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★お正月に結婚を考える(その1)

「今年こそ結婚したいな~」「いい人いないな~」「結婚相談所に入会すれば、結婚できるのかな~」という人(特に男性)にまず読んで欲しい。

恋愛や性に対する考え方が開放的になったことで、基本的には恋愛経験が豊富な人が増え、人を見る目も養われた。その結果、恋人やパートナーに求める基準が高くなった。収入や仕事に加えて、性格やセンス、容姿・風貌などの総合得点が高くないと、「モテない」ようになったのである。(伊田広行『シングル化する日本』洋泉社新書y p.69)

伊田は、男女とも要求水準が高くなったため、以前は何とか「すべりこみセーフ」だった“レベル”の男女が、現在では結婚できなくなってきたと言う。

「自分のレベルを上げるよう、努力するよ」という人が多いと思う。健気である。好感を感じる。望むらくは、ツ○ァイなど大手結婚相談所の“ワナ”に引っかからず、来年が過ごせますように(苦笑)。

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★理想の女性

ベートーベンが作った唯一の歌劇「フィデリオ」の主人公レオノーレは、無実の罪で投獄されている夫フロレスタンを助けるため、男装してフィデリオと名乗り、フロレスタンがとらわれている牢獄の番人として働き、夫を救い出す機会をうかがう。

いろいろと苦労した後、最後にレオノーレはフロレスタンを助け出し、大団円となるが、ベートーベンはこのレオノーレに理想の女性像を投影したらしい。

そこまで男勝りの活躍をしてもらいたいとは思わない(活躍していて、私が陰で支える役目でもいいけれど)が、何かに突き進む力のある女性には惹かれる。

もちろん、そうでない女性に魅力がないわけではないと思うけれど、自分が猪突猛進するタイプではないので、何かに突き進んでいく人のことに配慮してあげるのもいいかな、と思っている。

…ただ、こんなタイプは、結婚相談所のように“勝負”が一瞬で決まってしまう場面では、今ひとつ“競争力”に欠けるようだ。


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★お見合いで割り勘は禁物?(その3)

結婚相談所が発行しているパンフレットで出会った“美女”と「お付き合いしたい」と思わなかった理由は、彼女が美人だから、ではない。

“美女”を避けてしまう(しかし、ある程度のレベルをクリアしていて欲しい…という身勝手な(^^;、しかもこの気持ちを意識していない)男性は意外といるものだが、どうやら私はそうではないようだ。

いろいろ話しているうちに、「結婚したら、男は仕事と趣味Aに、女は家庭と趣味Bに精を出す」という家庭を理想像としていることがわかって、二の足を踏んだのだ。急いで彼女のことを弁護しておくと、ここまで突っ込んだ話ができたという点は、彼女の資質に寄るところが大きい。

ただ、どうしても「それでもいいよ」と二つ返事で認めることができなかった。きっと、生活を支えることへの気持ちの“温度差”が、私の気持ちを彼女から引き離したのだろう。

…今頃、優しいだけでなくて、しっかりと受けとめてくれる男性と出会えているだろうか。そういう男性になかなか巡り会えなかったようだから。

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★お見合いで割り勘は禁物?(その2)

どのくらいの女性が、男性に“守られて”生きていきたいと思っているのだろうか。

先日、ドキュメンタリー番組を見た。ミス日本か何かだった女性が、夫を事故か何かで急に亡くしてしまい、残された幼い娘と二人で悪戦苦闘していた。

状況には十分同情の余地はあるし、近くにいたら応援したくなるかもしれないが、娘を叱るのに「お母さんが恥ずかしいから、そんなことは止めて」と言ってしまうし、親としてはまだまだ半人前だ(独身の私が言うのもナンだけど)。

インタビューの中でどうしても忘れられないのが、「夫が亡くなるまで、遊んで暮らしていましたから」という彼女の言葉。夫が亡くなるまで彼女は夫に“守られて”、将来に何の不安も持たず、暮らしいていたようだ。

よくある話だろう。彼女は、気楽な数年を過ごした代償としては、大きすぎる代償をこれからずっと支払っていかねばならない。基本的には、同情したい。だが、同時に、ひどく嫌な気もするのだ。

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★「結婚したい」というプレイ(続)

昨日の記事だけだと、不誠実な男だと誤解(理解?(^^;)されてしまうので、補足しておきたい。

仕事で、女性といろんな話をすることがある。なぜかほとんどは既婚女性なのだが、その人たちに「きちんと自分を理解してもらっている」と感じられるようになるまで、よく考えてみると、2、3年かかっているのだ。

既婚女性の方が、独身女性よりも圧倒的に警戒心が薄く、「自分の心に踏み込まれたくない」という気持ちが少ないので、仲良くなりやすいのにもかかわらず、数年かかっているのだ。となると、結婚相談所で警戒心バリバリの女性を相手にして、自分を理解してもらおうと思えば、少なくとも数年、下手をすると10年近くかかるのではないか。

結婚相談所は、登録後、半年を過ぎると(活動に疲れてしまうため?)成婚率がぐっと下がると思われる。しかも、ツ○ァイは会員期間が2年と決められている(実際にはそれ以上いられるかもしれないが)ので、この期間内に出会った人に理解してもらって、結婚に至るのは(私にとっては)並大抵のワザではない。せいぜい、「知り合いを作るために利用した」くらいに考えておかないと、期待を裏切られる辛さに負けて、紹介状を使った申し込みをしなくなってしまう。

だから、「人と会う」ことを目的と考えて、「相手に気に入られる」ことは二次的な目的だと考えることにした。それでも、結婚相談所で出会う女性(男性も)は、ごくごく短時間の間に、相手の全人格を判断する。このあたりは、私にとっては大変辛いことなのだが、仕方ない。

…と、このように考えて、もう少し続けることにした。とはいえ、来月は休会することになっているのだが。

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★お見合いで割り勘は禁物?

