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★モテたい男性が考えるべきこと

多くの男性は、できるだけ多くの女性から好意を示してもらいたい。つまり、モテたいのである。そして、数が多ければ多いほど、「自分の価値が高いのだ」と誤認しがちだ。しかし、そんな男性に対して、勢古浩爾は異議を唱える。再び「女はどんな男を認めるのか」から。

数なんかどうでもいいのである。1人の異性と付き合うことと、1000人の相手と付き合うことの違いは何か。1人とは心が蓄積していくが、1000人とは蓄積しない。1人との性行為は蓄積するが、1000人との性行為は蓄積しない。1人との快楽よりも、1000人との快楽が1000倍の快楽かというと、そんなことは全くない。もう一回言うからね、そんなことは、まったくない。(48ページ)

言うまでもないが、1人と1000人というのはたとえであり、「これまで10人と付き合ったけれど、心が蓄積していったと思うぞ」という反論はあたらない。ご注意。

「とにかく数が多い方がいい」と男性は思ってしまいがちだが、そんなことはない。求めるものが何であるかをよく見極めれば、たくさんの女性から好かれることがそのまま大きな“快さ”につながるわけではない、とわかるはず。

ただ、これには前提条件があるのではないか。“相手も同じように考えている”ことが必要なのではないか。つまり、男性側が「1人の異性と付き合うこと」を大切に考えていても、女性側が大切に考えていなければ、男性が得るものは少ないような気がする。

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★「純愛」とはどんなもの?

「純愛」と言われたら、「純愛でない愛って何よ?」とすぐに問い返したくなるが、それは悪い癖なので(笑)、その問いはしまっておいて。

藤田宜永のインタビューから「新・純愛の掟7箇条」をご紹介しよう。勢古浩爾「女はどんな男を認めるのか」経由「FRaU」2003年10月28日号の孫引きになる。ご容赦。

  1. 傷つき、傷つけられるのが純愛、保身に走るべからず
  2. 純愛は結果よりも、その熱情にこそ意味がある
  3. 先か読めないのが純愛の妙。先読み癖は即刻止めよ
  4. ハイリスク・ハイリターンこそが純愛の基本
  5. 直感が純愛の扉を開く。既成の情報に頼るべからず
  6. 純愛のデータ。その基準は常に自分の心にあり
  7. ローリスク・ローリターンな恋に甘んじるべからず(58ページ)

勢古も指摘しているように、(2)を読めば「結果を求めないで、何を求めるのか」と言いたくなるが、他はそれなりに頷けるかな。(3)あたりは、結婚相談所で異性を探し始めると、もう無縁の境地になってしまう。先には結婚しかないからだ。

考えてみたが、「無心で恋愛に飛び込んでしまえ」というのが結論か。うーん、それなら私は昔からやっているけど(苦笑)。

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★変化と複雑化を恐れるな(こうさぎ)

きのうはyuu236の美人も紹介したかもー。


*このエントリは、こうさぎの「とも」が書きました。

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★彼女へのクリスマスプレゼントに何万円使う?

台風や地震で、若干かげりの見えた日本経済だが、前半はかなり上向きだったこともあり、女性のクリスマスプレゼントへの期待はふくらんでいる。プランタン銀座の調査によると、女性へのクリスマスプレゼントには4万266円が必要らしい。ソースはこちら

今年のクリスマスで女性が男性に期待するプレゼントの価格は平均で4万266円と、前年より約4200円も上がっていることがプランタン銀座(東京)のアンケート調査でわかった。 女性たちが景気回復を敏感に感じ取り、期待を膨らませていることがうかがえる。

調査対象は、20歳から45歳までの女性451人で、平均年齢は30・4歳だった。夫や恋人から贈られたいプレゼントの1位は「アクセサリー」で、特に指輪の人気が高い。デジタルカメラなど「電化製品」も4位に入った。

