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なくしたもの、過ぎ去ったことを想う

片山恭一「世界の中心で、愛をさけぶ」から。アキが死んで10年が経ち、「僕」は別の女性を伴って故郷に帰ってくる。そして、アキと一緒に時間を過ごした母校の中学校を訪れる。

耳のすぐそばで、彼女はしゃべっていた。懐かしい、あのはにかむような声で。やさしい心はどこへ行ったのだろう。アキという一人の人間の中に包み込まれていた美しいもの、善いもの、繊細なものは、どこへ行ってしまったのだろう。(中略)あるいはいつか、ここへ戻ってくることがあるのだろうか。

この後、肌身離さず持っていたアキのお骨を、「僕」はまいてしまう。アキは、世界の両端に--初めと終わりに--いるのだと感じて、お骨を持っている必要はないと感じたのだ。

なくしたものや過ぎ去ったことを思い返すとき、人間は自分の無力さを思い知る。カネも名声も権力も、何の役にも立たない。むしろ、一生ここから目を遠ざけていられるなら、そうした方がいいと想うくらいだ。感じる力があれば、よけいに悲しくなるからね。

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