どこかのサイトでアンケートを採っていて、「お見合いでの割り勘をどう思うか」という質問に対して、圧倒的多数の女性が割り勘に不快感を持っている、という結果が出ていた。割り勘を強いられると、ほぼ間違いなく、ケチだと思われるようだ。(^^;

ツ○ァイの手引きには、「デートでは基本的に割り勘で」と書いてあったので、結婚相談所で出会った人たちとも基本的に割り勘で払っていた…いや、1人だけ例外がいたな。紹介状ではなく、パンフレットに個人広告を出していた女性(テレビ番組「恋の空騒ぎ」に出てもおかしくないくらいの美人。職業はアルバイト)と食事したときは、全額払わされた。(^^;

確かに、アルバイトしかしていない人の収入と、一応、フルタイムで働いている私の収入では、割り勘にしたときの財布への“響き具合”が違うのはわかる。だから、多めに支払ってもいいのかな、とは思うが、「デートの時は、基本的に男性が全額支払うべき」という考え方には反対だ。

一般論で言えば…
デートのときの代金をすべて男が支払うと、振られたときにどうしても「食事代やガソリン代を半分返せよ!」と言いたくなってしまう。「それがケチのしるしよ!」と仰るかもしれないが、男性の多くは結婚までのデートにかかる費用は、一種の“投資”だと考えているから、回収できなくなったら腹が立つのである。(^^;

私的には…
「ケチでない=デートの代金をすべて払ってくれる」ことで結婚することを決めるなら、女性は自分の存在をデートの代金で売り飛ばしたことにならないか。少なくとも、私は、デートの代金で“買える”ような“安い”女性はイラナイよ。

賢明なる諸姉のご意見を乞う。


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実現したことは望んだこと

恋愛に限らないのだが、人間関係などがうまくいかないと悩んでいるとき、少し見方を変えてみるのは事態の打開に有効な方法だ。

たとえば、「望んだことがなかなか実現しない」と悩んでいる人は、いっそのこと、「実現したことが望んだことだったのだ」と考えてみてはどうだろう。「家族が持てない」のは、「家族を持つことを望んでいなかったのだ」とかね。

もちろん、「100億円の資産が欲しい」とか「100mを9秒台で走りたい」とか、そんな「望み」が実現しないのは別の理由なので、あしからず。(^^;

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「かまってほしい」の意味

夫や彼氏に対して「かまってくれない」と不満を持つ女性は少なくない。

だいたいの場合は、夫や彼氏が仕事中毒だったり、自分の趣味を優先させているときだろう。しかし、たまの休日に趣味を一緒にしていたり、旅行に一緒に行っていても、そう思う場合もあるかもしれない。

もしそうだとしたら、男性側が「かまって欲しい」の意味を誤解しているのだと思う。女性の欲求は「一緒に何かをしたい」の前に、「私を受け入れて欲しい」が来るはずだから。

「私を受け入れて欲しい」という欲求をきちんと満たすことなく、「一緒に何かをしたい」という欲求だけを満たしていても、それは女性の心を本当に満たすことにはならないだろう。

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「結婚したい」というプレイ

数日前、ツ○ァイから年内最後の紹介状が届いた。まだ中身を見ていないので、詳しくはわからないが、また5通くらい入っているようだ。さっさと申し込めば、このうちの1人と会うところまでは行くだろう。

ただ、結婚相談所という場でパートナーが見つかるとは、もはや思っていない。電話では感じのよかった人でも、会ってみたら嫌な感じしか残らなかった場合が続いていて、システム的に(少なくとも私にとっては)ダメだとわかったからだ。

ただ、今回紹介状が来た人の分は、一応申し込もうと思っている。そのうちの誰かと結婚したいからではなくて、新しい出会いそのものは悪いものではないはずだから、交際するところまで行かなくても、楽しく話せることは悪くないはずだからだ。

…本音は、ここに書くためのネタにしたいから、かもしれない。(^^;

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片思いの辛さ

遂げられない恋の辛さは、今も昔も変わらない。

相思はぬ
人を思ふは
大寺の
餓鬼の後方(しりへ)に
額(ぬか)づくがごと

(笠女郎『万葉集』巻四)

いくらその人を思おうと、本来思いの届かぬ人であるなら、これ以上思いを寄せるのは、まるで大寺にある餓鬼の像の後ろから地に額ずいて仏様を拝むのと同じだ。(『男うた女うた──女性歌人編』中公新書p.42)

笠女郎(かさのいらつめ)が大伴家持(おおとものやかもち)に送ったとされる歌の1つ。あえて醜悪なたとえを持ち出すことによって、自嘲しつつ、思いの届かぬ人のことを諦めようとしている。

ただ、恋の基本は片思いだと思う。「コクる」のもいいし、相思相愛ならもっといい。しかし、相手に伝えることや、相手とその感情を共有することだけが目的である恋は、実は大したものではなくて、取り替えの効く“何か”でしかないと思う。

その人のことをただ思い続けることを選択したとき、恋は終わる。同時に、恋は完全な形となる。

そういう気がする。

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夫婦の適切な距離は?(その2)

