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女性の社会進出が持つ、負の側面

価値観が多様であることは重要なことだと思う。
再び、内田樹「疲れすぎて眠れぬ夜のために」から。

高い地位や高い賃金を求めて、寝食を忘れ、家族を顧みずにがりがり働くお父さんに対して、「そんなことどうでもいいじゃないの」「それよりもっとおいしいものを食べてほっこりしましょうよ」というお母さんがいて、二つの価値観がせめぎ合うという形で伝統的な家庭はバランスを取ってきたはずです。(中略)ところが、今の女性たちが求めている「社会進出」というのは、(中略)これまで女性が持ってきた批評性を放棄して、男性的価値観に一元化しつつある、というふうにも言えると思います。(38ページ)

著者も別の場所で書いているが、ラジカルなフェミニズムではこんな考え方は受け入れられないのであろう。

著者の意図とは少し違うのだが、お父さんが「がりがり働く」家庭で、お母さんが「ほっこりしましょうよ」と批評性を発揮するのは悪くないと思うが、お父さんが「ほっこりしようよ」という家庭なら、お母さんの役割はどうなるのだろうか。あるいは、お父さんが「がりがり働く」と「ほっこりしようよ」の両方の価値観をすでに持っているとしたら、お母さんの役割はいったい何だろうか。

仕事一筋の男性のことを、私はちょっとバカにしているところがある。“仕事一筋で、女性の気持ちをわかろうとしない男性は、女性を幸せにしない”という前提で、ここではたくさん書いてきた。

しかし、もしかすると、このスタンスというのは、社会学的に考えれば間違いなのかもしれない。特に、「ほっこりしましょうよ」という女性(こういうタイプの女性は今でも少なくない)に対しては、むしろ仕事一筋であり、そして後でそれを後悔する(これが大切だが)男の方がいいのかもしれない。

…って言っても、私は無理だけどね。

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コメント

ほっこりしましょうよ、という女性はガリガリ仕事一筋の男性に対して不満を持ってたりするんですよねー。
で、両面持ってる男性を望んでたりする。

でも逆に両面持ってる男性がいれば自分の役割がなくなるわけですか。
したらば、女性も両面持つって方向に行くとか、別の価値観を模索するとかしか道はないのか。難しいね、これからの社会。

投稿: mie | 2004年4月 2日 (金) 午後 12時36分

>ほっこりしましょうよ、という女性はガリガリ仕事一筋の男性に対して不満を持ってたりするんですよねー。

そうだと思いますよ、たぶん。「ほっこり」と「がりがり」と両方持っていないと、今はダメなんでしょうね。「ほっこり」だけでもダメなところで、私は頭を抱えてしまいますが。

現代では、男性も女性も、男性的な部分と女性的な部分と、両方持っていなければいけない、というところがなかなか難しいかも。

投稿: ゆう | 2004年4月 3日 (土) 午前 12時48分

>お父さんが「ほっこりしようよ」という家庭なら、お母さんの役割はどうなるのだろうか。あるいは、お父さんが「がりがり働く」と「ほっこりしようよ」の両方の価値観をすでに持っているとしたら、お母さんの役割はいったい何だろうか。

うん。その家庭それぞれでいいのではないかしら。
お父さんもお母さんも、「ほっこり」していてもいいし。
お父さんもお母さんも、「がりがり働く」でもいいし、
お父さんもお母さんも、「ほっこり」&「がりがり」でもいいし。

うちは、お父さんが「ほっこり」でお母さん(mia)が「がりがり」かな(爆笑)。

・・・あ、言い忘れましたけど、結婚してます、私。

投稿: mia | 2004年4月 3日 (土) 午前 05時20分

>その家庭それぞれでいいのではないかしら。

そうですよね、基本的には。ただ、何か問題が出てきたときに、男性的な部分(がりがり)と女性的な部分(ほっこり)の組み合わせや役割分担を考えると、問題解決の糸口になるかも、ということもあると思う。

>・・・あ、言い忘れましたけど、結婚してます、私。

知ってます、と言いたいくらいです。(笑) もちろん、知りませんでしたが。

投稿: ゆう | 2004年4月 3日 (土) 午後 06時14分

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