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★亡くなって30年経った伴侶に呼びかける

智史の母は45歳でこの世を去った。そのとき、智史の父は52歳。それから30年近く経った今でも、父は母に対して呼びかけることがある。市川拓司「そのときは彼によろしく」から。

彼女(引用者注:智史の母)の最後の言葉は、「あなた、ほら……」だった。きっと何かを見て、それを私(引用者注:智史の父)に知らせたかったのだろう。楽しみだよ。きっときれいなものなんだろう。二人で散歩しているとき、よく彼女はそう言って私に見せてくれたものだ。道ばたに咲くカタバミの花だとか、夜空に浮かぶ弓張り月だとかをね。いつか、あのとき、何を見たのか、彼女に聞いてみる。

そして、今日もまた、父さんは眠りに就く前に母さんに語りかけるのだろう。そっちはどうだい?って。(192ページ)

離ればなれになってから30年経っても、呼びかけることができる関係。思いが深ければ、そういうことも可能なのかもしれない。この小説では、夫が妻に呼びかけているが、実際は、男性の方がこういう呼びかけは不得手なのかもしれない。

でも、呼びかける場面を想像してみよう。亡くなってから30年も経った伴侶に呼びかける気持ちを想像するのは、まだ少し難しいから、別れて数年経って、二度と会うことのない女性に呼びかけるのを想像してみる。いや、女性に限らなくてもいいかもしれない。あるいは、亡くなった人に限らないかもしれない。呼びかけは「そっちはどうだい?」ではなくて、「今、どうしてる?」「あのときは、どうだったの?」という言葉になるかもしれないが。

あるいは、私は呼びかけて欲しいのかもしれない。(心の)伴侶だった人に、ほんの短い間だったが、心の通い合った(はずの)人に。奇妙な人生だった自分に対して、誰かがきちんと呼びかけてくれるという体験を----そのときにはもう遅いのだが----したいのかもしれない。みなさんは、どうだろうか。

なお、この本は「いま、会いにゆきます」の著者による恋愛小説だが、著者のスキルが上がってきたからか、「いま、会いにゆきます」よりはかなり読みやすい。市川のいいところは、なくなってしまったもの、失ってしまったものに対する思いがよく現れているところだろうか。

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コメント

>みなさんは、どうだろうか。

呼びかけたいし、呼びかけられたい。

そんなことができる関係が、いとおしい・・・

投稿: mia | 2005年3月25日 (金) 午後 11時07分

うちの父は、旅行に出かけるときは、母の写真を持ち歩いているようです。
お墓も、納骨堂にする前は、自分の名を赤字で墓石に書いていました。
飲み屋のお姉さんの友達もいるようですが、
わたしとしては、いい人がいたら、一緒に暮らしてもいいと思えるようになりました。
母も、喜ぶかもしれません。

仲の良い、喧嘩もする夫婦でした。
趣味は、合ってなかったようですが・・・

投稿: 今日子 | 2005年5月 8日 (日) 午後 04時08分

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受信: 2005年3月28日 (月) 午前 12時20分

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