夫婦の間の距離は近ければ近いほどいい、という前提で話を始めよう。

し~やもんやもんさんのココログからトラックバックをもらって、さらに考えたのだが、夫が定年を迎えて、「待ってました!」とばかり夫婦で旅行に出かけたり、一緒に何かして楽しく過ごす…というのは、なかなか難しいのではないか。

というのは、まず定年になって初めて旅行に出かけたり、一緒に何かをするのでは遅いということ。女性ならわかると思うが、結婚して子どもができて、20年以上仕事にばかり熱中して、完全に放っておかれたのに、「定年になった」という理由だけで急に「一緒に行動したい」と言われて、二つ返事で一緒に行動できる女性はそれほど多くないと思う。

定年前から、理想的には結婚してすぐの時点から、「一緒に何かすること」あるいは「一緒にいること」を通じて、距離を縮める努力をし続けなければいけない。

ただ、私はまだ独身なので、このあたりは想像と理屈の域を超えていない。感想があれば、是非お聞かせいただきたい。

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夫婦の適切な距離は?(その1)

以前、結婚相談所で出会った人で、「自分の両親は何かを一緒にするということはあまりなくて、それぞれ好きなことをしているが、そういう関係がいい」と言っていた女性がいた。

確かに、何かを一緒にするということ、たとえば共通の趣味を持つことが、よい夫婦関係を築くために絶対必要だというわけではない。むしろ、よい夫婦関係のためには、何かを一緒にすることができないといけない=趣味が共通でなければならない、という思いこみはマイナスだろう。

たとえば、結婚相談所の紹介状で、ダイビングやダンス、演劇鑑賞といった趣味を掲げて、「これを一緒にできればいいと思います」と書く人が多いが、もしそういった趣味を共有できたとき、それ以外の重要な要素を見落としてしまうのではないかと思う。

とはいえ、「それぞれ好きなことをしている」ことをイイことだとする、その考え方にも同意できない。仕事や趣味で、本当に何も重なることがない人たちは、いくつか重なるものがある人たちよりも夫婦の間の距離ができやすいのではないか。

…っと、ここまでは当たり前の結論になってしまった。「その2」に続きを書こう。


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誰と結婚すればいい?(続)

12/17の記事で、定年退職して「毎日が日曜日」となってしまった夫を前にしても、それほどストレスを感じないで済むような男性を夫に選ぶべきだと書いた。

マスコミでも、定年退職した夫の食事を三食きちんと作らないといけなくなると、妻のストレスは大変なものになると言われているが、知人の既婚女性にその話をしてみたら、「教育しているからいい」という返事が返ってきた。

つまり、定年になったときに三食作らないでもいいように、きちんとした食事でなくても満足するように、あるいは自分で作ることもできるように、夫を「教育」しているらしい。

…女性の知恵を甘く見ていたことに反省。

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過去の女性(クリスマスによせて)

クリスマスだから、思い出しても嫌にならない記憶をいくつか引っ張り出してみたい。

結婚相談所で出会う女性とはなかなかうまくいかない私だが、よくよく思い出してみると、女性からアプローチされたことがないわけではない。

ある集まりで、以前から知り合いでメールのやりとりはあったが、それほど親しくなかった女性に手を握られたことがある。微笑んで握りかえしたが、そのときはそれ以上何もなかった。住んでいるところがかなり遠かったこともあって、その後、進展はなかった。

また、別の集まりで何歳か年上の人と、たまたまバレンタインデーに会う用件があった。用件を済ませた後、「今日は、そういう日ですから」と言われてチョコレートをもらった。その集まりで、彼女と私を近づけようとする妙な雰囲気があったのだが、私にも彼女にもその気がなかったためか、進展はなかった。

そして、また別の集まりで出会った、これもいくつか年上の女性だが、遠方に住んでいたのだけれど、旅行か何かで私の住んでいたところに来て、ミーティングに参加した後、深夜まで二人で居酒屋や喫茶店を徘徊したことがある。最後、彼女が宿泊していたホテルのロビーまで送っていったのだが、彼女がそのとき読んでいた本をくれるというので、ロビーでしばらく待っていたことがある。あのとき、部屋まであがっていって、雰囲気をそっちの方向に持っていけば…と、今では思う。

あとは、学習塾でアルバイトをしていたとき、受け持ちのクラスの中学生に告白されたこともある。当然、何もしなかったわけだが、そのとき、私は喜んであげなかった。かわいそうなことをしたものだ。

よく考えてみると、どれも「進展はなかった」の一言で済ませられるような出会いばかりだ。これはきっと、私に何かが決定的に欠けているためだろう。きっと、来年には「結婚相談所に入会したが、誰とも進展はなかった」というオチがつくような気がする。

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恋の苦しさ

相思相愛の関係の二人が会えずにいるとき、どちらが苦しいかと言えば、もちろん思いの強い方である。

秋山の 
樹(こ)の下隠(がく)り 
逝く水の 
われこそまさめみ 
思ひよりは

(鏡王女『万葉集』巻二)

秋山の樹下の茂みに隠れるように流れてゆく川が、次第に水量を増してゆくように、たぶん私への君のお心よりも、私が君をお慕いする心の方がずっと勝っておりましょう。 (『男うた女うた ──女性歌人編』中公新書p.21)

1200年以上前から、思いの強い方が、相手に対して恨み言を言いたくなるのは変わらない。鏡王女のこの歌に恨み言をはっきりと込めているわけではないが、苦しい恋をしている人はみんな、相手に対して何か言いたくなるのではないか。

もちろん、そこでどうするか、そのままストレートに伝えるのか、黙って微笑みつつ耐えるのか、それはそれぞれの人の選択だ。

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クリスマスを独りで過ごすアナタへ

クリスマスに独りでいるのは寂しい? そう、確かに寂しい。

「寂しくなんかないぞ!」と自分に言い聞かせてみても、所詮それは強がりだ。強がることは悪くないが、強がっていることを忘れてしまうと、近くにイイ人が来たときに気づかなかったり、うまく近づけないことがある。注意すること!

