

ピルは、個人個人によって処方が違うのではなかったかな。危険性は医師が調べ、患者である女性に対して説明される必要はあるが、判断は患者自身(未成年であれば、親も関係してくれるかもしれないが)に任されるべき。むしろ、ピルを知らないことによる弊害の方が大きいと思う。

余談になりますが子供の非行化と育った家庭環境に関係があることは広く知れ渡っています。これは大人になればイヤと言うほど知る世界を幼いウチから見せられることも一因ではないでしょうか?

ここは、まったく余談。ここを書いた人の個人的な感想だろう。後半の主張の根拠はない。読み手は無視すべき。

ということで、このページの内容は噴飯ものだと言える。むしろ、民主党との政争の中で作られた、出来の悪いプロパガンダだと考えるのがいい。

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★女性のツンデレは、男性を選ぶための知恵ではないか

ちょっとした思いつきだが…。ツンデレについて、ご存じない方はこちらからどうぞ。また、ツンデレの解釈が若干普通からずれているかもしれないが、そこはご容赦いただきたい。

他人から見ると、絶対に男性に甘えたりしないタイプに見えるのに、実際に恋愛関係になって、男性によってじっくりと心を解きほぐされると、甘えてきたりする。見方によっては、これが「ツン」→「デレ」の移行だと考えることも可能だ。

なぜこのような変化が起こるのか。女性は、男性の言動によって心を汚されやすい。変な男と付き合った女には、その刻印がはっきりと付いてしまう。また、女性は男性を選ばねばならないから、最初から「デレ」でいることはできない。「ツン」であることによって、男性をふるいにかけ、それでも近づいてくる男性とのみ付き合いたい。だから、最初は「ツン」でないといけない。

しかし、男性が誠実に接して、女性の気持ちを和らげて、安心させることができたら、もう女性は「ツン」である必要はない。そもそも女性は、愛されることによって満たされた気持ちになることが多いため、「ツン」でいるよりは、安心して「デレ」でいたい。だから、関係が安定すれば、「デレ」になるのだ。

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★ブログを書けば結婚できるかも

男性がブログを書いて、それを見た女性からアプローチするというシステムがあるらしい。ソースは、livedoor ニュースから。

「通常よくあるプロフィールや自己PRに加え、会員の方の日記をブログで公開できるようにしました。基本的には男性会員がブログを公開し、それに興味を持った女性会員が、直接メールでアプローチをするようになっています」(ウィルブライド サポートチーム)

ブログをマッチングに使うという手は、大変いいと思う。いくつもブログを書いている私みたいな変人ブロガー(笑)は、どんな情報を出すかを迷ってしまうが、普通の会社員なら、日常のことを書けばいいわけだから問題ないだろう。

料金の方は、公開する情報によって30日あたり5400円~3万6600円とのこと。若干高めに感じるが、1年くらいで結婚できれば、大手結婚相談所の相場と比べても、それほど高いとは言えない。「話すのは不得手だけど、ブログなら書ける」という引きこもり系独身ブロガーにはピッタリのサービスかもしれない。

ただし、いろんな情報を掲載したブログを公開できるということは、他の男性と簡単に比較されることを覚悟しなければならない。ここでは何度も書いているが、男女を問わず、異性の収入・趣味・容姿などの「スペック」部分を比較する、ショッピングのようなパートナー選びは、本当に入り口だけにしておかないと、「年収600万円の人より、1000万円の人と結婚する方が幸せになれる」「Bカップの人より、Dカップの人と結婚する方が幸せだ」と勘違いしがちだからだ。

ちなみに、実際にアクセスしてみたところ、女性もブログを公開できるようだが、このシステムとの関係はよくわからなかった。また、気になるシステムの運営者は、Will Bride(ウィルブライド)となっているが、実際は明治記念館なので、かなり堅いと思われる。