おもしろいのは、男性側の予算が下がっていること。

一方、男性へのプレゼント予算は1万7341円で、前年より約8300円も下がった。

4万円のモノを買わないといけないのに、1万7000円あまりしか予算がないとは。(笑) 現実は厳しい。

ふと疑問に思ったのだが、指輪というのは、女性にとってどういう象徴的な意味合いがあるのだろうか。男性からの気持ちの“証”として必要なのだろうか。あるいは、「自分の価値はこんなにあるのよ!」と同性や異性に見せつけるための道具として有効なのだろうか。

(追記)
・・・せっかくいろいろと付けていただいたコメントに反応できないで、ごめんなさい。この記事は賞味期限付きなので、早めにアップすることにしました。

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★10代前半のHIVウイルス感染者が増加している?(こうさぎ)

きょうともがyuu236が理由にAmazonするつもりだった。


*このエントリは、こうさぎの「とも」が書きました。

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★「オスの負け犬」は「仕事ができないオトコ」かも

おなじみの「負け犬」議論だが、ふと思いついたことを書き留めておきたい。「負け犬」が「未婚、子供なし、三十代以上」の女性を指すことは、もう説明するまでもないだろう。一方、同じ条件を満たす男性を「オスの負け犬」とするのが一般的だが、ちょっと違う視点を提案してみたい。

まずは、「オスの負け犬」の定義を「負け犬の遠吠え」であたってみると、

・あまり生身の女性に興味のない人
・女性に興味はあるけれど、責任を負うのはイヤな人
・女性に興味はあるけれど、負け犬には興味のない人
・女性に興味はあるけれど、まったくモテない人
・女性に興味はあるけれど、単にダメな人

ということである(158ページ)。この後、それぞれの項目を酒井は詳しく説明している。細かいところで、誤りではないかと思われるところもあるが、すでに多くの議論がいろんなところでなされているので、今はさておく。

「負け犬」議論がここまで沸騰してきたのは、「未婚、子供なし、三十代以上」というのが女性にとって大きな影響を与える(と、多くの人が考えている)からだろう。ふと思ったのだが、これらの3つの条件は、男性にとってもそれなりに大きなことではあるが、男性を「負け犬」と「勝ち犬」の2つに分けるのに、もっとはっきりした(そして、残酷な)基準があるのではないか。

それは、仕事ができること、ではないか。仕事ができて(あるいは、有能な振りができるのでもいい)組織で重要なポジションを占めることができるのと、リストラの最有力候補に常に挙がっているのとでは、オトコの生き方としては、ずいぶん違う。女性には心の充足が第一に必要であるのに比べて、男性には「仕事ができる」という社会的な評価がもっとも必要なのではないか

ここで「仕事ができる」というのは、何も「会社で出世している」ことだけを指すのではなく、「趣味の領域で業績をあげている」というのでもいい。ただし、あまり狭い範囲の仲間にしか認めてもらえないものは、「仕事ができる」という状態からはかけ離れてしまう。

とはいえ、酒井の基準より自分の基準の方が優れていると主張したいわけではない。少し視点を変えると、他のことも分かってくるのではないかと思っただけだ。「オスの負け犬=仕事ができないオトコ」という視点が、ツールとして有効かどうかという観点からのご意見を乞う。

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★付き合っているうちに、美人でなくなるのはなぜ?

美人と付き合っていたのに、相手がなぜか美人でなくなってきた。そういう場面を想定していただきたい。理由は何だろうか。白取春彦「哲学しようよ!」から。ちなみに、ここでは「相手がファッションに手を抜くようになった」など、女性側の変化はここではなかったものとする。

ぼくは美人が好きです。(中略)で、社内で一番美人だと誰もが認める女性と交際したんですけど、どういうわけか、だんだん美人じゃなくなってくるんですよね。ミスコンで優勝した女性と付き合ってもみたんですけど、やっぱりだんだん美しくなくなってきました。不思議です。(17ページ)

女性側に変化がなかったとしたら、変化したのは男性側しかあるまい。「ぼく」の美人に関する判断基準が変化してきたのではないか、ということになる。

ここで登場するのがイマヌエル・カント(1724-1804、ドイツ)である。カントは、美しさには“自由美”と“随伴美”の2種類があるという。自由美とは、「概念に毒されていない美しさ」(20ページ)である。花や貝の模様など、自然物の美のほとんどが自由美であるが、人工物の中にもクラシック音楽(特に古典派か)のように、概念(特に言葉にまつわる概念)から離れ、自由美を有するものもある。