じゃあ、なぜ寂しいのか。どうせ独りなのだから、寂しさを紛らわすために友達に電話するのじゃなくて、くだらないテレビ番組を見るのでもなくて、ワイングラスでも傾けながら考えてみてはどうだろうか。

…私? もちろん、そうするつもりだ。いろいろなことを思い出しながらね。

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結婚相談所の構造的な欠陥

結婚相談所は、私の登録しているツ○ァイに限らず、似たようなシステムじゃないかと思うのだが、まずは異性の会員の紹介状が何通か手元に届く。そして、ざっと見て「この人ならよさそうだな」という人に申し込み、相手がOKしてくれたら電話して、うまく行きそうなら会うことになる。

何人かの女性と会って、その人たちの態度をよく観察してわかったのだが、女性の中には通販カタログで商品を選ぶかのように、男性の品定めをしている人が少なくない。これは男性にも当てはまるだろう。“商品”だから、ためつすがめつ、じっくり見て自分が気に入るかどうかで、“買う”かどうかを決める。

しかし、そういう選び方でよいのだろうか。通販カタログで購入した商品は、アナタの人生を変えることはない(普通はね)が、結婚相談所の“カタログ”で“購入”した“商品”は、アナタの人生を確実に変える。しかも、いくら見極めたところで、「あ、失敗したかも」とか「もっといい人いたかも」という疑念はいくらでも出てくる。

結局は、「この人と一生関わっていけるか」「この人といて、自分は幸せになれるか」というのが問題ではないかと思う。つまり、“商品”の良し悪しが問題なのではなくて、その“商品”を“買った”アナタ自身が問題なのだ。

結婚相談所の紹介状は、結婚のそういう側面を隠蔽する働きがある。選択肢が多いこと(会員が多いこと、“出会い”のチャンスが多いこと)=“商品”の豊富さばかり宣伝するが、実はそれが結婚したい男女にとって、むしろマイナスに働いているような気がしてならない。

そういう欠陥が見えてきたので、紹介状を通じて申し込むのが嫌になった。

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男は何に興奮するか

とにかくいろんなものに興奮するのが男だ。

興奮する対象は、アニメのキャラクターだったり、人妻だったり、看護師やスチュワーデスのように制服を着た職業の人だったり、実にさまざまだ。また、興奮するシチュエーションも、レイプの場面(男女とも演技。為念)だったり、カーセックスだったり、露天風呂だったり、トイレだったり。相手はというと、20代前後の普通の若い女性以外に、妊娠中の女性や、極端に体重の重そうな女性、上半身は女性なのに下半身が男性という人だったり。男の欲望には、本当にいろんなものがある。

こういう欲望を全部ひっくるめて「実はこうなのだ」と言うことはできないが、いくつかの傾向を述べるなら、「禁を犯すこと」「美しいものを汚すこと」「隷属させること」の3つに多くの男性は快感を感じると言えよう。つまり、ルールや常識や調和からの“逸脱”に欲望が満たされるのだ。

とはいえ、その現れ方はさまざまだ。どういう欲望を持ち、それをどういう形で、どの程度満たそうと思うか、そこには、その男の在り方、その男の人間性が出てくる。

だから、これから結婚しようとしている女性は、ある程度相手を見極めたところで、セックスによってさらに精確に相手を見極めるべきだと思う。「結婚が決まった相手としかセックスはしない」という、ガチガチの貞節尊重派も、「セックスがうまくいくから、この人にしよう」という快楽尊重派も、どちらもよくない。

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本当のコミュニケーション(その1)

昔、「もっとコミュニケーションを大切にしなさい」と上司に言われたことがある。その頃の私はまだ駆け出しで、自分のデスクで世界が完結していた。「あー、これAさんに頼まなきゃ。でもまいっか、Aさんが気づいてやってくれるかも~」という感じだった。

当然ながら、それでうまくいくほど仕事は甘くない。スケジュールや作業の段取りなど、自分が考えていたのとはまったく違う方向に動いていき、「あらあらあら…」ということもよくあった。その点では、昔の上司が言っていたことは正しい。仕事の重要なポイントで、同僚や得意先、下請けと共通理解を作り上げておくことは絶対に必要だ。

夫婦や付き合っている男女の間でも、どこかに泊まりがけで旅行に行くとき、結婚式など大きなイベントを主催するとき、夫婦が家を建てるとき、子どもの進学先を考えるときなど、さまざまな「コミュニケーション」が必要になるだろう。

しかし、そういった場面でスケジュールや段取りが決まれば、「コミュニケーションがうまくとれている」ということになるのだろうか。「次の交差点を右に曲がって、100m先の信号の手前で降ろしてくれ」とタクシーの運転手に言うように相手に伝えられたら、それでコミュニケーションは完結しているのだろうか。

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彼はあなたの話を本当に聞いてくれている?