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★ポリネシアン・セックスのキモは

ポリネシアン・セックスでは、実際に性器を結合させるセックスは5日に1回でいいとする。残りの4日は肌を合わせて眠るだけだ。ソースはMSN毎日インタラクティブから。

ポリネシアン・セックスでは、実際に結合するセックスは5日に1度程度。中の4日はしっかり抱き合って、肌を密着させて眠り、性器の接触はしません。セックスをするときは、前戯や抱擁や接吻、愛撫に最低1時間をかけます。お互いの心と体が緩んで、なじんだときに、女性の中に挿入していきます。挿入した後、最低30分は動かずに、じっと抱き合っています。ただし、5日間というのはあくまで目安で、最初は3日間や4日間にしてもかまいません。

オーガズムを必要としないセックスのかたち。現代のほとんどの日本人にとっては、難しいことだろう。アメリカナイズされたポルノに洗脳された男たちにとっては、自分の行為で女を感じさせ、激しいピストン運動の後に射精することが目的であって、その目的に不要な手順を踏まないのが「上手なセックス」だとされるきらいがある。

それに対して、「本当にそれでいいのだろうか」と疑問を投げかけるのがポリネシアン・セックスである。セックスに幻滅している人には、是非試してみるといい。ただ、カップルの片方だけがポリネシアン・セックスを目指したとしても、うまくいかないだろう。2人の協力が必要だ。

ところで、ポリネシアン・セックスの基本は以下のようにまとめられる。

(1)男女が互いの存在を存分に意識していること。

(2)キスや愛撫で刺激された流れは、2人の間を行きかいながら唇、乳首、胸、腕、脚を流れ、完全なくつろぎと充実の状態をもたらす。その際、挿入や通常の意味でのオーガズムは必要ではない。
(3)通常の、動きをともなった挿入でも、たとえ男性が早漏気味の射精をしても、ペニスを少なくとも27分間、腟から抜かずにおくと、2人は融合して、男女とも完全なくつろぎを得ることができる。

少し私なりの解釈を加えさせてもらうなら、ここで一番重要なのは(1)ではないかと思う。自分の欲望を相手にぶつけたり、相手から自分の欲望にあったものを奪い取ろうとしたりするのではなく、まずは相手を意識すること。そして、相手の欲望を感じ取り、自分の欲望を静かに、そしてすべて残らず相手に対して開くこと。2人ともそれができたなら、きっと2人の欲望は、高まったり静まったりを繰り返しながら、両方が快感と幸福感を感じ取るだろう。

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リッチテンプレートがうまく表示されないときは

リッチテンプレートを使ったデザインに変更したのはいいのですが、なかなかブラウザで表示が反映されずに困りました。原因は、ブラウザのキャッシュのようですので、うまく表示されないときは、キャッシュをクリアしてください。
やり方は、以下のどれかを参考にしてください。

Java.com
東京帝都興商
アドビシステムズ

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★「好き」だけで一生は走りきれない

いとこ同士で結婚することになり、周囲の反対を押し切って結婚したあれんさんのブログから。

わたしたちの中にあったのは、「お互いを好きで、守りたい。」というピュアな感情だけだったのに、そのためにいろんな人を傷つけ、いろんな人に一生明かせない嘘をつき続けてきてしまいました。

あれんさんももうわかっているみたいだけど、「好き」だけで一生を走りきるのは難しい。もちろん、「好き」があると、生活がうまくいくことはあるし、「好き」がないために、生きているのさえ辛く感じる人はたくさんいる。でも、「好き」な人と結婚すれば、結婚生活という“生活”が始まるわけで、“生活”には「好き」だけではどうしようもないことがたくさんある。一緒に生きていくパートナーを選ぶなら、「好き」以外の面にも目を向けて選んだ方がいいかもしれない。

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@nifty:NEWS@nifty:好況続くと20~40歳代の心臓発作死増加…米で調査(読売新聞)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:好況続くと20~40歳代の心臓発作死増加…米で調査(読売新聞) .

