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★セクハラと言われないアプローチは?(大学の場合)

44歳・男性・独身、社会科学系の私立大学教員から、10歳ほど年下の非常勤講師(別の大学の専任教員)が気になりだしたが、最近、大学ではセクハラに対する目が厳しくなってきたので、どうしたらいいのかという相談。サンマリエの相談コーナーから。

約10歳下の方です。その方が独身であることは知っていますが、他に付き合っている方がいるのかも、自分のことをどう思っているのかもわかりません。(中略)仮に相手が断りそうでも、セクハラで訴えられる危険性のない声のかけ方ってどんなものでしょうか?それともそういう職場である以上、あきらめるべきなのでしょうか?なお、私は自分の経歴に傷つけたくないので、懲戒処分(訓告のような軽いものであっても)のリスクを犯してまで恋愛・結婚するつもりはありません。

自分のことをどう思っているのか、わからない?そんなもの、当たり前だろう。44歳にもなって何を今さら。中学生じゃあるまいし、まずは天気の話からはじめて、学生の話、学問の話、趣味の話等々、いろんな話題を出してみて、乗ってきたらお茶や食事に誘ってみて、どこかで嫌そうな顔をしたら、「ごめんなさい」すればいいのでは?「同じ学会だから、後々顔を合わせづらくなりそうだ」と思うなら、諦めた方がいいけどね。オフィスラブについては、「どんな態度で仕事に当たっているのかがわかるのでいい」と思う人たちと、「仕事に差し支えが出てくるので、職場には恋愛は持ち込まない」と思う人たちがいて、それはまったく個人の自由だし。

回答者は、リスクを負えないなら、この恋愛は止めた方がいいのでは…とアドバイスしつつ、ごく普通のやり方を勧める。

まず、メールや手紙、プレゼントなど形で残ってしまうもので気持ちを伝えるのは止めましょう。あなたとその方が(年齢的にも)上下関係にあるのであれば尚更です。形が残ってしまうものは相手もプレッシャーを感じやすいし、何かあった時の物証となってしまいます。また、直接告白せずに、誰か信頼できる同僚を介してまず彼女の状況(彼氏がいるのか、恋愛をするモチベーションにあるのか)ということを聞き出してもらったらどうでしょうか?まずは貴方の名前を出さずにです。また、お仕事上近い位置におられる方のようなので、ありきたりですが、何人かグループで食事に行ったり、きさくに色々と話せる間がらになる事が先決かもしれません。

回答者も、相談者はちゃんと話したこともない相手に告白するタイプの男性だと思ったのだろう、まずは相手のことをリサーチして、普通に仲良くなることを勧めている。

どこかの本に書いてあったが、「今、特に好きな人はいないが、恋人は欲しい」ということなら、まずは異性の友達を何人か作っておき、その中から恋愛に発展しそうな関係を、じっくり育てていくのが正攻法。言うまでもないけどね。もし好きな人がすでにいるなら、攻略方法は今回の相談の回答者が書いている方法を参考にね。

でも、このあたりのやり方がわからないということは、この教員、男子校の出身者かも。男子校の出身者には、ちょっと優しくされるだけで、「ああ、この子はボクのことを好きなんだ」と誤解する馬鹿者が(特に偏差値の高い大学で)多い。ええ、もちろん、20年ほど前には、私もそんな馬鹿者の一人でしたが何か(苦笑)。

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★加藤鷹がクラシックとのコンピレーションCD発売

異色の組み合わせだが、どのくらい注目を集めるのだろうか。livedoorニュースより。

 「もっと恋人のことを見つめましょうよ。言いたい事を伝えるだけじゃなく、相手の言いたい事も同時に受け止めてみましょうよ。(中略)恋愛は未完成な二人の関係を、一緒になって完成形にしていこうとする作業なんですから。恋愛とはコミュニケーションです」(加藤鷹氏 書き下ろしライナーノーツより)

確かに。言いたいことを相手に伝えれば、それでコミュニケーションが成立したと誤解する人が(特にビジネスシーンでは)多いが、コミュニケーションはむしろ相手の言葉に耳を傾けることから始まる。互いに聞き合うこと、「キミ(アナタ)は、こう思っているのじゃない?」「うん(いいえ)」というところから、言葉のキャッチボールが始まる。

恋愛では、いや、夫婦間の愛情の中でも、重要なことではないかなあ。

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★できちゃった婚が日本を救う?