少し前に知人から聞いた話だが、その知人の友人(女性)がある男性と付き合っていた。

その女性は、「この人、私の話をじっくり聞いてくれるんだ」と喜んで、彼と結婚したのだが、一緒に生活し始めてみて、自分の勘違いに気づいたらしい。実は、彼はその女性の話をじっくり聞いていたのではなく、ただ単に聞いていただけで、何も考えていなかったのだった。彼は「聞いているふりをしていた」のではなく、「聞いていたように見えた」と言うのが正しいだろう。彼には「ふりをしていた」という自覚も(きっと)なかったのだから。

この場合、残念ながら、女性の方が「自分に見る目がなかった」と諦めるしかない。他人の話をきちんと聞いて、そして理解しようとしない人、その必要を感じない人、やろうと思ってもできない人に強制するのは無理だ。あとは、自分の勘違いに気づいたときに、どういう対処方法を採るか、だ。

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ケンカの後のセックス(その2)

このテーマをもう少し考えることにしたい。なぜ、男女がケンカをした後、ちゃんと仲直りしていないのに、男性が女性の体を求めようとする傾向が強いのか。とりあえず、サディスティックな欲望を持つ男のことを考慮しないとする(そういう男は、いつもサディスティックに振る舞うので、それとわかる)。

正解はまだわからないのだが、アイディアだけ出しておくと、男性側は男性同士の感覚で考えているのかもしれない。男性同士なら、ケンカしたとしても特に仲直りの「儀式」がなくても、ある程度時間が経てば、「忘れたことにする」という暗黙のルールが発生してくる。そのルールは、「過去のことにこだわるのは、男らしくない」と読みかえることもできそうだ。

ただ、この理屈ではDV男の心理は解き明かせない。それは恋愛相談ではなく、心理学の範疇なのかもしれないが。

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妻を映画に誘って「キモチ悪い」と言われた

私の話ではない(私は未婚だし(^^;;;)。どこかのWebサイトで読んだ話だとしておこう。

家族でテレビを見ていた、ある男性が隣にいた妻に「久しぶりに、今度映画でも見に行こうか」と言ったところ、「何よ、キモチ悪い」と言われたらしい。その男性は、とてもがっかりしてしまったとか。

映画に誘ったら「キモチ悪い」と言われた男性の気持ちは、察するにあまりある。確かに、ひどくがっかりするだろう。自分がなぜ妻にそんなにまで嫌われないといけないのか、わからないだろう。ただ、注目すべきは、妻にとってそれが当然だったりすることだ。

きっと、その男性は妻の心の動きに対して、非常に鈍感なのだろう。あるいは、気づいていても黙っているのかもしれない。妻から見ると、それが夫婦を遠ざける決定的な原因となっているのだ。そして、それに気づかない夫は、もはや他人と同じだ。それなのに「久しぶりに映画に行こう」などと、なれなれしく言われるものだから、「キモチ悪い」と思ってしまう。

妻に「キモチ悪い」と言われる男性は、それほど多くはないだろうが、似たようなことは結構ありそうだ。

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若い女性がミニスカートを好む理由

男性から見れば、ミニスカートや胸元の開いた服は、男を挑発しているとしか思えない。しかし、女性側には男を挑発しているという気持ちはまったくない場合が多い。また、「そういう格好は痴漢に遭いやすいから止めた方がいいよ」という忠告も、普通は女性の耳には届かない。それはなぜか。

男性側からの1つの推測でしかないことをあらかじめ断っておくが、ミニスカートや胸元の開いた服は、女性の「愛されたい」という欲求から出てきたものだと思う。「ミニスカートが自分に合うから」という理由で、多くの女性はミニスカートを履く。そこに潜むココロは、「ミニスカートを履いた自分は、より深く愛される」という確信だ。愛してくれる相手は特定の男性でない場合も多く、また男性ですらなく、同性に対するアピールのこともある。

だから、男性はミニスカートを履いた若い女性と接するときに、くれぐれも「コイツはオレとセックスをしたくて、こんな格好をしているんだ」などと思いこまないこと。もちろん、そんな女性もいるだろうが、ごく少数に違いない。むしろ、そういう気持ちに配慮しながら受け入れてあげることが、女性の気持ちを自分に向けることができるはず。

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ココログへの要望

  • ジャンル別検索(ココログトップページから検索できるように)
  • サイト内全文検索(自分のココログの中を検索する)
  • カウンター(自分でも付けられるけど、50円/月くらいで提供するといい)

「ジャンル別検索」はなるべく早く作って欲しい。でないと、似たジャンルのココログを探せないので、閉鎖的になってしまう。外部のPingに頼るのもどうかと思うし。「サイト内全文検索」はもう少し後でもいい。

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誰と結婚すればいい?

複数の選択肢がある人のための問いのようだが、結婚に踏み切るかどうかを決めかねているときにも、このテーマは深刻なものとなるだろう。ちなみに、今回は女性向け。男性向けは…誰か代わりに考えてください。(^^;

私の考えている答えは簡単で、「できるだけ長く一緒にいたい人と結婚すればいい」。もし2人の男性の間で迷っているなら、どちらの男性と長く一緒にいたいのか、長時間一緒にいても気疲れしないのはどちらか、長時間話したくなるのはどちらか、考えてみるといい。

こう考える理由は簡単で、夫婦になれば、否が応でも長時間顔を合わせることになる。このとき、顔を見たくないような男性を夫としてしまうと、非常に辛い生活を送らないといけなくなる。もちろん、できるだけ顔を合わせないよう、長時間一緒に過ごさないでよいようにする手はある。画策しなくても、そうなってしまうこともあるだろう。でも、男性が定年退職すれば、毎日が日曜日となってしまい、一日中、顔をつきあわせることになるのだ。

そのとき、自分は耐えられるのか、選択に迷っている女性はよく考えた方がいい。今、どうなのかは実はあまり関係ない(収入がないとか、暴力をふるうとかは、論外として)。と言っても、若い女性にはまったく通じないのだろうけれど。選択ミスをして、後悔している50代後半の女性にしか共感してもらえそうにないなあ>この意見。(^^;;;