ロイター通信によると、米ノースカロライナ大の経済学者クリストファー・ルーム教授が先月発表した論文で、失業率が1%改善すると心臓発作による死亡が年間1・3%、約2500人も増えるという相関関係を明らかにした。特に、20~44歳の世代に、他世代よりも顕著な傾向があると指摘している。ルーム教授は「景気が過熱すると、働き過ぎや運動不足になりがちなのだろう」と指摘している。

働き過ぎって、日本だけじゃないんですねえ。

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★公務員のお見合いパーティへの公費補助はあってもいい

コメントの返事が滞っていますが、順次書いていきますので、
しばらくお待ちください。


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静岡県の互助組合が主催するお見合いパーティに、県からの補助金が出ていたことがニュースで報じられた。ソースはYOMIURI ONLINE

 判明している支出額は、2004年度の約58万円と05年度の約72万円。県は「県民の理解が得られない」として、今年度から補助金の支出を取りやめるが、総務省公務員部は「県職員らを対象にしたお見合いパーティーに補助金が使われた事例は聞いたことがない。公費を使う福利厚生事業としてふさわしくない」としている。(中略)同互助会は財団法人で、特別職、管理職も含めた知事部局の職員約8700人が会員となっている。パーティーは、「少子化対策の一環」(県福利厚生室)として、1995年度から始め、県内のホテル、料亭で年2~3回開催。毎年200~300人が参加している。企画・運営は委託を受けた静岡市内のイベント会社が行ってきた。

静岡県では県職員互助組合への支出が高額だったため、削減の対象になったようだ。総務省は「公費を使う福利厚生事業としてふさわしくない」としているが、むしろふさわしいのではないかと思う。もちろん、単なる出会い系パーティでセフレ探しに使われるなら、とんでもない話だが、未婚で適齢期の男女に限って支出するのであれば、これはむしろ望ましい。大企業が、団体として結婚相談所に入会する例もあるわけだし。

公務員には、どんどん子どもを産んで、我々の老後を支える若者を育てて欲しい…と言ったら、利己的すぎるかな。まあ、今では少子化対策が国策となっているから、このくらいは許されるか。

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★言葉の重みは男女で違う?

セクハラ男の主張は、なぜか似通っている。妄想をふくらませ、被害者の気持ちを思いやることをせず、むしろまったくねじ曲げて解釈してしまうのである。「壊れる男たち」(金子雅臣著、岩波新書)から。

「オンナとは気まぐれで、嘘つきで、男によって変わる。本当は合意だったのだが、何か理由があって違うことを言っているに決まっている。本心はわからないよ」などという主張である。本当にそうなのだろうか。彼らが言うように、女とは、そんなにワンパターンの生き物なのだろうか。女ということで、そんな風に簡単にくくることができるのだろうか。男と女はそんなに違うのだろうか。(p.122)

「オンナとは気まぐれで、嘘つきで、男によって変わる」などと女性のいる場で口にした日には、女性から総スカンを食ってしまうことは間違いないだろう。こんなステレオタイプな主張が認められるわけはない。同じ男から見ても、あまりにも偏った考え方で、ほとんど同情する余地はない…というところは書くまでもないことだろう。

それにしても、こんな考え方をする男がかわいそうになってくる。間違いなく、こんな男に対して「抱いて」とか「触って」とささやく女はいないだろう。そんなことを言う前に、くみしだかれてしまうからだ。いやむしろ、女に「抱いて」と言ってもらえないからこそ、こんな妄想の固まりのような男になってしまったのかもしれない。

ただ、ちょっと引っかかるのは、ある女性に「あなたは、私の言葉を真に受けすぎる」と言われことがあるのだ。別にこの女性が冗談ばかり四六時中言っていたわけではない。まじめな相談事についても、このように評価された私は、その後、その女性の言葉を心から信用することはまったくできなくなり、その女性を結果として軽く扱うしかなくなった。もしかしたら、単に愚痴を聞いてくれればよかったと思っていたのかもしれない。しかし、その場面では単なる愚痴だとはとても思えないシチュエーションだった。

同じように「自分の言葉をまじめに受け取らないで欲しい」と考えている女性には、幸か不幸か出会ったことがないため、この女性が特殊な例だったと言えなくもない。しかし、男性が自分の話を聞いてくれる人に対して、「あなたは、私の言葉を真に受けすぎる」と口にするとは考えにくいのだ。

もし女性にのみ「自分の言葉をまじめに受け取るな」と言える何かが存在しているとするなら、「オンナとは気まぐれで、嘘つきで、男によって変わる」とは言えないが、少なくともある種の女性にとっては、言葉の価値はあまり高くないとは言えそうだ。

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