第2次ベビーブーム世代にあたる30~33歳の女性のうち、出産しているのが50%前後らしい。この数字は、日本の今後の人口動勢を見る上で、一つの指標になっているとのことだが、かなり低いようだ。ニュースソースはMSN毎日インタラクティブより。

結婚前に妊娠する、いわゆる「できちゃった婚」で生まれた子供が全第1子に占める割合は26.7%で、80年の12.6%から2倍以上増えた。一方で、政府が出産を期待する第2次ベビーブーム(71~74年)生まれの30~33歳女性は50%前後が出産していないなど、晩産化や子供を産まない傾向に歯止めがかかっていない。(中略)結婚前妊娠の割合は若いほど高く、15~19歳は82.9%。20代の増加が著しく、20~24歳で63.3%、25~29歳で22.9%と、いずれも80年の3倍前後に達した。(中略)一方で、40歳で出産未経験の女性の割合は、53年生まれは10.2%だったが、64年生まれは22.3%で2倍以上に増えた。母親の出産時平均年齢は、81年が第1子26.5歳、第2子28.9歳だったが、04年はそれぞれ28.9歳、30.9歳と、後ろにずれ込んだ。

第一子が「できちゃった婚」である割合は、すでに1/4を超えている。つまり、長男・長女の4人に1人は、「できちゃった婚」の子供のわけだ。「できちゃった婚なんて、絶対ダメでしょ」というのは簡単だが、この現実は受け止める必要がある。

さらに、注目すべきは、40歳の女性のうち、22.3%が子供を出産していないこと。40歳で子供を出産していない女性の多くは、生涯にわたって出産することはないだろうから、2割の女性は子供を持たずに一生を終えるわけだ。

となると、「できちゃった婚」がもっと増加し、「できちゃった婚」で若いうちに出産し、第二子、第三子を産んでくれる女性が増えることが、日本の人口を増やす(減らさない)ために重要になる…というほど簡単な問題ではないな、これは。

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★言葉の通じない人とは結婚しない方がいいと思う

まだ多くの人の記憶に新しいだろうが、滋賀県長浜市で起きた殺人事件は、大変悲しいものであった。ある幼稚園児の母親が、自分の子どもの同級生である園児2人を殺害した事件である。ゴシップにはあまり興味がないのだが、精神科医の斉藤学氏による記事で少し詳しいことを知った。

私より詳しい人もたくさんいるだろうが、事件の要点をメモしておくと、殺人事件を起こした女性は、中国人女性。日本人男性と結婚するために来日したという。以前から、周囲との適応状況に問題があり、結婚後、いったんは姑などと同居したが、嫁姑問題が生じて別居。子どもを出産後、精神的に不安定になり、通院歴もあったようだ。

こういうことを知ると、夫や担当医がこの女性の孤独にどこまで寄り添えたのかを問いたくなる。夫は優しい人のようだが、妻の感じていた悩みや不信感に寄り添ったようには見えない。妻をかばおうとしたのかも知れないし、それなりに妻の願いを満たそうとしたのかも知れないが、「波風立てず」の先送りをしながら、夫婦関係の破綻(たん)を糊塗していた疑いもある。担当医はこの外国人女性の地域への適応にどのような配慮をしていたのか、夫たちにはどんな助言ないし警告を与えていたのか。

言葉が通じず、文化が異なる社会で一人生きていくのは、非常に大変なことだ。この中国人女性は、大学教育を受けたエリートだったようだが、日本語や日本社会への適応状況に問題はなかったのだろうか。

特に地方では、中国人女性などとお見合いをして、国際結婚する人が多いようだが、個人的には知らない外国人とお見合いして結婚するのは止めた方がいいと思う。もちろん、うまくいく結婚もあるだろうが、リスクが大きすぎる。もし言葉が通じなければ、相手のストレスを発散してあげたり、問題の原因を突き止め、それを解決したりするのは、大変難しくなってしまうからだ。

斉藤氏は、「支えとなるのは何よりも夫だ。不信や疑惑の繰り言を聞き続けるのは苦しいことだが、それでも聞き続けるほかない」と夫の役割を重要視する。確かに、夫の役割は重要だし、結婚している夫婦にとっては、そういう方法で問題を解決していくしかない。しかし、夫が中国語がペラペラでもなければ、外国人妻のストレスをうまく解消してあげることは難しい。外国人女性が日本語や日本社会に非常に馴染んでいる場合を除き、国際お見合いによる結婚は止めた方がいいと思う。

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★女はセックスの前に愛を求め、男は愛の前にセックスを求める

ジョン・グレイ「愛が深まる本」(三笠書房)から。女と男では、愛を求めるタイミングが違う、とのこと。

男も女も同じくらいに愛を求めている。ちょうどあなた(引用者注:女性のこと)がセックスをするために、相手の愛を必要とするように、男は女を愛するためにセックスを求める。男が心を開き、相手の愛を受け入れる前には、どうしても性的な興奮が必要になるのです。(10ページ)