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ケンカの後のセックス

男性がよくやってしまいがちな“ミス”の1つが、パートナーとケンカをした後、きちんと仲直りしないうちに女性の体を求めてしまうことだ。聞くところによると、これは多くの女性は非常に嫌がることらしい。

少し考えればわかることだが、男性が相手の女性と心の交流がなくても興奮してセックスし、それで満足できてしまうのに対して、女性は相手の男性と心の交流がなければ、なかなか満足できない。そして、満足できない=嫌なセックスに対しては、女性の方が男性よりもずっと嫌な気持ちを抱く。

そういう違いを理解していないため、男性は自分の論理で「仲直りにセックスでもしよう」という感じで、女性に触れてしまう。女性にしてみたら「セックスは仲直りしてからにしてくれ」という感じで、迷惑この上ない話のようだ。

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どんな男を選ぶべきか

女性がどんな男を選ぶべきか、男として想像することしかできないことをあらかじめ断っておくとして、一番苦しいとき、辛いときに助けてくれる男、もし実際に助けることができなくても、心から「助けたい」と願ってくれる男ではないかと思うのだが、どうだろう。もしそういう目で見るなら、hanaさんの彼氏はちょっと力不足のように見える。

ちなみに、男がどんな女性を選ぶべきかは実はわからない。

…そうか、だからまだ独身なのだ。納得。

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「サティスファクション」

少し前に出た本だが、女性が本当にセックスで満足するために、パートナーの男性がどうすればよいのか、女性自身がどうすればよいのかが詳しく書かれている。まだ、読んでいない人で、セックスについてもっと知りたいと考えている人は是非読んで欲しい。

この本の主な読者は30代・40代の女性と、50代の男性だとか。前者はパートナーに読んで欲しいから買うらしいので、この本の本来の目的に合致した買い方をしているわけだが、後者はどうやらエロ本として読むらしい。この本を読んだ人はわかると思うが、あれをエロ本として読める感性がもうダメである。何しろ、この本では「セックスにおいて一番大切なことは心の交流である」としているのだから、ちゃんと読めばエロ本として読めるわけがないのだが…。

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女性が自分の気持ちを判断するには

「この男性のこと、本当に好きなのかしら」と女性が自分の気持ちを計りかねるとき、有効な方法に「牛乳プリン法」というのがあるらしい。

少し上等なプリンを買ってきて、まず独りで食べてみる。そして、次に彼に手を握ってもらって、できれば抱きしめてもらいながら、彼に食べさせてもらう。このとき、独りで食べたときよりも、コクが感じられれば、彼を好きな自分を信じていい。逆に、あまり変わらないか、逆においしくなくなったら、彼とは別れた方がいい。簡単に言えば、こういうものだ。

これは、好きな人と一緒にいると、そのときに食べたものもおいしく感じられることを利用した方法だ。「こんなものでわかるのか」と言いたくなるが、女性の感覚は基本的に男性よりもずっと鋭いものなので、案外このような簡単な方法でよくわかるようだ。

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電話番号をながめてみる

好きなときに電話できないとき、ただ携帯電話に電話番号を表示させてみるだけのことがよくあった。彼女のことを考えると電話しない方がよいので、いつも我慢していた。

こういう気持ちになったことのある人は、どのくらいいるのだろうか。

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男女の違い

ほとんどの女性は、自分の話を聞いてもらうのが好きだ。共感してもらうことが女性の精神の安定には絶対に必要なのだ。だから、男性がいくら疲れていても、パートナーが何か話したいことがあるときは、できるだけ共感を持って聞くようにした方がいい。そして、そのときに「こうした方がいいんじゃない?」という提案は、基本的にいらない。聞いてもらっている間に答えの出てくることも少なくないし、だいたい答えのいらない問いであることもあるからだ。

ところが、男性は困ったことがあると話したくなくなる人が多い。男性も相手に受け入れてもらうことは快感につながるのだが、男性にとってそれはあまり大きな快感ではなく、「聞いてもらうだけでは問題の解決につながらない」と考える人も少なくない。また、男性の話を聞くときに、共感はあまり必要ない。むしろ、ただ励ましてもらえればいいときが多い。

女性が男性を励ます方法はいくつかあるが、もっとも直接的なのがセックスだ。女性は自分の体を開くことによって、男性の力を認め、「あなたは魅力があるのだ」と言っていることになる。これが男性には励ましになるのだ。もちろん、セックスでなければならないのではなく、その男性の力をよく見極めた上で、「あなたには、こんな力があるのだ」と言えれば、それは大きな励ましになる。

こう書くのは簡単だが、実行するのは大変難しい。男性は女性の話に提案を差し挟まず、共感を持ってただ聞くのは慣れていないことが多いし、女性はただ共感するのではなく、男性の魅力を「ほら、ここに」と差し出すことに慣れていないことが多い。

相手が欲しているところと自分の欠けているところの両方を知って、うまくカバーできれば、カップルの多くはうまくいくのではなかろうか。

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心動く瞬間に

ある恋愛相談サイトを見ていたら、結婚しようとしている男性(仮にA夫とする)はいるのに、他の男性(B郎)に心を動かされてしまった女性の相談があった。心を動かされてしまっていることを、A夫に言うべきかどうか悩んでいるという内容だった。

ここで、その女性がB郎に心を動かされていることをA夫に黙っていることが、大変なストレスになることは容易に想像が付く。ただ、自分の中で結論が付かないまま、A夫に言ってしまうのは避けた方がいい。そのとき、A夫に残された選択肢はその女性を捨てるか、男としてのプライドを捨てるかの2つに1つだ。そして、いずれもうれしいものではない。