これに対して、随伴美の方は「概念にべったりと毒された美しさ」(21ページ)である。たとえば、ギリシアのパルテノン神殿の美しさは、黄金分割だとか、「神々しさとか伝統とか、厳格さとか潔癖さ」(21ページ)といった概念によって裏付けられた美である。美人の持つ美しさ、競走馬の美しさ、サンピエトロ寺院やタージマハールなど宗教的建造物の持つ美しさは随伴美であり、自由美より格下だとカントは考える。

さて、ここまで理解していただいたところで、白取の答えはこうなる。ちなみに、この節はオカマがしゃべっているという設定で書かれている。(笑)

あなたが、ある女性を遠くから見ていたとき、美しく見えたというのは、あなたがその人に対して無関係だったし、彼女に対する概念も薄かったからなの。そして、お付き合いしているうちに、美人に見えなくなるのは当然なのよ。何しろ、あなたと交際して親しくなったからよ。分かるかしら、自分からの距離が遠いほど、自分の概念との関係が薄いほど、人間は美を感じるってこと。(21ページ)

随伴美の美しさは、それを支える概念が純粋でなければ維持できない、ということか。つまり、付き合い始めて、親密を増していき、相手についていろんな情報を得るほど、随伴美は色あせていく。これを防ぐ方法はない。

まあ、普通は、女性の方がオシャレに手を抜くようになったとか、そういうオチだろうけれど、「こういうこともある」と覚えておくと、何かの役に立つかもしれないね。

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★19歳の50人に1人が妊娠中絶経験者

厚生労働省の調査では、19歳女性の50人に1人、18歳女性の64人に1人が人工妊娠中絶をしたことがあるらしい。ソースはこちら

19歳の女性の50人に1人、18歳だと64人に1人の割合で2003年度に人工妊娠中絶をしていたことが2日、厚生労働省の統計で分かった。10代を1歳刻みで集計したのは初めて。10代の中絶率は前年度より微減したが、10年前の約2倍と依然多かった。厚労省は10代女性の身体と心を傷つける中絶の減少を母子保健10カ年計画で目指しており「ショッキングな数字。学校や市民団体と協力して性に関する知識の普及啓発をしたい」(母子保健課)としている。

「妊娠中絶が、若い女性の心身に悪影響を与える可能性が大きい」ということに、異論はあまりあるまい。ゆえに、減らすべきなのは当然としても、どうすれば減らせるのか。保健衛生的な側面からだけでなく、教育面からのアプローチが必要ではないか。厚生労働省だけでなく、文部科学省なども協力してあたるべきだと思う。

しかし、10年前の約2倍の比率で妊娠中絶の経験者が増えているとのことだが、同じ割合でセックスの体験率が上がっているとは思えない(このあたり、論拠にするには、精確な数字が欲しいところだけど)。いろいろな情報を総合すると、避妊に関する意識が低下したのかもしれないと思うのだが、いかがなものだろうか。

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★中学生までは親がセックスを監督する?

最近話題の東京都の中学生以下セックス禁止条例(という名前ではない。勝手に付けただけ)だが、新しい動きがあった。ソースはこちら

東京都は31日までに、中学生以下の子供たちが安易な性行動で性感染症にかかったり、妊娠したりしないよう、保護者に対する努力義務規定を条例に盛り込めないか、本格的に検討する方針を固めた。11月2日に都青少年問題協議会(会長・石原慎太郎知事)を開き、諮問する。

中学生以下に限らず、未成年の子供については親が(少なくとも法律上は)監督義務を負うわけで、改めて性行動だけを取り上げて言うまでもないはずだ。だいたい努力義務を条例に盛り込んだと言って、千代田区のように街頭での喫煙を取り締まるような罰則規定(?)ではないから、条例としての実効は見込めない。

となると、やはりプロパガンダか? 情報を流す側の意図には注意しないとね。

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