この後に書かれているように、女性は精神的に満足してから、男性とのセックスに臨みたいと考える人が多いようだ。男性にしてみれば、面倒に感じるかもしれないが、セックス前に女性を精神的に満足させる手間を惜しんではいけない。プレゼントを贈り、一緒においしいもの(こだわりすぎるのも、こだわらなさすぎるのもいけない)を食べ、愚痴を全部きちんと聞き(当然ながら、特に求められない限り、アドバイスはしないで我慢する)、「今日も素敵だよ」と誉め(本当にそう思っていることが重要)、階段ではそっとごく軽く腰に(お尻ではないのだ!男性諸君!)触れて、女性の心の中にあるものを、全部受け取ってあげてはじめて“お許し”が出る。さらに、ベッドの中でも男性に“英雄的”であることを望む女性もいるようだが、大半の女性は精神的に満足できれば、性的にはほどほどでも満足できるようだ。

ところが、男性の方は、女性に愛されているということを実感として知るためには、プレゼントをもらったり、愚痴を聞いてもらったりするだけでは、どうしても足りない。セックスの中で、自分を受け入れてもらえること、具体的には自分の愛撫を喜んでもらえていること、自分が快感を与えることができていることがわかって、二人で忘我の時間を過ごせてはじめて、心を開くことができる。そんな人も少なくないだろう。少なくとも私は、通常はなかなか解放できない自分の一部を、セックスの中でのみ、解放できる瞬間がある。

このような違いは、男女とも知っておいた方がいいだろう。「なぜ男は、そんなにしたがるのだろう」「なぜ女は、する前に面倒な儀式を好むのだろう」と悩まないためにも。

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★援交を考えるときに見落としがちなこと

再び、圓田浩二「援交少女とロリコン男」(洋泉社)について。援助交際など未成年女性(以下、「少女」とする)を対象とした性については、多くの日本人が意図的に見過ごそうとしているか、あるいは無意識のうちに見逃している事実がいくつもある。

まずは、すでに挙げたように、援助交際の実際の場面では、少女の側から男性に持ちかけられることが圧倒的に多い。決して、大人が少女をいいように騙して、言うことを聞かせているというわけではない。もちろん、セックスの後、代価を支払わずに逃げる、いわゆる「やり逃げ」など、“契約”に違反する男性もいるが、決してそれがすべてではないし、多いというわけでもない。すなわち、「少女は無垢な存在(金のために自分の体を売りたいなどとは絶対に考えない存在)である」という命題は、端的に間違っている。

中学生・高校生にあたる年代の少女が、成人男性などと性交渉を持つこと、あるいは結婚することは、近代社会において、あるいはそれ以前の社会において珍しいことではなく、むしろ自然であった(pp.166参照)。また、医学的にも、個人差はあるにせよ、中学生・高校生くらいの年代で、身体はもはや出産に適した程度にまで成熟する。また、出産に適した身体の少女に対して、男性が性的魅力を感じるのも、ヒトという種を保存するためにはむしろ自然である(p.168参照)。すなわち、「少女は未熟であるから、セックスから遠ざけて、大切に保護すべきである」という要請は、相対化されるべきである。

さらに、すでにここでも指摘したことだが、日本のメディアでは、少女への性的欲望をあおり立てる情報が氾濫している。たとえば「モーニング娘。」のメンバーが、プロモーションビデオの中で嫌々牛乳を飲まされるシーンがあるが、当然ながら、牛乳は精液のメタファーである(p.176)。これに限らず、現代の日本社会には、少女に対する欲望をかき立てる情報にあふれている。それにもかかわらず、男性が「自分は少女が好きだ」と告白すれば、ロリコンとして社会的に抹殺されてしまいかねない。つまり、日本の現代社会は、ロリコンを生産しつつ抹殺するという、巨大なマッチポンプと化している。

このような状況を打破するには、どうすればよいか。私の考えもまだまとまってはいない。少女と成人男性のセックスを合法化し、成人男性に結婚などの形で責任をとらせる方法が、逆説的ながら、一つの突破口になりそうな気もするが、しかし、社会全体がそのような流れにでもならない限り、法律で拘束できるような問題ではなさそうだ。もう一つの方向性は、少女とのセックスを思わせるような情報を、メディアから排除すること。たとえば、少女の芸能活動を制限し、ミニスカートでテレビ番組に登場するなど御法度であるような状況を作り出す。メディアによって、少女への性的欲求を呼び覚まされた男性に対しては、効果的かもしれない(もちろん、インターネットなど別のメディアへの逃げ道もふさいでおく)。いずれの方法も、効果はあると思うのだが、実現の可能性が限りなくゼロに近い。

結局のところ、ロリコン(や二次コン)は増殖し、一方で成人女性に対する欲望は限りなく減少するか歪曲される可能性が高いと言わざるを得ない。これで本当にいいのか?

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