とりあえず、A夫とは別れてB郎にアタックしてみるのが、周囲に一番影響の少ない選択だ。もちろん、女性自身は傷ついて不幸になる可能性がもっとも高いのだけれど。

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女性に好かれる方法

どんな女性にも通じるわけではないことを、最初に断っておこう。媚薬の話をしたいわけではない。

知らず知らずのうちに、自分に「殻」をかぶせ、日常生活で傷つきにくいようにしている女性は案外多い。きちっとした話し方や仕事ぶりを見せる人に、特に多いようだ。そういう「殻」を1枚ずつ「むいて」いってあげると、そういう女性は大きな安心感を感じるらしい。安心感を抱かせる相手に女性は心を開きやすいので、仲良くなれる=好かれる、というわけだ。

じゃあ、どうすればよいのか。いくつかポイントがあるが、まずは「よく見る」こと。そして、「よく聞く」こと。最後に、女性の心を「感じる」こと。この3つができれば、あとは相手の反応を見ながら、その都度、自分の考えを修正していくだけでいい。

「殻」のない女性や、「殻」を脱ぐ気のない女性などには、この手は使えない。そういう女性の方が多いので、この手はなかなか通じない。あしからず(苦笑)。

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薹(とう)が立つ

以前、結婚相談所でコンタクトをとった30代後半の女性と電話で話していたときに、「この年になると自分を変えられないし、薹(とう)が立っちゃってね」という人がいた。

いくつになっても、望むのならば自分を変えることはできるし、薹が立って、盛りの時期が過ぎたと思うなら、そうなのであろう。

直接会うことに気が進まないようであったし、わざわざ「薹が立っている」と自分で言う人と一生懸命関わる必要もないので、二度と連絡することはなかった。

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年上の女性

結婚相談所で紹介された女性が年上であることを、私は気にしていない。事実、結婚相談所に入る前に10歳年上の人と付き合っていたし、もし相手の事情が許すなら、一緒に暮らしたいと思っていた。

ただ、どうやら、その人が特別だったようで、私が出会う年上の女性はだいたい考え方が未熟である。無駄に年をとったとしか思えない。仕事はできるのだろうけれど。

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自分の心を知るのは難しい

先日、結婚相談所でコンタクトをとった人に断られた。

6,7歳年上の女性にメールアドレスを書いて申し込んだら、メールが送られてきた。そこには、自分の簡単なプロフィールに添えて、「年齢ではなく、人柄が大切だと思う」と書いてあった。

私がプロフィールを書いて返信したら、「ビジネスの世界で生きてきたから、あわないのでは」「やはり年齢差に自信がない」と書いてあった。ちなみに、32歳のときから働いている。他人よりは10年遅く社会に出たわけだが、今はもう他人からの遅れは気にならない。収入も同世代の平均よりは高い。他のビジネスマンとは、考え方や行動パターンが少し異なるが、それは柔らかい職業に就いているからだと思う。

結局、その女性が自分の気持ちをきちんとつかんでいなかったか、最初の「年齢ではなく、人柄が大切だと思う」という言葉が嘘だったか、どちらかだと思うことにした。

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すねてみてもひとり

尾崎放哉の「咳をしてもひとり」から。

以前、彼女が忙しくて会ってもらえないとき、こんな気持ちになった。すねたいという気持ちは強いのだが、すねても彼女が会ってくれるわけではない。すねたところでひとりには変わりないのだ。だから、仕方なく、ひとりでいることを辛く悲しく、受け入れることにした。

…と解説してみたりして。(^^;

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「好き」と「付き合う」とセックスの順番

最近、20代のOLでも間違っているのが、「好き」と「付き合う」とセックスの順番だ。

もちろん、「セックスは一番後でないといけない」なんて言うつもりはない。セックスから入って、互いに「好き」という関係に入ることもあっていいし、「いつもそうする」という女性がいても悪くない。

でも、実際はなかなか難しい。むしろ、古い考え方と思われるかもしれないが、「距離が近くなる」→「好きになる」→「付き合う」→「セックスする」という順序が一番自然だ。最後のセックスはともかく、距離が遠いのに「好き」と言ってみたり、セックスしてみたり。うまくいかないのが当たり前だと言いたくなるような状況で、「うまくいかない」と悩んでいる女性が案外多い。

一度、自然な順序で恋を進めてみてはどうかと思う。

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般若

女性からお叱りを受けそうだが、般若に近いのは女性だろう。同じ職場のある女性(仮にA子さん、としよう)を見ていて、そう思った。

A子さんは、人当たりは悪くない。電話の応対も普通だ。冗談を言えば、少しは笑う。同じ職場の女性とは、普通に話している。美人ではないが、まあそれなりだ。

しかし、一皮むけば、不満の固まりらしい。上司がA子さんのメールボックスを時々覗くらしいのだが、A子さんは同じ職場のB子さんに上司や同僚の悪口を山ほど書いているようだ。上司曰く、仕事に対しても、かなり不満があるとのこと。入社してきた頃と比べると、顔が嫌な感じに変化してきたのは、そのせいだろう。怒り、憎しみ、悲しみ、苦しみを感じるのだ。まさに、般若の面をかぶってしまったかのように。

A子さんの般若の面を脱がせるのは、きっとA子さんを心から包み込めるほど、心の広い男性であろう。私じゃないけどね。(^^;

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恋愛を成功させる秘訣

「お付き合い」未満、「単なる友達」以上の関係なら、恋愛を成功させる秘訣がある。「そんなバカな」と思うかもしれないが、それがあるのだ。

答えは、とても単純なこと。自分をよく知り、相手のことをよく知ること。それだけだ。「声をかける相手もいない」という場面では、知るべき相手がいないわけだから、これはどうしようもない。しかし、仕事やアフターファイブで、時々でも出会う機会があり、話せる機会があれば、あるいはメールでも交わせる関係なら、これが一番だ。具体的にどうすればいいのかは、その場面によるから、何とも言えないけれど。

ちなみに、今の私は「声をかける相手もいない」。職場に未婚女性がいないわけではないが、声をかけたくない。(^^; こういうときは、どうしようもない。

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「コクる」

最近、10代後半から20代前半の女性の恋愛相談を見て思ったのだが、「告白する」=「コクる」という行為が、「彼のことが好き」という気持ちとは独立してしまっているようだ。

「あなたのことが好き」という気持ちを「告白する」のでなくて、何を「コクる」のか、大変不思議な気持ちがするのだが、どうもそんなに大層なことではないらしい。「あなたともっと近づきたい」という気持ちを相手に伝えることを、「コクる」と言うようだ。

私がまだ10代の頃は、「コクる」とは「あなたのことが好きです」と直接言うことだったが、今は「好きです」というのではなく、「付き合って欲しい」とかそういうのが「コクる」の内容になるようだ。

「好き」と「付き合う」の間の距離が、昔と変わってきたのかなと思う。

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セックスの目的

分かっている人には言わずもがななのだが、一度は書いておかないと、とも思うので、あえて書いておく。

「セックスに目的なんかないだろう」と苦笑する人や、「互いに気持ちよかったら、いいんじゃない?」という人が多いのだろうと想像する。もちろん、そういう理解も、絶対に間違っているとは言えない。「したくなった」でセックスをしてもいいし、互いに気持ちいいというのは、セックスの前提条件だ。つまり、どちらかが気持ちよくならないのなら、セックスなんてしない方がいい。妊娠が目的であれば、それは違うのだろうけれど。

いかに仲良く過ごすことができようとも、男女の間には距離がある。それは、違う家庭に生まれ、違う環境で育ってきたのだから、当たり前だ。セックスをともにすることによって、その距離を縮めることができる。もっともプライベートな共同作業を行うことによって、他の誰も侵入できないような近さにまで近づくことができる。

この目的を果たすためにすべきことは、男性側は自分の快楽(射精)ばかりを追い求めないこと、女性側は自分の気持ちや感じ方を男性にきちんと伝えることだ。セックスにおいて、男性は女性の感じ方に配慮する思いやりを持つこと、女性はその思いやりを受け取って、フィードバックすることが意外と重要なのだ。

いずれも実は難しいことなのだが、おわかりだろうか。

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結婚相談所

ツヴ○イに入会して、はや8ヶ月ほどが経った。すでに10人ほどと電話番号を交換し、そのうちの6,7人と会った。また、かなり条件をゆるめに設定しているためもあって、女性のプロフィールは毎月10枚ほど届くが、これは比較的多い方だろう。

ただ、そのうちの誰とも、ちゃんとしたお付き合いには発展しなかった。きっとこれからも発展しないだろう。理由は、ツヴ○イに限らず、大規模なデータベースを構築している結婚相談所のシステムが、実は結婚を阻害する効果のあるシステムだからだ。

どういうことかというと、異性のプロフィールが毎月どんどん届けられる。あたかも、通信販売のカタログのようにだ。それらのプロフィールに対して、アクションを起こさなくても、仕事が忙しく、徹夜続きでプロフィールの入った封筒を何日も開封しなくても、次のプロフィールが届く。

プロフィールを開いてみたらみたで、年齢や身長、体重、年収などの数字と、家族構成がきちんと書いてあって、「長男(長女)はイヤ」とか「太っているのはイヤ」、「年収○○万円以上がいい」という条件をすべて兼ね備えた異性を見つけることができる。ただし、見つけることができるだけだ。彼(彼女)と会えるかどうかはわからないし、さらに言えば、本当に相性がぴったりかどうかはわからない。各相談所とも「最適な相手を見つけるためのマッチングシステムを用意している」と宣伝しているが、私が会った限りでは、最適どころか、決して最適な相手のプロフィールが届いているとは思えなかった。これなら、趣味で絞り込んだ方がずっといい。

なのに、「待っていたら、理想の異性のプロフィールが届くのだ」と錯覚させる何かが、結婚相談所のシステムにはある。きっと、私を含め、多くの人たちは結婚相手と出会うための情報料を払っているのではなく、「結婚相手と出会うのではないか」という期待を与えてくれるシステムに対して、お金を払っているのだろう。肥大化した結婚相談所のシステムは、消費者金融と同じくらい、怪しげなものであると言ってもよい。

これから結婚相談所に入りたいと思う人は、そのあたりを考えた方がよいだろう。

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駅のホームで

夜遅くに電車に乗っていると、ときどき抱き合っている若いカップルを見ることがある。以前は、恥ずかしくて目を背けていた。「人のいるところで、何をあんなにいちゃいちゃして」と思っていた。

しかし、人を深く恋することを知ってから、「いいなあ」と思うようになった。特に、女性の表情がいいと、私の心まで和んでしまう。けらけらと笑っているのではなく、ほほえんでいるとき、ただ抱き合っているのを、男性もしっかりと受け止めていることが見て取れるとき、とてもうらやましく感じるのだ。

そういう体験をしてみたいなあ、と最近強く思う。

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